第6話 朝議

 僕は皇帝になった。未だに実感はないし、やりたいとも思ってない。


「いますぐにでも皇帝辞めたいんだけど」


 後宮の会議室の一室にて僕とルドゥーテとヤーノシュの三人が集まっていた。


「「できるわけないでしょう」」


 ヤーノシュとルドゥーテが口をそろえてそう言った。そう。皇帝を辞めることは出来ない。皇帝の地位は終身である。死ぬまで辞められない。


「ですから早急にやらねばいけないことがありますわ」


「ええ。ルドゥーテ殿下のおっしゃる通りです」


「ふーん。なに?なにしなきゃいけないの?」


「「新たな後宮の結成です」」


「ハモるのやめて。ていうかこの間皇族追い出しばかりじゃん。また呼びなおすの?馬鹿馬鹿しくない?」


「違いますわお兄様。彼らは呼び戻しません。新たに造る後宮はお兄様のための後宮です」


 ルドゥーテ殿下が深刻そうな顔でそう言った。ヤーノシュも頷いている。


「別にいいよ。ハーレムとか憧れないし。皇妃たちの争いとか陰険でうざったいじゃん。なくていいでしょ」


「いいえ。なければ困るのですよ陛下。後宮は有力な外戚を得て皇帝の権力基盤を確かにするためにあるのです。言いづらいことですが、陛下には外戚の後ろ盾がありません。サビーナさまの出身部族は外戚として当てにならないのです」


「ああ、そういうことね。うん」


 理屈はわかる。皇妃たちは有力な貴族の出身であり、皇帝の政治運営に協力する。もちろん寵姫を出した家は皇帝からも頼られて強い権勢を得る。すなわち公営キャバクラ接待こそが後宮の正体である。


「陛下が後宮制度に抵抗があるのはよく存じております。ですがすぐにでも有力者の協力が得たいのも偽らざる本心です」


 最近ヤーノシュは宦官官房長官になった。僕が任命した。そしてルドゥーテは僕の秘書官長である。だが彼らが官僚機構を動かしたり、軍部を動かすには権力が必要だ。


「お兄様はハーフエルフ。帝国臣民の六割はヒューマンですわ。それに貴族たちもみんなヒューマン。人種問題もあって皇帝の命令がすんなりと政府に通らない可能性が高いのです。だからこそ後ろ盾が必要なのです」


「やりたくもない仕事のために、欲しくもないハーレムを造るのかぁ。なんとも言い難い理不尽さを感じる。でもさ。そもそもヒューマンしかいない貴族って僕の後宮に娘とか出してくれるの?」


 はっきり言って僕はモテない。キモいだのダサいだの言われて育った。


「はい。絶対に出しませんわ。はっきり言いますが貴族たちはお兄様を暫定政権とみなしております。いずれは自分たちが擁立した皇子への譲位を突きつけてくるでしょう。それにハーフエルフは亜人種の中でももっとも蔑まれております。感情面でも娘を出したがらないですわ」


「駄目じゃん」


「ですが有力者とは何も貴族とは限らないものです。新興のブルジョア層に後宮入りを打診しようと思いますわ。リストはすでに用意しております」


 そう言ってルドゥーテは僕に書類の束を差し出してくる。美しい女の子の顔写真とその実家についていろいろと書いてある。


「いつの間に調べてたの?」


「なにもわたくしが先帝陛下のご存命中から各地の社交パーティーに出ていたのは遊びたいからではありませんわ。情報を収集しておりましたの。いずれこの帝国を変えるために必要な人材たちを発掘するために」


 ルドゥーテは政治に関心が強い。でもそれは私心を満たすためではなく、ノブレス・オブリージュのためなのだろう。


「でも僕ハーフエルフだよ」


「ええ。やはりヒューマンたちの家は娘を出さないでしょう。ですが同じ亜人種ならばどうでしょうか?」


 よくよく女の子たちの写真を見れば彼女たちはみんな亜人種たちばかりだった。獣人系、ドワーフ、サキュバス、鬼族、あるいは僕と同じハーフエルフなど多彩な人種構成になっている。


「帝国の六割がヒューマン。裏を返せば四割は亜人種です。先帝陛下の政策により亜人種たちとヒューマンとの格差は埋まりつつあります。中にはヒューマンよりも権勢を誇る家も出始めております。そこが狙い目です。帝国の歴史を変えます。帝国はヒューマンの国からすべての人種のための国に生まれ変わるのです。きっとその最初にして最後のチャンスが今この瞬間なのです」


 ルドゥーテはきりっと覚悟を決めた顔をしている。ヤーノシュもだ。だけど言っていることはハーレム作ります。女の子の実家にヒモります。なの落差が酷い。


「抵抗もあるでしょう。ですがお兄様ならきっといけますわ!ハーレムに来た女たちをデレさせて!権力を盤石のものにする!それこそがこの帝国の取り得る唯一の道です!」


「…oh,my GOD」


 しょうもない話なのに二人は本気だ。だけどやっぱり抵抗がある。皇妃たちの陰謀により母さんは生きたまま焼かれた。その光景を僕は一生忘れられない。自分の後宮がそうならないなんて言えるのか?僕にはそう断言できる自信がなかった。


「…いったん。その話は置いておいていいかな。それよりも優先順位の高い話がしたい。喫緊の課題が僕たちにはあるよね?テレビはもう見たね?」


 二人は押し黙る。そして悩まし気に顔を歪めた。そう僕たちにはとある課題が残されていた。


「父さんを殺した犯人。引き渡しを拒絶されたけどどうするの?」


 父さんはメガラ王国というところで暗殺された。犯人は単独犯だったが、裏には何か陰謀めいた匂いも感じている。帝国外務省はすぐに犯人の引き渡しを要求した。だがメガラ王国は自国の司法で裁くという理由でこれを拒絶。帝国のメンツは潰れたままだ。


「父さんが皇帝だったなら犯人は引き渡されてたと思う。超大国のうちに逆らう国は列強だけだ。メガラは列強じゃない。だけど僕が皇帝だからきっと舐められてるんじゃないかな?やっぱり僕は皇帝に向いてないね。ここはスペンサーあたりに譲位して僕はどこかに亡命」


「「させません!」」


「だからハモるな。ふぅ。わかってるよ。どっちにしろ僕は皇帝から退いたらすぐに殺されるだろう。生き延びるために皇帝をやるしかない。まだ死ねない。母さんはきっとそんなことを望まないだろうから」


 母さんが大人しく処刑されたのは僕を守るためだった。だから僕には生きる義務がある。皇帝をやりたいとは思ってない。だけど今は皇帝こなす・・・しかないのだ。


「弔い合戦をしましょう。宣戦布告です。メガラは小国です。我が軍ならばすぐにでも屈服させることが出来ますわ」


「ですがそうすると列強を刺激しかねません。ここは外交で片づけるべきです。経済制裁をかけて犯人を引き渡せるように追い込みましょう」


 あら。二人の意見が割れた。こういう時どうすればいいんだろう?ルドゥーテとヤーノシュは僕を放っておいて議論を白熱させていた。どっちの意見にも分はあると思う。だけど気に入らない。二人が僕を無視していることを!


「二人とも今すぐに黙れ・・


 僕は声を荒げず。だけど強い声でそう言った。すると二人はびくっと震えて黙った。恐る恐る僕の方を伺う。


「二人の意見はわかった。どっちにも分はあるだけどどちらの意見も気に入らない」


「お兄様。ならどうするおつもりですか?」


「人材リストは軍部の分もあるのか?」


「はい。ございますわ」


「ならすぐに統合参謀本部をいまの貴族だけの体制から刷新する。平民出身の優秀な将校にスタッフを入れ替える。優秀ならば人種は問わない。だけど統合参謀本部議長だけはヒューマンにしておいて。人選は任せる。できたらサインするからその通りにして」


「お兄様。貴族の影響はいずれは排除するべきですが、早急過ぎると思いますわ」


「かまわない。どうせ舐め腐られてるなら、その間にぶん殴った方がいい。そしてすぐに成果を出せば黙らせられる。朕は汝らに勅を下す」


 僕はもう決めたのだ。


「特殊作戦に備えるべく、軍部の人事を刷新せよ」


「「Yes,Your Majesty!!」」


 方針は定まった。みんなが僕を舐めている。ならばどでかい一撃を無謀な腹に喰らわせてやればいい。おれが世界を驚かせてやろうじゃないか。

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