第4話 太子密建

 父である皇帝が暗殺された。この知らせを僕はヤーノシュから聞かされた。その時僕は茫然としてしまった。そんなこと信じられないと思った。世界随一の超大国の皇帝が他国の地でテロリストに暗殺されるなんてあまりにも馬鹿げてる。


「陛下のご遺体は今日中に飛行船にて帝国に戻ってきます」


「ねぇ。嘘だろ?あの人が死んだ?母さんみたいに死んだっていうのか?」


「…心中お察しいたします。あまりにも痛ましいことですが…」


 ヤーノシュは泣きそうな顔をしていた。彼は父さんを宦官としてよく慕っていた。


「陛下のご遺体が到着しだいすぐに遺書の開封が行われます。いまその儀式の準備に宮殿はてんやわんやです。申し訳ございません。殿下。私は仕事に戻りますので、これで失礼させていただきます」


 ただただぼーっとするだけの僕を置いてヤーノシュは宮殿に去っていった。悲しみも感じない。寂しさもない。ただただ虚しさだけを感じた。









 太子密建。それは皇帝が次の皇帝を指名する儀式。皇帝は生前に遺書を残しておく。そこには次に皇帝なるものの名が書いてある。この遺書は皇帝が生きている間には何度でも書き直しが出来る。そしてこれを監視カメラと衛兵が二十四時間常に監視している玉座の裏の箱に入れておく。箱はこの帝国の重鎮である宦官官房長官、宰相、大司敎の三名が持つカギを同時に挿すことで開封できる。だからこの遺書は改竄できない。そして誰が次の皇帝になるかはその時代の皇帝が死ぬまでわからない。だから皇子たちはつねに熾烈な競争にさらされる。皇帝は誰が次の皇帝にふさわしいか常に皇子たちを監視しているのだ。だから後宮はいつもピリピリした空気感がある。もっとも母がエルフであるこの僕には関係のない話だ。僕たち皇族は表の宮殿の玉座の間に集められた。ここには他に各省庁の長官たち、宦官の重臣、軍部の将軍たち、有力貴族たちも集まっていた。


「それでは箱の鍵を開きます。3,2,1!」


 宦官官房長官、宰相、大司敎の三名が箱の鍵を同時に挿して回す。すると箱が開いた。


「それでは読み上げさせていただきます」


 大司祭が聖職者の職権として遺書を読み上げるのが慣例となっている。


「おほん。『朕、第十二代神聖イグアス帝国皇帝シルウェステル・アヘノバルブスは第十三代皇帝に、朕の第十三皇子ヴァンデルレイを指名する』…っえ?」


 そして次の皇帝になるものの名が読み上げられた。ハイハイ、スペンサースペンサー。…あれ?


「「「「「「「「「「はぁ?」」」」」」」」」」


「うん?」


 今なんつった?誰の名前が読み上げられた?あれぇ?え?


「今のほんとか?」「いや冗談だろ」「まさかなぁ」「ありえませんよね?」


 ここにいる全員の視線が僕に集まる。


「すみません、大司敎猊下。もう一度読み上げていただいてもよろしいですか?」


 宰相が唖然とした表情でもう一度読み上げるように促す。大司敎はこくこくと頷いて再び遺書を読み上げる。


「ええっと。あれ。老眼かけてるんだけどなぁ。ええっっと。おほんおほん!『朕、第十二代神聖イグアス帝国皇帝シルウェステル・アヘノバルブスは第十三代皇帝に、朕の第十三皇子ヴァンデルレイを指名する』…マジかよ…oh my GOD」


 なんか若者言葉遣う大司敎ってエモい。じゃない!間違いなく今ヴァンデルレイって言った!!僕のことじゃないか!!そしてやっぱり全員の視線が集まる。


「信じられない!見せてみろ!…oh my GOD」


 宰相が大司敎から遺書をひったくってみて一言そう言った。そして次に宦官官房長官が遺書を手に取り。


「ちんこない私も思わずいきりたちそう…oh my GOD」


 そして遺書は各省庁の長官たちや将軍たち、貴族たちに回し読みされていく。


「「「「「「「「「「...oh my GOD」」」」」」」」」」


 お前、GOD?僕、皇帝!


「あり得ない!!!!」


 第一皇子のウィリアムが遺書を呼んで叫ぶ。


「あいつはハーフエルフだぞ!ヒューマンではない!亜人種だ!なのに皇帝だと!これは陰謀だ!そうだ!きっと遺書が改竄されたんだ!そうにきまってる!」


 せやな。僕が皇帝に指名されるなんて在り得ない。ならば誰が何のために改竄したというのか…。いやいや。改竄は絶対むり。システム的にできないようになっている。だからこそのこの儀式なのだ。暗君を出さないために誰がぎりぎりまで皇帝になれるのかわからないようにして、皇子たちに成果を競わせるシステムなのだ。遺書の改竄はあり得ない。


「衛兵たち!すぐにあの亜人を捕縛しろ!皇帝陛下の遺書を改竄した大罪人だ!エルフの母と同じように火あぶりにしてくれる!」


 衛兵たちは僕の捕縛を命じられた。だが彼らはおろおろとするばかりで動かなかった。いや動けないのだ。ここの衛兵たちは軍部のエリート将校たちが任じられる名誉職だ。遺書の改竄があり得ないことをきちんと理解している。だからこそ亜人の僕が皇帝に指名されたことにも困惑している。


「ウィリアム!この破廉恥男!お前は今何を口にした!今何をしようとした!」


 綺麗な女の声が玉座の間に響いた。そして声の主であるルドゥーテが僕の傍にやってきてウィリアムを睨みつける。


「不敬である!お前はたった今この時!我らが皇帝陛下に反逆の意思を見せた!大逆であるぞ!大逆であるぞ!わたくしはお前を告発する!おにぃ、皇帝陛下!」


 今お兄様って言いかけなかった?ルドゥーテは僕に振り向いてその場で跪いて首を垂れながら口を開いた。


「陛下。麗しき我らが皇帝陛下!わたくしは告発を上奏いたします!あの男!ウィリアム・アヘノバルブスがたった今、陛下を侮辱しあまつさえ御身を害そうとする意思を示しましたわ!陛下!皇帝陛下!勅をいただきたく存じます!陛下!皇帝陛下!勅を!勅をわたくしめに!」


 勅。それは皇帝だけが出すことの命令。それは法律を超える権限を持つ。この国の皇帝は独裁者だ。皇帝はこの帝国においてどんな命令でも下すことができる。たとえそれがあまりにもおぞましいものであっても。


「……。ルドゥーテ。朕は汝に勅を下す!あの痴れ者の首を刎ねよ」


「Yes.your majesty!!」


 ルドゥーテは近くの衛兵が腰に佩いている剣を抜いた。そしてウィリアムに近づいていき。


「まて!まてまてまて!ルドゥーテ!どうかしている!やめろ!そんなものを持って俺に近づくな!」


 だがルドゥーテは止まらない。彼女はウィリアムの目の前に立ち、両手で横薙ぎに剣を振るった。その太刀筋は鮮やかだった。ウィリアムの首をまっすぐとらえてそれを断った。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 誰かの悲鳴が聞こえる。ウィリアムの首が玉座の間を転がっていく。そして吹き出した血がルドゥーテのドレスを真っ赤に染め上げる。だけど彼女は美しく笑っていた。皇帝の勅を果たすことのできた恍惚に溺れている。














 この日僕の世界は終わった。












 そしてオレの世界が始まる。









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