第12話:納得いかない!
(おかしい……少なくとも、前に絡んできた融合者とやらを倒したんだ。魔法使いとしての俺の評判が上がっていてもおかしくはないはず)
そんなことを考えながら、依頼で稼いだお金でギルド内の酒場で飯を食う。
すでに俺がギルドに冒険者として登録してから一週間ほどが経過したのだが、今のところは初日以降平和な時間が続いている。
いや、平和すぎるといってもいいだろう。一〇級が受けることができる依頼は、基本的には街の中でのお困りごと解決がそのほとんどを占め、人気のある討伐系の依頼は俺が来た頃にはなくなってしまっているのが常だ。
おかげで、他の一〇級があまり受けない、要は人気のない雑用のような安い依頼ばかりを受けているのが現状だ。
いや、別に不満があるわけではないのだ。街のお困りごとだって立派な依頼であるし、達成すれば依頼人から感謝と報酬を得られる。
それに、ただの戦闘強者である他の冒険者たちとは違い、こちらは魔法で物探しも配達も掃除だってできてしまう何でもござれな魔法使い。この一週間でずいぶんと街の人たちから俺のことが認知されてきたといってもいいだろう。お困りごと解決の依頼ではあるが、今では一〇級ながらにご指名を貰うことだってある。
魔法使いに対する評価が低い冒険者たちとは違い、この街の、特にご老人たちには魔法使いという存在の方が馴染みがあるらしい。《風の標》の受付おじいさんであるロン爺さんもそうだが、アニモラに住むご老人たちからは孫の如く可愛がられているように思える。
街を歩いているだけで、目が合うと「コンゴーちゃんコンゴーちゃん」と名を呼ばれて、ちょっとした頂き物を貰うくらいだ。
そんな嬉しいことをされてしまえば、張り切ってお仕事をしてしまうのが人の性だろう。今ではギルドに来て早々に、街の依頼を積極的に受けるようになっていた。報酬は安いが、魔法があれば即時解決はお手の物。数をこなせば、それなりに稼げるようにもなる。
そのおかげか、今ではすっかり《雑用のコンゴー》として、ギルド内での地位も……
(……蔑称じゃないか!?)
(キュゥ~……)
ヨモギの呆れる声が脳内に響いた。
そうだ、そうだよ。《雑用のコンゴー》とか明らかにバカにしてる名前じゃないかよ!
え、嘘だろ? 俺あの時勝ったよな? 融合者とかいうのに勝ったんだよな? なんで評価されるどころか、蔑称なんてついてるんだ!?
「あ、コンゴーさんこんなところにいたんですね。お食事中すみませんが、この後お話がありますので受付まで来ていただけると……」
「ミレノさん!!」
「ひゃい!?」
ちょうどよいタイミングでミレノさんが俺を尋ねてきたため、俺は彼女の名前を読んで立ち上がると、ズンズンその距離を詰めて彼女の肩に手を置いた。
突然のことに驚いたのか、ミレノさんは短い声をあげて肩をビクリと震わせる。
「俺からも大事な、大事な話があります! あまり周りには聞かれたくない話なので、できれば個室だとありがたいのですが……」
「え、いやあの……」
「お願いします! ミレノさんじゃないとダメな話なんです! 将来に関わる、とても大切なことなんです!」
「わ、私!? しょ、将来!?」
相談するにしても、受付で話してしまうと、俺が蔑称を気にしてギルドの受付嬢であるミレノさんに相談するところを見られてしまうことになる。
それはあまりにもダサい……! うわ、あいつ受付嬢に弱音吐いてやがる情けねぇ、とか言われてしまうかもしれない……! うるさい黙れお前らがつけた蔑称だろうがコンチクショー!
だがこのまま何もしないとなれば、ずっとこの蔑称がついて回ることになるかもしれないんだ。そうなれば、俺の今後に影響しかねん。雑用魔法使いとか、そんな風に言われたままでたまるか!
というわけで、この状況を打破するべくミレノさんに良い案を考えてもらいたいと考えている。受付嬢である彼女であれば、俺には思いつかない視点で案を出してくれるかもしれない。
「えっと、その……そんな真剣な目で迫られてしまうと、私も満更ではなくてですね……コ、コンゴーさんは街の人たちやギルド職員の方々からの信用もありますから人柄は疑っていないんですけど、まだ一〇級ということもあって収入面での心配が……あ、でも私は愛があればそれでいいかなって思っていたりもするので、そこは私も稼いで頑張ればなんて思っていたりも……そこも鑑みれば、子供は三人くらいがちょうどいいかななんて……!」
小声でボソボソと何かを高速詠唱しているミレノさん。彼女も魔法使いなのだろうか。
この一週間で依頼の受注や達成報告などをよく担当してくれるようになった彼女とは、もうすっかり顔馴染みも同然。今では、その合間で世間話をする程度には仲良くなったと思っているのだが、こんな彼女の姿は今まで見たことがない。
まぁまだ一週間ほどの付き合いである。それで彼女のすべてがわかる、などと言うほど自惚れてはいない。きっとこれも、彼女の持つ一面なのだろう。
俺はそんな彼女の肩をポンッと軽く叩いた。
なぜか頬を赤らめていたミレノさんと、まっすぐ視線が重なる。
「ではミレノさん。よろしくお願いします」
「ひゃいっ! ふ、不束者ですが、こちらこそよろしくお願いしましゅ!!」
彼女は何を言ってるんだろうか。
◇
「それでですね、何とか俺の《雑用のコンゴー》という蔑称を払拭……あの、ミレノさん。聞いていますか?」
「……アッハイ。ゴメンナサイ。ナンノハナシデシタカ?」
時は移って、俺とミレノさんは受付とは別に併設された個室にいた。
最初こそ緊張した面持ちのミレノさんが、「それで両親への御挨拶はいつにしますか!?」などという意味不明なことを言っていたが、ちゃんとこの話し合いの経緯を説明すると緊張が取れて落ち着いてくれた。
落ち着いたというよりも、どこか心ここにあらずの、ズーンとした重い雰囲気なのだが……まぁプロの受付嬢である彼女なら、俺にとって最善のアドバイスをくれるはずだ。
「そもそもの話、何でそんな風に蔑称がついてるのかわからないんですよね。一〇級なら雑用依頼が多くて当然。あの時の勝負には勝ちもしましたし、余計に意味が分からないんですよね」
「思わせ振りな態度じゃないですかねー」
「ミレノさん?」
露骨に顔を顰めた彼女の、吐き捨てるように呟かれた声。何か言ったのかな? とそちらを見れば、ミレノさんは大きなため息を吐いた。
「何でもありません。少し大人げなかったですよね」
「そうなんですか?」
「……それで、《雑用のコンゴー》と呼ばれている理由ですね。まぁ名前の通り、コンゴーさんが登録してからこれまでの間、一度も討伐依頼を受けていないからではないでしょうか?」
少し待っててくださいね、と席を立って部屋を出ていくミレノさん。少し経ち、何か資料のようなものを手にして戻ってくると、「これを見てください」とその資料を手渡してくる。
受け取ってその資料に目を通す。どうやら、俺がこれまでに受けた依頼の記録らしいく、見事に上から下までアニモラ内でのお困りごとに関する依頼だった。
「登録してからここまでの間、これだけ執拗に討伐依頼を受けない方って言うのも珍しいですからね」
「でもそれは仕方ないことじゃないですかね? 一〇級が受けられる依頼は、そのほとんどがこうした依頼ですし」
「たしかにその通りですが、ここ最近はコンゴーさんも街中の依頼を優先して受けていたでしょう? それに、街道付近の森に現れるゴブリンなどの魔物の討伐は、依頼を受注しなくてもいい常設依頼です。当然無理にとは言いませんけど、討伐そのものは許可されていますから」
もちろん、怪我や命については自己責任にはなりますが、と付け加えるミレノさん。
たしかに彼女の言う通り、街道に発生する魔物―魔力の影響を受けて凶暴化した動物や、魔力の影響で自然発生した生物のことを指す―の討伐依頼は、魔物を討伐して討伐証明の部位さえ持ち帰れば、安くはあるが報酬をもらうことができる。
だがしかし、その報酬額は街中での依頼達成の報酬とそう変わりはしないのだ。
であるならば、報酬も感謝も笑顔も得られる依頼を受けた方がいいというもの。そのことをミレノさんに伝えると、「たしかにそうですが……」と困ったように笑った。
「基本的に、我々ギルド側としては、依頼に優劣をつけることは致しません。ですが、冒険者の方々にとってはそうではないんです」
「……と、いうと?」
「昔はともかく、今はより戦う力を重視されているのが冒険者です。ですので依頼についても、討伐系の依頼を受ける者が偉い、強い、という風潮があります。コンゴーさんの場合は、達成依頼の数やアニモラ内での評判はすこぶるよろしいのですが、討伐系の依頼を受けていないことで軽んじられている、ということではないでしょうか?」
「俺、登録初日に勝ちましたよね? あの剣士の人に」
「七級冒険者のイントさんですね。たしかに、あの時集まっていた方々は皆さん目撃されているとは思いますが……だからこそ余計に、ということかと」
ミレノさん曰く、あの日勝った俺がいつまでたっても討伐系の依頼を受けないことから、「人相手には戦えても、魔物相手には戦えない臆病者」という噂が出ているのだとか。
いったい誰なんだそんな噂を流したバカ野郎は、とミレノさんにさり気なく聞くが、彼女も受付として耳に挟んだだけで、噂の出所はわからないんだとか。
しかし、なるほど。そういうことであれば、簡単な話じゃないか。要は俺が討伐系の依頼を受ければ万事解決、すべてが丸く収まるということ。
とりあえず、この話が終わった後で常設依頼である街道付近の魔物の間引きをやることにしよう。
「ありがとうございます、ミレノさん。おかげで、何とかなりそうです。それで、ミレノさんの話というのは……」
「あ……そ、そうでしたね! ちょっと他のことで頭がいっぱいになっていて忘れていました! 少々お待ちくださいね!」
俺への用とやらを思い出したのか、慌てて立ち上がった彼女は再度個室を出て行ってしまった。
そこから待たされること数分。バタバタと音を立てて個室へと駆け足でやってきた彼女は、対面に飛び込むように着席すると「これです! コンゴーさんへの指名依頼!」と一つの依頼書を差し出してきた。
内容を見る。
依頼主は……マギカスタ騎士団?
「魔法使いだから、ということなんでしょうか? マギカスタ家から、周辺森林での魔物討伐任務に同行してほしいという指名依頼が入っています。噂の払拭にもちょうどいいですし、何よりマギカスタの騎士団は皆さんが魔法使いの精鋭! コンゴーさんにも良い刺激になると思いますよ!」
「マギカスタ……ああ、そう言えば縁はあったか」
思い出すのは、この世界へとやってきた初日に出会ったアニモラの門番のおじさん。たしか彼も、マギカスタ家の騎士団だという話をしていたはずだ。あの時貰った紹介状は、今でも大切に荷物の中に保管している。
だがしかし……いったいなぜ、こんなタイミングで俺に声をかけてきたのだろうか? 別にその騎士団への入団を希望しているわけでもないというのに。
「……よくわからないな」
『キュゥ?』
個室に入ってからずっと頭の上で寛いでいたヨモギが俺の内心を察して腕まで降りてくる。そんなヨモギの頭をチョチョチョと撫でながら、とりあえず噂の払拭にはちょうどいいだろうと、その指名依頼を受けることにするのだった。
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