第2話



「お願いします。聖女様、どうか、どうか助けてください」


「あぁ、奇跡だ!ありがとうございます、ありがとう……」



 苦しそうな顔をしている人が笑顔に変わる。ちゃんと今日も成功している、と安心する。

 何人目かの怪我人は私と同じくらいの年齢の少年が付添っていた。重症者には大抵付添人がいるが、怪我人と同じくらいの年齢が多いのに珍しい。

 少年は瞳に涙を浮かべながら、それでいて睨みつけるようにお願いしますという。その瞳の奥に不安を見つけた。



「大丈夫、すぐに治すから」



 微笑みながらそう言うと余計に泣きそうになってしまった。

 とにかく早く治そう。それがこの少年の安心にも繋がるはずだから。



「全て治った……、ありがとうございます。聖女様」



 怪我をしていた人がお礼を言ってくる。 

 お礼を言われるこの瞬間が私が聖女として役に立っていると一番実感できる。



「凄い!ありがとうごさいます!治らなかったら仕返ししてやろうと思ってたんだ。アイツラのせいだから。でも」

「やめろ!」



 少年が嬉しそうに目をキラキラさせてお礼をいう。けれどもその後に続きた言葉に耳を疑った。

 事故ではないの?人が、人を傷つけるの?

 治療された人が少年の言葉を遮ったけれど聞こえてしまった。

 戸惑い、思わず聞き返す。



「人に、されたの?そんな事が?」


「違います!聖女さま、これは事故です!こいつがちょっと勘違いをしただけで」


「あ……、そうです、ごめんなさい。俺の勘違いなんだ」



 少年は焦ったように勘違いだというが、それは誰が聞いても嘘だった。

 傷つける人がいるなら、それはいけない事。あってはいけない事なのにどうして……。



「聖女様、次の人が待っているので……」





 少し離れた場所に待機していたはずのサアラがいつの間にか近くにいて治療を促す。

 そうだ、まだ怪我をしている人はいる。先にそちらを治さなくては。

 さっと立ち上がって次の人の所に向かう。少年がこちらを見ていたのは知っていてがそれよりも治療のほうが重要と思いその場を立ち去った。








 午前の治療が無事に終わり、リュカを伴い中庭に向かう。

 今日は天気がいいからここで昼食を取ろうかな、そんなことを考えていたら、リュカがばっと私の前にでた。



「誰だ!出てこい」


「?」



 垣根に向かい叫ぶリュカを不思議に思い見上げ、鋭い視線を向けている方をみる。するとカサカサと音を立てながら先程の少年が出てきた。驚き凝視していると少年は恥ずかしそうに喋りかけようとしてきた。



「あ、あの、おれ」


「貴様、ここは立入禁止だと知っているだろう。何のつもりだ」


「ご、ごめんなさい!でも……その」


「忍び込んだのはお前だけか」


「すみません……」



 騎士の気迫に怯えた少年は動けなくなってしまった。

身体を震わせている少年を見ているとかわいそうになってくる。



「まって、まだ子供でしょ?見逃してあげて」


「……聖女様が望まれるのでしたら」



 そう言ってリュカはすぐに私の横に戻ってきた。けれども少年に厳しい目を向けたままだ。

 少年は気まずそうに俯く。話しかけようとしているのか時折こちらに顔を向けるが、言葉は出てこない。

 リュカが怖いのだろう。私だってあんなふうに言われたら、睨まれたら動けなくなるだろう。



「君はどうしてここまできたの?」


「……さっき、せっかく治してくれたのに悲しい顔をさせてしまったから。そのお詫びぎしたくて」



 ぎこちなく差し出された花は中庭には咲いていないものだ。神殿の外にある花を摘んできてくれたのだろうか?



「ありがとう」


「びっくりさせてごめんなさい!親父がやられたのがどうしても許せなくて。でもその時俺はいなかったから本当は怪我した状況は分からないんだ。だから、その、誰かのせいにしたくて……」


「そうだったの」


「今日はそれが言いたくて!じゃあ!」



 そういってあっという間に去っていってしまった。嵐のような少年。



「あれ?今日はって言った?」


「もしかしたらまた忍び込んで来るかもしれませんね」


「他の人にバレたら怒られちゃうのに」


「……楽しそうですね」


「えへへ、同じくらいの子と話す機会がないから……嬉しくて。また見逃してくれる?」


「……捕まえもしませんが捕まらないようにもしません」


「ありがとう。……きっと彼は捕まらない気がする」

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