第10話:ギルド
「この瑞々しさ、そして甘さ。買っておいてよかったな、ヨモギ」
『キュゥ~』
頭の上に陣取ったヨモギと共に、お姉さんから買ったヴェントベリーを食しながらギルドへと向かう。
袋からヴェントベリーを二つ取り出し、一つを口の中へ、もう一つを頭上のヨモギに手渡しながら歩いているのだが、果たしてこの光景は周りからどう見えているのだろうか。
山賊のおじさんが見えていなかったが、もしかしたらおじさんが異常体質持ちで見えていないだけで、ヨモギの姿は普通に見えるのかもしれない。そう考えて、さりげなく頭に乗ってもらい果物をいただいているのだが……今のところ、誰一人として頭のヨモギを見ている様子はない。
となると、おじさんは正常で俺こそが異常なのだろう。一般には見えていないものが見えているのは、俺が別世界からこの世界にやってきた異物だからだろうか?
真意はわからない。わからないが……
『キュ~キュキュッ!』
「お、もっと欲しいのか? 美味いもんなぁ~。おーよしよしよし」
『キュキュキュ~ッ!』
もっとくれと、頭から腕に降りてきたヨモギが袋に手をかけて俺の方を見やる様子に、つい手を差し伸べてヨモギの下あごをチョチョチョとかくように撫でる。
満更でもない声をあげながら目を細めているヨモギに、いくつかのヴェントベリーを袋から取り出して手渡すと、ヨモギは大はしゃぎしながら俺の頭の上へと戻っていった。
「愛いやつよなぁ~」
『キュッフン』
「え、何その鳴き声初めて聞いた可愛い」
もっと食べなぁ~、とまたいくつかのヴェントベリーを取り出してやれば、ヨモギは全部自分のものだと主張するようにその小さな両腕で抱え込んでしまった。
そんなヨモギにほっこりしながら、突き当りの角を右に曲がる。そのまましばらく歩いたところで、目当ての建物が見えてきた。
「お、あったな。剣と杖の看板」
『キュ~』
真っ直ぐ続く道の先。ひときわ大きな建物の出入り口の真上に掲げられている看板には、果物屋のお姉さんが教えてくれたように交差した剣と杖が刻まれている。
ギルド、と聞けばファンタジー世界でもお馴染みともいえる組織だろう。冒険者ギルド、探索者ギルドの他、商人や魔法使いなどに特化したものまで、その種類は様々だ。
俺のようなものでも仕事を斡旋してくれる場所として教えてもらったが、はたしてこの世界におけるギルド、そしてそこに属する者たちはこの世界でもどういうものなのだろうか。
不安と同時に、ワクワクしている自分がいることに気付く。
「さて、それじゃあヨモギ。そろそろ紋章の中に戻っててくれ。今から登録してくるからさ」
『キュ!』
わかった! と手に抱えていた残りのヴェントベリーを口の中に詰め込んだヨモギは、頭から駆け下りて左手の紋章の中へと戻っていった。
そしてヨモギが姿を消した紋章からギルドの出入り口へと視線を戻した俺は、一度両頬を軽く叩いてからギルドの中へと足を踏み入れる。
入って早々目に入ったのは、入り口正面に構えられた受付。全部で三つ構えられた受付のそれぞれには、対応してくれるであろう受付嬢が書類を手に仕事の真っ最中だ。
受付以外にも視線を向けると、武器を携え、防具を身に纏った多くの人たちが酒を飲んだり、情報交換に勤しんでいたりとなかなかに騒がしい様相だった。
そんな中、一人の受付嬢がこちらに気付いて笑みを浮かべて会釈してくれた。反射的に俺も会釈で返し、高揚感に浮足立ちながら受付へと向かう。
「ようこそ、ギルドへ。受付は私、ミレノが担当いたします。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ニコッ、と音がついていそうな、かわいらしい笑みを浮かべるミレノさん。思わずドキリとさせられる中、なんとか仕事を斡旋してくれる場所だと聞いてきたことを伝える。
「お仕事の斡旋……となりますと、ギルドへの所属登録が必要になるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。できれば、所属に当たっての注意事項を教えていただけると嬉しいのですが……」
尻すぼみになりながら尋ねると、ミレノさんは「では説明させていただきますね!」と元気よく頷いてくれた。かわいらしい人である。
「当ギルドでは、ここアニモラの住民の皆さまや近隣の村、およびアニモラ以外の街などからも幅広く依頼を承っています。基本的には、その依頼をギルドに所属している冒険者の方々に解決していただくことで依頼主から報酬をいただき、ギルドは三割、冒険者の方には七割の割合でその報酬が配分されます」
「三割はギルドの報酬になるんですね」
「あはは……よく言われるのですが、ギルドも無料で運営しているわけではありませんから。文句は、よく言われちゃうんですけどねぇ……っと、すみません。ただ依頼の報酬額が低い一〇級から八級までの間は、依頼報酬はすべて冒険者の方のものですので、そこはご安心ください!」
ため息をついていたミレノさんだったが、すぐに姿勢を正して笑みを浮かべた。俺個人としては口調を崩してもらっても構わないのだが、お仕事中の彼女はそういうわけにもいかないのだろう。
そんな中、俺は一〇級や八級といった単語について尋ねるのだが、想像通りギルドに所属する冒険者のランクのようなものらしい。
「冒険者等級と呼ばれていますが、下は一〇級、上は一級まで存在しています。等級は依頼を受けた数と、その依頼の達成数によって昇級することが可能です。冒険者のランクによって受けることが可能な依頼に制限がかかるので、依頼を受ける際にはご注意ください。もちろん、より高位のランクだと報酬も上がりますから、頑張って昇給を目指してくださいね! 一級ともなれば、皆が憧れる英雄間違いなしですよ! 二人目の英雄はあなただ! なーんて!」
「わかりました。冒険者として受ける依頼はどのようなものが多いのでしょうか?」
「そうですね……やはり、近隣に出没する魔物の討伐が多くなります。ただそれだけ、というわけではないですよ? 他の街への護衛依頼や、調査依頼などもありますし、等級の低い方だと、危険の少ない街中でのお困りごとの解決や薬草採取の依頼もありますから」
基本的には、想像している通りのお仕事らしい。ミレノさんの話を聞きながら、今後どうするのかを考える。
基本的には、元の世界へ帰る方法を探すのがこれからの活動のメインになる。冒険者としての活動は、あくまでも帰るまでの間にこの世界で死ぬことがないように、ついでで資金調達をするためのものだ。
「一つ質問案です。俺は旅の資金調達のために登録したいと考えているのですが、ここで登録した後、別の街でも冒険者として依頼を受けることは可能でしょうか?」
「はい、大丈夫です! 登録していただくと、冒険者証を発行いたします。その冒険者証が身分証明にもなっていますでの、他国への入国や他国のギルドの利用も可能となっています。ただし、あくまでも冒険者としての入国と利用が認められているだけですので、他国の冒険者の利用が認められていない場所には許可を得てから入るようにしてください」
「なるほど……利用ができるのならありがたいです。では、登録をお願いします」
「承りました! では登録料として、銅貨三枚をいただきます」
どうやら登録には料金がかかるらしい。
果物屋さんや《風の標》でも必要ではあったが、あらためてあの山賊たちからもらっていてよかったと思う今日この頃である。
懐から銅貨を三枚取り出してミレノさんに差し出すと、それを受け取ったミレノさんが紙と、そして水晶のようなものを取り出した。
「では登録に当たり、まずはあなたの名前、年齢、出身、得意武器を教えてください」
「えっと……名前は
「え、魔法?」
その瞬間、ミレノさんがキョトンとして目を見開いていた。意外だったのだろう、《風の標》で会った質の悪い男たちも言っていたが、魔法使いと言うのは相当に珍しいようだ。
現に俺とミレノさんのやり取りが耳に入っていたのか、近くにいた冒険者たちの喧騒がピタリと止み、こちらをみてコソコソと話をしている様子がよくわかる。
「あっ、す、すみません。つい、驚いてしまいまして……」
「ははっ、大丈夫ですよ。そんなに意外でしたか?」
「はい。お年を召した方には魔法使いの方は珍しくないのですが、アニモラの騎士団の方以外で、それも冒険者になる方で魔法使いの方というのは珍しいですね。……っと、申請内容に虚偽のものは見られませんね。では、こちらをお受け取りください」
俺と話をしながら、水晶を操作していたミレノさんだったが、水晶の中から出てきたカードのようなものを手に取って確認すると、それを俺に差し出してくる。
対して俺は、水晶の中からカードが出てくるという摩訶不思議現象に驚きながら、ミレノさんからそのカードを受け取った。
いつの間に撮影されていたのか、カードには俺の顔写真と『コンゴー・ドードー』という名前、年齢に加えて、出身地である日本という国名まで記載されている。
俺の名前は異世界仕様みたいだが……その、もうちょっと、どうにかできなかったのだろうか?
ミレノさん曰く、この水晶は名前、年齢、出身国を記載するらしい。そこに嘘はないため、紙への記載内容と異なれば嘘を吐いたとしてギルドからの締め出しと、国からの一時的な拘束及び取り調べなどがあるらしい。
ヒェッと、内心で竦んだ。
「それでは、ドードー・コンゴー様。ようこそギルドへ! 我々ギルド職員は、新たな冒険者であるあなたを歓迎いたします!」
ではこちらを、とミレノさんが差し出してきたのは白い石の首飾り。どうやらこれが冒険者等級での一〇級を表すものらしい。受け取って、学ランの上から身に着ける。
これで俺も今日から冒険者、というわけだ。
「じゃあさっそく依頼でも見て……」
「いたぁ!! 見つけたぞこのクソ魔法使い!!」
山賊たちからくすねたお金も心もとないため、こなせそうな魔法を探そうかとしたその瞬間。
ギルドの入り口から駆け込んできた四人の人影は、受付に立つ俺を見て指を突きつけて声をあげた。
何だ何だと急にギルド内が騒がしくなる中で、俺も振り返って見てみれば、そこに立ってこちらを睨みつけていたのは、先ほど《風の標》で白目を剥いていた剣士の男なのだった。
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