第11話:報復
ズンズンと、こちらを睨みつけたままの剣士の男が歩み寄り、そして俺の前でピタリとその足を止めた。
剣士に続く三人も揃い、受付を背後にした俺を取り囲むような形になる。
「……何か用か?」
「何か用か、じゃねぇよこの野郎……!! さっきはよくもやってくれたなぁ……!?」
怒り心頭、といった様子で一歩前に進み出た剣士の男は、そのまま俺の胸倉を掴んでグイと引いた。
「ちょ、ちょっとあなた達! 急に出てきたと思ったら、新人さんに何をしてるんですか!」
「うるせえ! 魔法使い相手にやられっぱなしで、こっちは黙ってられねぇんだよ!」
受付の中からミレノさんが抗議の声をあげるのだが、剣士の男は聞く耳を持つつもりはないらしく、胸倉を掴む手にさらに力を込めた。
ので、その手を逆につかんで捻る。
「ウゲェッ!?」
「学ランが伸びるだろうが」
痛みで剣士の男は学ランから手を離すが、俺はその手を捻ったまま上に持ち上げた。
剣士の男は俺よりも少し背が低いようで、めいいっぱいまで吊り上げるとつま先立ちになりながら呻き声を上げる。
「て、てめぇ! 喧嘩売ってんのか!?」
「さっさと放しやがれ!」
「調子乗ってんじゃねぇぞ……!」
「ほらよ」
周りを取り囲んでいた三人の様子が険悪なものへと変貌したことを感じ取り、俺はさっさと吊り上げていた剣士の男を仲間の三人に向かって放り投げる。
突然投げ渡されたことに動揺したのか、剣士の男を受け止めた槍使いは、驚愕と共にバランスを崩し二人揃ってギルドの床に転がった。
そんな様子を見ながら、俺ははぁ、とため息を吐く。
「無理矢理俺に絡んできたのはお前らだし、俺に対してやってみろと挑発したのもお前らだし、それで簡単にやられたのもお前らだろ。それで我慢できなくなって、今度は報復にでも来たのか? 子供じゃないなら、少しは反省して大人しくしてたらどうだ」
俺の言葉に、今度はギルド内の冒険者たちが騒めき立った。
ただその内容を聞く限り、どうも魔法使い相手に簡単にやられたこいつらが情けない、といった内容がほとんどで、俺がすごいとかそういう話は一つもない。
改めて思うが、異世界ファンタジーなのに魔法使いの評価が低すぎやしないだろうか? もっと魔法そのものを評価した方がいいと思うのだが。
「こ、この、クソ魔法使いが……!! そもそも、俺は負けたわけじゃねぇ!! こいつの卑怯な不意打ちを喰らったんだよ!! まともにやり合えば、俺が魔法使いに負けるわけねぇんだよ!!」
床に転がっていた剣士が立ち上がり、騒めくギルドの冒険者たちに向かって吠えた。
不意打ちはそのとおりなんだが、あんな宿屋の中でまともに相手をするはずもないだろうに。それに、やってみろという許可は得ていたんだ。その言葉通りにやっただけで、どうしてこうも恨まれなければならないのだろう。
「まぁこういう輩は、自分が負けるとは思ってないもんなぁ……」
(キュゥ……)
勝って当然。負けるわけがない。だからこそ、いざ負ければ腹を立て、名誉挽回とばかりに報復に走る。うんうん、よくいたよそんな不良。いきなり金を出せと言われて絡まれて、路地裏連れていかれた後でこの肉体で返り討ちにしたら、後日仲間引き連れてお礼参りに来るんだもんなぁ。
全員返り討ちにしたけど。やっぱり、人間が数になるよりも熊一匹の方が怖いよねって話だ。
頭の中で昔のことを思い返せば、同じ気持ちを共有したのかヨモギの呆れた鳴き声が響いた。
「そんなに言うなら、もう一回勝負しろよー!」
ふと、ギルド内にそんな冒険者の野次が飛んだのだが、意外にもこの野次に賛同するものが多く、他の冒険者たちからも「戦えー!」や「魔法使いなんかに負けんなー!」などの声もあがりはじめる。ついには、どっちが勝つかの賭けも始まり、ギルド内は冒険者たちの声で大変賑わうこととなった。
「み、皆さん! そんな危険です! まだコンゴーさんは登録したばかりの新人なんですよ!?」
「へぇ、それは良いこと聞いたなぁおい!?」
ミレノさんが騒然とする冒険者たちを抑えようと声をあげるが、それを聞いた剣士の男はニヤリと笑みを浮かべた。
そして再び俺の前へとやってくると、「おい、クソ魔法使い」と抜剣し、その切っ先を俺に突き付ける。
「冒険者になったんだろ? なら、七等級の先輩である俺が直接指導してやるよ。先輩からのありがたい教えだぜ? 今度こそ、融合者の恐ろしさってのをたっぷり味合わせてやるよ……!」
そんな剣士の言葉に、ギルド内はドッと騒がしくなった。
まさかこの空気で逃げねぇよな? と剣士の男は俺を挑発するように剣先をゆらゆらと揺らめかせた。
なるほど、どうやら無理やりにでも俺に再戦したいらしい。
「いいぜ、やろうじゃないか。もう一回、今度は大衆の前で転ばせてやるよ」
「言ってろやクソ魔法使い……! まともにやれば俺に勝てねぇってこと、思い知らせてやる……!」
◇
どうやらギルドの裏には、所属する冒険者たちが自主的に訓練が行える訓練場が併設されているらしい。
しぶしぶといった様子で訓練場に案内してくれたミレノさんは、「危なくなったら、すぐ止めますからね!」とだけ言い残して他の観衆となった冒険者たちに混じっている。
わーきゃーとギルド内にいた冒険者たちが見守る中、訓練用に刃が潰されている剣を手にして対面に立つのは剣士の男。
名前は知らない。
「さっきのお礼だ。真正面から、力づくでぶちのめしてやるよ……!!」
「うーん、物騒」
やる気満々といった様子の男は、剣を構えた状態で対峙する。一方俺はというと、特に武器などが必要とならないため、学ランを脱いだ状態で待っていた。斬られることはないとはいえ、学ランをボロボロにされてしまっては元の世界へ帰った時に困ることになる。
シャツの長袖を肩まで捲り、一度視線を左手の紋章へと移す。顔をのぞかせたヨモギがキュッ! と鳴いた。任せろ、ということなのだろう。その意気が、俺とヨモギの間で繋がったパスから感じ取れる。
「行くぞオラァッ!!」
「【浮かして崩せ】」
向かい合うこと数秒。誰の合図もなく、先に剣士の男が動く。
勢いよく、真っ直ぐこちらに飛び出した男。そんな男の一歩目の先へ、《風の標》の時にも使用した魔法を展開する。
「二度も喰らうかよ!!」
だがしかし、男は一歩を俺が想定していたよりも小さくすると、【浮崩】を設置した場所を無理矢理外して突っ込んでくる。
その行動にマジかと内心で驚きつつも、バックステップで距離を取りながら次の詠唱に入った。ヨモギの風のサポートもあり、かなりの距離を稼ぐことに成功する。
イメージは風の刃。ただし相手に合わせ、刃そのものの切れ味はないように展開する。
「【風の息吹よ、刃と成りて駆けろ】」
俺の頭上に形成された風の刃が、真っ直ぐ男に向かって飛翔した。
目に見えないはずの風の刃。しかし男は、その刃を直感で感じ取っているのだろうか。足を狙った刃が着弾する直前に、「オラァ!!」と剣を振り上げて魔法を相殺して見せた。
「その程度の魔法で、この俺が止められるもんかよぉっ!!」
足を止めることなく、さらに突き進む男。そんな男の姿に、周囲の観衆はさらに湧いた。中には俺のことを応援する野次も聞こえてくるが、その多くは賭けで大穴を狙ったギャンブラーである。
女の子の応援ならともかく、むさい男の野次しか飛んでこないとはなんて残念なのだろうか。
(キュ)
(そうだな、お前がいるもんな)
念話でヨモギの励ましを聞きながら敵を見据える。改めて感じるが、たしかに融合者というのは魔法使いにとって脅威なのだろう。
人並外れた身体能力に加えて、中途半端な威力の魔法はダメージにもならない。おまけに、威力を高めようとイメージすることに集中してしまえば、接近を許して距離のアドバンテージを失うことになる。
よくよく、理解している。あのフォルゲリオを相手にしたときに、それは身に沁みてわかった。
だからこそわかる。こいつは、あのフォルゲリオよりも遅い。
そのため、あの時の戦いに比べれば、詠唱する余裕さえあるほどだ。
「【我が脚が踏み出すは高き空の果て】」
「もらったぁ!!」
男が間近へ迫り、俺に向かって剣を振り下ろすその直前。
空へと踏み出した俺の足は、宙を大地と化し、その体を上空へと押し上げた。
(力押しするだけの単純な戦闘なら、たしかにお前らの方が強いのかもしれない。けど、魔法使いってのはそれだけじゃないって、教えてやろうぜ!)
(キュキュッ!!)
かなりの勢いで空へと跳んだためか、男は剣を振り下ろした体勢のまま辺りを見回して俺を探す。
そんな光景を眼下に、言葉を紡いだ。
「【左手に集いし風よ、怒りの嵐と成りて、敵を弾け】!!」
「っ!? 上か!!」
声が聞こえたのか、剣士の男が顔を上げた。
だがお互いの目が合った時にはもう遅い。俺の左手には、既に荒ぶる風の矢が番えられ、目標へ照準を定め終わっている。
「【
『キュウウウ!!』
放たれた矢は、一直線に男へと向かう。
その風を脅威だと感じとったのか、男は剣を盾のように構えて防御姿勢を取ると、「舐めるな!」と上空の俺に向かって跳び上がった。融合者とやらの身体能力であれば、本来であれば十分に可能なことだったのだろう。
「舐めてんのはそっちだよ!!」
「なっ!? なんだこの威りょ――」
男の構えた剣と風の矢。その両者が衝突したと同時に、訓練場内に激しい乱気流が吹き荒れた。
誰もがその風に思わず目を閉じてしまう中、ドゴンッ!! という衝突音が訓練場内に響き渡り、俺はそのすぐ傍へと着地した。
「どうよ、また転ばされた……というより、叩きつけられた感想は。まぁ、聞こえてないだろうけど」
小さなクレーターの中で仰向きになって白目を剥く剣士の男。
そんな男とその傍らに立つ俺を見た観衆は、しばらくの間言葉を失ったかのように静かだったのだが、ミレノさんの「そ、そこまで!!」という言葉によって強制的に解散させられることとなるのだった。
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