第7話:宝具奪還部隊
「ゾロアスト殿。本当に、この辺りに賊がいるというのですか?」
「ああ、間違いない。うちには優秀な者が多くてね。話によれば、昨晩マギカスタ家から怪しい風貌の男が塀を乗り越えて出て行ったらしい。向かったのがこの先だ」
金剛が街を目指して飛び立ったのと同時刻。その金剛が目指すアニモラの街を出発した一団がいた。
先頭を白馬に乗って進むのは、陽の光によって輝く金髪に、鎧を纏って剣を携えた如何にも騎士然とした男ゼニル・ゾロアスト。そしてその隣で同じく馬に乗る赤髪の女騎士は、アニモラの治安維持を担うマギカスタ家の騎士団長レオナ。
そんな二人の背後には、ゼニルが引きつれたゾロアスト家の騎士たちが馬に乗って続く。
「そしてその後を追い、山賊のアジトにたどり着いたと。少々、話ができすぎでは?」
「おいおい……騎士にすぎない君が、まさかゾロアスト家次期当主であるこの僕の言葉を疑うというのかい?」
レオナの言葉に対し、威圧的な笑みを浮かべるゼニル。そんな彼の言葉に何も言えなくなったレオナは、「申し訳ありません」と手綱を握る拳を振るわせて頭を下げる。
「まったく……もう少し、立場というものを弁えられないのかな? 先代同士の縁があるからこそ、僕らゾロアスト家が手を差し伸べてあげようというのに……君みたいな者がマギカスタ家の騎士団長だなんて、マギカスタ家も落ちたものだね」
「っ……」
厭味ったらしいゼニルの言葉に反論したかったレオナだが、黙ってその言葉を受け入れる。彼女のわがままで、仕えているマギカスタ家に不利益をもたらすわけにはいかないのだ。
そんな悔しそうに黙り込むレオナの姿を見て嗜虐心を煽られたからか、ゼニルは笑みを深めてさらに続けた。
「最強を謳われた先代が亡くなり、魔法使いそのものの影響力が落ちたこの時代についていけないのが君たちマギカスタ家だろう? そんなマギカスタ家を、ゾロアスト家次期当主であるこの僕が救ってあげようというんだ。君は仕える家が滅ばないことを喜んで、僕に感謝するべきだと思わないかい?」
「くっ……」
「そうそう、それでいいんだよ。おまけにそのマギカスタ家唯一の誇りとも呼べる宝具は、君たちの杜撰な警備のせいで盗まれた。それを取り返しに、わざわざ我がゾロアスト家の騎士たちを連れてきてあげたんだ。なにせ相手は、あの《地砕き》。融合者のいないマギカスタ家の騎士団じゃ、相手にすらならないだろうからね」
言いたいことをすべて言い終えたからか、ゼニルは悔しそうなレオナの表情を満足げに眺めて笑う。それに続くように、後からついて来る騎士たちも笑い声をあげた。
(くそっ、こんな奴らに……!!)
手が痛くなるほど、レオナは手綱を力いっぱい握りしめて怒りを紛らわせる。
たしかに、ゼニルの言うことは事実だ。彼女が仕えているマギカスタ家が昔ほどの力を持っていないことも、そのマギカスタ家が代々受け継いできた風の精霊を宿した宝具、《
そしてレオナたちマギカスタ家の騎士団では、《
(《地砕き》……元はヤニスーイ家の騎士で、ヤニスーイ家が没落したことで山賊に身を落とした男。素行に問題がある反面、その実力は融合者の騎士十人にも匹敵すると言われていたほどの実力者)
妖精と融合して力を得るには、それなりの資質が必要となる。マギカスタ家は魔法使いの家系であるため、仕える騎士たちもそのほとんどが妖精と契約した魔法使いだ。
しかし、《地砕き》ほどの融合者ともなれば生半可な魔法使いでは相手にすらならないだろう。決してマギカスタ家の騎士たちが弱いわけではないのだが、《地砕き》が相手となれば宝具の奪還は難しいはずだ。
(だからこそ、不自然なんだ)
チラと顔を伏したまま、レオナは隣で上機嫌なゼニルを覗き見る。
ゼニル・ゾロアスト。ゾロアスト家次期当主であるこの男は、同時に妖精と融合した優秀な融合者でもある。
そんな男がわざわざアニモラへとやってきたのは、マギカスタ家の一人娘に縁談を申し込むためだという。当初、マギカスタ家はこれを断ったのだが、そんな折に起きたのがこの宝具の窃盗事件だ。
マギカスタ家の者がそれに気づいたのが本日の朝。そしてその窃盗事件の主犯であろう人物を見かけたというのが、たまたま逃走の現場に居合わせたゾロアスト家の騎士であった。
マギカスタ家も急ぎ奪還部隊を編成しようとしたが、そこに待ったをかけたのがこの男。曰く、盗んだのはあの《地砕き》を筆頭とする山賊であり、マギカスタ家だけでは奪還が不可能であるとし、たまたまアニモラへと連れていた騎士たちを奪還に向かわせると名乗り出た。
あまりにも、できすぎている。
(しかし、それを決定づける証拠がない……!)
苛立ちが募る。それは隣で白馬に乗るゼニルに対してもそうだが、何よりも腹が立つのは自身の弱さに対してだった。
レオナも決して弱い騎士ではない。しかし魔法使いである以上、《地砕き》やゼニルと相対すれば不利を強いられることは間違いない。
契約よりも融合。魔法使いとは本来、妖精と知己を得て、お互いの了承の下で成り立つ契約によって力を得た者たちのこと指す。しかし近年になり、妖精たちを捕獲する装置が開発されたことで融合という手段が生まれたのだ。
契約とは異なり、妖精の了承なく可能な融合。一方的であるがゆえに契約よりも力を得ることが容易。さらには、魔法が使えない代わりに融合した者の身体能力が大幅に底上げしてしまうこの手法は、魔法使いの時代を終わらせたとも言われている。
契約した妖精への魔法の指示が必要な魔法使い。対して、強化された身体能力で戦う融合者。生半可な魔法は融合者には通じず、かといって強い魔法を使おうとすれば詠唱が長くなり、その間に距離を詰められてしまう。
故に今の時代、融合者の方が強いとされているのだ。
魔法使いの名家でもあるマギカスタ家の力が大きく落ちたのも、融合者の登場によって魔法使いの立場が弱くなったためであった。
「さぁ、この坂を超えれば、その先に《地砕き》がアジトにする洞窟がある」
ゼニルの言葉に、レオナは顔を上げた。
いよいよかと、険しい表情を浮かべるレオナ。それに対してゼニルは、負けることなどまったく想定していない、自信にあふれた顔で馬の腹を蹴った。
嘶いた白馬が、一気に坂を駆け上がり、同時に後方の騎士たちに向けてゼニルが声をあげた。
「さぁ! 我が精鋭の騎士諸君! 目標はこの先の洞窟だ! マギカスタ家の宝具奪還のため、存分に力を発揮せ――」
声が止まった。
一人足早に坂を上り切ったゼニルはその坂の先を見つめたまま、まるで時が止まってしまったのかと思うほどにシンと静まってしまった。
先ほどの口上はどこへやら。その異変を感じ取った騎士たちも、何だ何だと顔を見合わせて坂を上る。
当然、レオナも馬を走らせ……そして坂を上りきった時、ゼニルが視線を向けるその場所を見て驚愕を浮かべた。
「な……何が、どうなっている!?」
視線の先。おそらく洞窟があったであろうその場所には、なぜか巨大な岩が入り口を塞ぐように鎮座していた。
ゼニルの叫び声に内心で共感したレオナは、一人慌てた様子で坂を下っていくゼニルに続いて洞窟へと向かう。
騎士たちもそれに続くのだが、先に洞窟の巨岩へと辿り着いたゼニルは馬から飛び降りながら抜剣し、そしてそのまま剣を振るった。
都合二度、クロスする形に亀裂が入った巨岩はたちまち崩れ落ち、洞窟への道を拓く。
「っ……!!」
「こ、これは……」
陽の光が差した洞窟内。ゼニルとレオナの二人が目にしたのは、縄で縛られて気絶している山賊たちの姿だった。
そしてひときわ目立つ大男の姿を見て、レオナは目を見開く。
「ち、《地砕き》のフォルゲリオまで!? それに、この縄は……」
「な、なぜ貴様が……なぜ貴様が、こんなことになっているんだ!?」
どうやらフォルゲリオまで気絶しているようで、二人の声に反応する様子はない。
そして後ろから追いついてきた騎士たちも洞窟内の光景を目にし、ザワザワと洞窟前が騒がしくなった。
「チィッ……!!」
「っ、ゾロアスト殿、どこへ……!」
焦りと共に、なぜかフォルゲリオたちを無視して洞窟の奥に向かって駆け出したゼニル。その後をレオナが追い、彼らが足を止めたのは洞窟の最奥にあった鉄格子の前だった。
どうやら牢屋になっているらしく、中にも気絶した男が一人入っていた。この男は先ほどの山賊たちとは違い、縛られている様子はなかった。
抜剣とともにゼニルが鉄格子を斬り落として中へ入ると、グルリと周りを見渡してから入っていた男の胸倉を掴み上げる。
「おい……! お前も《地砕き》傘下の山賊だな!? 言え! 宝具はどうした……!?」
「……んぁ? え、だ、誰だあんた……!?」
「ゼニル・ゾロアストだ!! さっさと答えろ! 盗んだ宝具はどこだ……!!」
凄んで問い詰めるゼニル。その剣幕におそれたのか、山賊は「な、中だ! 牢屋の中! ほらあそこ!」とあっさりとその場所を答えた。
しかし、山賊の男が指さしたその先には何もなかった。あるのは、何かを吊り下げておくための掛け金のようなものしかない。
「ないから言ってるんだろう!! この僕を馬鹿にしているのか!?」
「し、してねぇ! ほ、本当だ!! お頭からは、人が来たらそれをわた――」
その先の言葉が続くことはなかった。
胸倉を掴んでいた手を離すと同時に、もう片方の手に握られていた剣を振ったゼニル。
妖精との融合によって強化された一閃は、たちまち男を斬り捨ててしまう。
ドサリと、男の体が後ろ向きに倒れた。
「ゾロアスト殿。今、山賊は何と……」
「奴ら、この僕が来ることまで想定していたらしい。さすがは《地砕き》だ。この僕がアニモラへ来ているという話は知っていたんだろう。そして宝具の奪還に僕が動くこともね。ただ、それよりも先に別の誰かにやられてしまった、ということだろう。そして宝具は、その誰かによって持ち去られた」
一気にまくしたてるゼニルは、血に濡れた剣を握る手を怒りで震わせると、踵を返して洞窟の外へと向かう。
「僕らは直ちに、宝具の捜索を行う。あと、マギカスタ家の騎士団には、《地砕き》の移送を頼みたい。気絶している相手なら、君達でも問題なく仕事ができるだろう?」
「わ、わかりました」
「それと、《地砕き》たちへの尋問は僕らが担当しよう。非力な君達では、暴れられた時に抑えられないだろう?」
そんな有無を言わせないゼニルの言葉に、レオナは黙って頷くしかできなかったのだった。
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