第3話 異母妹

 僕のテントにも風呂はある。ドラム缶風呂だ。火の魔法を使って薪に火をくべて自分で沸かして入っている。


「皇族がこんなところのお風呂に入るなんてどうかしてますわ」


 風呂に浸かっている僕が声の聞こえる方に振り向くとそこには銀髪に青い瞳の美しい少女がいた。第一七皇女であるルドゥーテだった。彼女は社交パーティー用の華美なドレスを着ていた。彼女はもっとも皇帝に近いと言われているスペンサーの同母妹であり、祖父は大公でもある皇族の中でも強い権勢を誇っている。なのに付き人も護衛もつけずにただ一人だった。


「なんかよう?ないならはよ帰れ。お前と一緒にいるところをみられると大公家から直で苦情が来るんだよ」


「そんなの無視すればよろしいのですわ。せっかく可愛い妹が来たのですから、もてなしてくださいまし!」


 俺の苦言をニヤニヤとした笑みで受け流すこの図太さにはいつも困らされる。


「テントの中に駄菓子とラムネがあるから好きにすればいいよ」


「ありがとうございますお兄様!」


 ルドゥーテはルンルンと俺のテントの中を漁りだして目的の駄菓子とラムネを取ってきて俺の傍に戻ってきた。そしてラムネを開けてぐびぐびと豪快に一気に飲み干した。


「わたくしはこの一杯のために生きてますの」


「皇族のくせに安い女だなぁ」


 ルドゥーテは気分が良くなったのか鼻唄を謳いながら駄菓子をパクパクと食べ始める。その笑みは可愛らしいものだった。


「貧乏な俺の細やかな贅沢品を奪うのは楽しいか?」


「はい!とても!お兄様から貰うものは何でも嬉しいですわ!」


「お前ならこんなものよりもうまいものがいくらでも食えるだろうが」


「お兄様。何を食べるかではありませんわ。誰と食べるか。そちらの方がよほど贅沢です。今日は母上が父上の外遊についていってお留守ですからこうしてお兄様と一緒に食事を楽しむ贅沢が出来るのですわ」


「左様ですか」


 僕と一緒に食べるのが贅沢なんていうのはこの子くらいだろう。


「お前にはちゃんとした兄がいるだろう。そっちと食えよ」


「スペンサーはつまらない男です。彼と一緒だと何を食べても美味しくなくなります。母上とセットだともっとまずくなります」


 反抗期なのか。ルドゥーテは僕のところにたまにやってくる。政治的に何の価値もない僕を慕う理由はない。だから純粋に慕われているのだろうと僕は信じている。母は違うがこの後宮でただ一人のきょうだいと言える女の子だ。


「それよりお兄様。この間の決闘は見事でしたわ。まああのかわいいスズメちゃんをぶっ潰してまで使い倒すのは少々いただけません。ジェームズごときにスズメちゃんが傷つくのは悲しいですわ。おいおい」


 ハンカチなんか取り出して泣いたふりをし始める。コロコロと変わる表情はどこか愛らしい。実際この子は僕と違って国民人気も高い。


「ジェームズごときって。あいつもお前の兄だけど」


 もっともジェームズはルドゥーテから見ても異母兄なので関係は微妙だろうが。


「あんな破廉恥な輩はごときで十分ですわ。あの男はわたくしにあろうことかこんなことを言ったのですよ!『俺が皇帝なったら可愛いお前を囲ってやるよ』なんたる破廉恥!」


 やっぱりあそこで殴り殺しておけばよかった気がする。でもこの後宮での異母きょうだい間での疑似恋愛感情みたいなゴシップはたまに聞かないでもない。異母妹と言えど広い宮殿で離れて育ち、しかもルドゥーテはとても美しいものだから良からぬ感情を持つ男もいるだろう。


「ほんとスペンサーはあほですわ。あそこで止めに入るような男だから駄目なのです。そもそも決闘勝利時の約束事はお兄様がジェームズを好きなだけ殴らせるでしたわよね。結局決闘介添え人としての任も果たしていないのですからね!何たる恥知らず!わたくしはスペンサーと同じ母を持って生まれてしまったことを恥じるばかりです。お兄様に顔向けできませんわ!」


 そう言いつつもここに来てるんだよね。まあいいけど。


「さてそろそろわたくしもお風呂にいれてくださいまし」


 そう言ってルドゥーテはドレスのスカートを思い切りたくし上げて豪快に脱いだ。


「おい。ばか。脱ぐんじゃないよ」


 彼女はレースで煌びやかなピンクの下着姿になった。意外に胸が大きい。


「でも脱がなきゃお風呂には入れませんわ」


「ごめんねーこの風呂は僕専用なんだー他の人はだめー」


「あら?恥ずかしがってるんですの?可愛いですわねお兄様」


「僕が心配してるのは風紀なんだよなぁ」


 下着姿でニチャニチャと僕を揶揄って遊ぶルドゥーテにイラつきがないと言えば嘘になる。だけど。こういうじゃれ合いがどこか心に染みていくのを感じるのだ。それはきっとお風呂よりも暖かいものだった。結局小競り合いをしてしぶしぶルドゥーテは僕と風呂に入るのを諦めた。そして再びドレスを着なおして彼女は笑顔で宮殿の方へと帰っていった。


「きょうだいなのに。僕たちは同じところに帰れないんだな…」


 とっくに忘れていたはずの寂しさを思い出した。そんな夜だったのだ。





























 そしてその日はやってきた。

 外遊先の国にて僕の父である皇帝がテロリストの手に暗殺されたという知らせが届いた。

 皇帝崩御。

 それが今までの僕の終わりであり、これからの俺の始まりとなったのだ。














 次回 『太子密建』






 かくて覇道の幕が上がる。





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