第2話 決闘

 闘技場の控室で僕はパイロットスーツに着替えていた。


「よくお似合いですよ。ヴァンデルレイ殿下」


 着替えた僕のことを見てヤーノシュは微笑みながら褒めてくれた。だけどそれで嬉しいとは思えない。決闘のことを思うとうんざりだった。


「面倒くさい。殴り合いの方がずっと楽なのに」


「殿下。むしろ殿下の力をお見せするチャンスですよ!プーパ・エクテスであれば殿下は誰にも…むぎゅ」


 僕はヤーノシュの唇を人差し指で閉じさせる。


「だからやなんだよ。でも第三皇子がしゃしゃってきたから仕方ないけど」


 僕は憂鬱だった。第十二皇子ジェームズは皇族の中でも軍部に近い武闘派だ。プーパ・エクテスの扱いにも慣れている。だからこそめんどくさい。


「殿下。機体はどうしますか?お望みなら軍部から最新鋭機を借り受けてきてもよろしいですが」


「練習機のスズメでいいよ」


「そんな!向こうはきっと専用機を出してきますよ!」


「そう。それならそれで結構だよ。ここから追い出されるなら早い方が良い」


 この決闘、面倒くさいけど渡りに船かも知れない。ここから出るきっかけになるならなんでもいい。


「殿下。一応言っておきますが、ここから出ても自由なんてありませんよ。きっと外に出れば第一皇子か第二皇子あたりがヒューマン至上主義者をけしかけて暗殺されかねません」


「あ、そう。そうだね。やっぱりどこにも居場所なんてないんだな」


 僕は控室を出てハンガーへ向かう。ずんぐりむっくりしたシルエットの練習機であるスズメが何台か置いてあった。どれを選んでも同じなので、一番近い機体を選び搭乗する。コックピットのハッチが閉じてモニターが起動する。


「操縦桿の反応速度が鈍いな。第一世代はこんなもんか。それに真空管計算機も処理がトロい。果たして何秒かかるかな?」


 決闘が終わるまで何秒持つやら。でもどうでもいい。僕の機体じゃないし、壊れても知ったこっちゃない。そして機体を歩かせて僕はアリーナに出る。


『遅かったじゃないか!決闘に震えて自分から後宮を出て言ったと思ったぞ!ふははは!』


 ジェームズの声が響く。アリーナにすでに到着していたらしい。


『殿下!あれは皇族専用機ヴァレンシュタインですよ!まずいです!スズメじゃ絶対に勝てない!勝てちゃいけない・・・・・・・・機体です!』


「あ、そう。どうでもいい」


『いまからでも陛下に告げ口して決闘を取り消しに!』


「しないよ。どうせあの人は僕に興味なんてないんだから」


 僕は操縦桿を強く握る。アリーナの観客席には皇妃と皇子皇女がずらりと集まっていた。みんな僕を嘲笑いに来たのだろう。そんな空気だ。マウントの取り合いくらいしか娯楽のないここじゃあこういうのはいいアトラクションだろう。せいぜい楽しませてやろう。


『では双方、剣を抜け。審判は第三皇子スペンサー・アヘノバルブスが行う。用意!始め!』


 そしてゴングがなる。


『うおおおお!一撃必殺!!』


 ジェームズのヴァレンシュタインがボクのスズメに向かってブースターを吹かして突っ込んでくる。剣の切っ先はまっすぐコックピットを狙っている。この突きがヒットすれば間違いなく僕は機体ごと貫かれて即死だろう。だけど。


「やあああああああああああああああああああああああ!!えっ?!」


 剣が僕のスズメに届くかと思われた瞬間ジェームズの機体は宙を舞っていた。僕はそのままスズメのブースターを吹かしてヴァレンシュタインの上まで跳ぶ。


『お前何をした?!』


『人型兵器なんだから柔術くらい通じるでしょ。馬鹿正直に突っ込んでくるから』


 僕がやったのはヴァレンシュタインの剣の腹に手を添えて叩き、姿勢を崩したところに足を引っかけてけり上げただけだ。


『だがスズメの動力じゃヴァレンシュタインのパワーを受け流せるわけが?!』


『うん。そうかもね。でももう詰みだから解説はお終いね』


 トリックを語るのは探偵の仕事だ。僕はそのままスズメの剣でヴァレンシュタインの首を落し、両手両足を根元から切り裂いた。


『バリアーごときられた?!』


 僕はスズメのリミッターを外していた。だから規格外の力が出せる。旧型で専用機に勝つならこれしか方法がない。もっとも制御が難しくなるから、これをやる人はめったにいないけど。


「うんそうだね。剣はおかげでボロボロだよ」


 そしてヴァレンシュタインは地面に落ちて、まるで芋虫の様に沈黙した。僕は煙を噴いているスズメから降りてヴァレンシュタインの元へ向かう。ハッチの横にある緊急時脱出用パネルを開きコックピットをこじ開けて、中からジェームズを引きずり出す。


「決闘勝ったから、殴るね。痛いから、歯を食いしばってた方が良いよ」


「ちょ、、待ってくれ!?へぶぅ」


 僕はジェームズの頬を思い切り殴る。胸倉をつかんでひたすらひたすら殴り続ける。だけどすぐに止が入った。


「ヴァンデルレイ!やりすぎだ!!そのままだと死んでしまう!」


 スペンサーが間に入って僕とジェームズを引き離した。すぐ宦官の医者がやってきてジェームズをつれていった。


「そのまま死んでいた方が都合がよかったんじゃないですか?」


「なに?」


「皇帝になるライバルは一人でも少ない方がいいでしょう。だから僕にあいつと決闘させて始末させたかったんでしょ?僕の実力、あなたはよく知ってるもの」


「ちがう!私はそんなつもりじゃなかった。私はお前の正当な実力を後宮に知ってほかったから」


「なんだ。結局片方に肩入れしてるんだ。ジェームズも可哀そうだね。当て馬にされて。…罪悪感で人に優しくするのやめてくださいよ。もう僕の母さんはいないんですよ」


 僕がそう言うとスペンサーはバツが悪そうに眼を伏せた。母が死ぬまではこの人は僕にとって兄として優しく振舞ってくれた。でもその優しさは弟の僕ではなく、僕の母に向けられた感情故に…。


「はぁ。もういいや。殴ってすっきりしたのでもう帰ります。さようなら」


 僕はアリーナを後にした。客席から注がれる恐れのような感情に背を向けて。

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