第6話:魔法使い

「おらっ、行くぞぉ!!」


 契約だの融合だの。その言葉が何を意味しているのかを考えるよりも先に、大鎚を振りかぶったフォルゲリオが吠えた。

 同時に、彼の姿がブレる。先ほどまで彼が立っていた場所には、尋常ではない力で踏ん張ったような足跡が残っていた。


(キュウッ……!)


「うぉっ……!?」


 再び左手に体が引かれたため、その方向へと跳ぶ。

 今度はつんのめることなく移動することができたのだが、その直後に背後で地面が爆発したように爆ぜたことで体が押されたことで、体勢を整えて振り返った。


「チッ……魔法使いのくせにすばしっこい野郎だ。大人しく潰されとけよぉ……!」


 振り下ろした大鎚が俺の立っていた場所へと振り下ろされていたかと思えば、再びフォルゲリオの姿がブレる。


 動きが見えない。

 先ほどもそうだが、あんな図体で、それも視認できない人外の速度でどう動いているのかがまったくわからない。


 これも異世界仕様ってかこの野郎……!


「くぅっ……!?」


 大鎚が振り上げられたかと思えば、側頭部を狙うように軌道を変え、そして次には袈裟斬りするように大鎚が振るわれる。


 都合三度の攻撃は、ヨモギの風を読む力を共有したことで何とか躱すことができた。しかし、相手はこれまでに経験したことのない動きをする大男に、見たこともない巨大な大鎚。最後の攻撃を躱す際に、一瞬体勢が崩れてしまった。


 そしてその隙を、フォルゲリオは見逃しはしなかった。


「オラァッ!!」


「ぐっ……!?」


 振り下ろした大鎚を地面に叩きつけたまま、大鎚を支えにしたフォルゲリオが身を屈めた。


 蹴りが顔に来る、と感覚で感じ取ってガードを固めれば、まるでダンプカーにでもぶつかったんじゃないかと思うほどの衝撃で、身体ごと飛ばされてしまう。


 ヨモギの風もあって着地こそ上手くできたが、先程の蹴りによって俺の両腕にはビリビリと痺れるような痛みが走った。俺自身が頑丈だからこそこの程度で済んでいるが、普通なら折れていてもおかしくはないはずだ。


 こればかりは、鍛えてくれた親に感謝だなと苦笑を浮かべながら立ち上がる。


 蹴りを繰り出したままの姿勢でこちらを見ていたフォルゲリオは、「へぇ」と笑みを浮かべて大鎚を担いで立った。


「俺の本気の蹴りを受けて無事たぁ、魔法使いにしてはなかなかやるじゃねぇかよ。それも魔法か?」


「あいにくと、これは鍛えているからで魔法は関係ない」


 ブラブラと痛みを紛らわすように手を振りながら答える。


(しっかし、どうしたもんか……)


(キュゥゥ……)


 ヨモギとともに冷や汗を流しながら思考を巡らせる。


 先程の戦闘は時間にして数秒程度のものだが、だからこそ魔法を使う暇がまったくと言っていいほどなかった。接近戦に持ち込まれてしまうと、詠唱する時間も、それどころか魔法をイメージする余裕さえなくなってしまう。


 魔法使いは後衛職、というのが一般的なファンタジーにおける考え方だが、それを今まさに痛感しているところだ。たしかに、誰かに守られること前提でなければ、魔法を使うことも難しいだろう。


「【纏え疾――」


「させるかよぉ!!」


 とにかく、まずは速度に追いつかなければと敏捷強化の魔法を詠唱しようとしたその直後、たったの一歩で彼我の距離を詰めてきたフォルゲリオ。

 その圧に気圧され、詠唱を止めて距離を取ろうとするが、フォルゲリオは構わず大鎚を振り上げる。


「くそっ……! 【吹き飛ばせ】!」


 余裕のない中で何とか唱えた短い詠唱。しかし具体性のない言葉であったからか、その威力は思っていた以上に低いように思われた。

 それでも、常人であれば倒れてもおかしくはない風が吹き、まっすぐ向かってきているであろうフォルゲリオへ吹き荒れる。


「弱ぇんだよ!!」


 だがフォルゲリオは、真っ向からの向かい風を苦にすることなく突破してしまった。

 暴走機関車のように止まらない姿に、俺もヨモギも「ゲェッ!?」『キュンッ!?』と心の中で驚愕の声が重なり、たまらず強風の魔法の狙いをフォルゲリオから俺に変更。


 直後、風によって大きく後ろへ飛んだ俺が、先ほどまで立っていた場所に大鎚が叩きつけられた。


「あ……あっぶねぇなおい……」


『キュ……』


 間一髪。大鎚の攻撃を躱せたことに安堵の息を吐き出しながら息を整える。


 すると、そんな俺の様子を見たフォルゲリオは、「ハッ!」と鼻で笑って続けた。


「これでわかったかよ。時代遅れの魔法使いに、俺が負けるわけがねぇんだ。時代は妖精と契約した魔法使いよりも、融合した戦士ってな」


「……なんだって?」


「気づいてんだろぉ? お前ら魔法使いは、言葉を使って契約した妖精に魔法のイメージを伝えなけりゃ魔法が使えねぇんだ。おまけに、具体性を欠くイメージは魔法の完成度を大きく損なう」


 てことはだ、とフォルゲリオは大鎚をグルグルと頭上で振り回しながら肩に担ぐ。


「イメージが固まる前に、詠唱が終わる前に。武器を手に距離を詰めて殺せば、魔法は脅威でもなんでもねぇ。苦し紛れの魔法も、融合して肉体が強化された戦士にとっちゃかすり傷にもならねぇんだよ」


「……」


「お前も契約なんかせずに融合の選択肢を取ってりゃ、今ここで生き残れたかもしれねぇのにな。何の役にも立たねぇ、雑魚の魔法使いになっちまったのが運の尽き。よかったな、死ぬ前に知れてよぉ」


「……」


「それと、この俺を侮辱したことはまだ許してねぇからな? ぐっちゃぐちゃに――」


 担いだ大鎚を構えたフォルゲリオが地面をけり上げて高く跳んだ。


「ブッ潰れろぉおおお!!」


 膂力に加えて、重力をも利用した重い一撃を、俺の脳天に向かって振り下ろす算段なのだろう。たしかにそんな一撃を喰らえば、いくら頑丈と言えども彼の言う通りに潰れてしまう。


 だが――


「【華嵐】」


「なっ……!?」


 頭上から得物を構え、真っ直ぐに飛びかかってくるフォルゲリオ。


 しかし、突如として吹き荒れた突風によってその姿勢が崩れ、そしてそのまま、宙で勢いよく回転を始める。

 だが、驚愕と共に宙を高速回転していたフォルゲリオの体は、その途中で無理やりにでも大鎚を振るい、地面にそのヘッドを突き刺したことで強引に【華嵐】の回転から逃れた。


 やはり、先ほどまでの山賊と同じようにはいかないらしい。


「ハァッ……! ハァッ……! おま、今魔法名を……!」


「【疾風弩闘しっぷうどとう】!!」


 渦巻いた風が、俺の左腕へと集い形を成す。

 出来上がったのは、魔力の風によって作られた不可視のクロスボウ。そのレールへ魔力の矢が装填されたと同時に、弦となる風がゴウと吹き荒れた。


 右手を添え、照準を合わせる。


 狙うのは、目の前の大男……!!


「放て!!」


『キュゥウウウウ!!』


 唱えると同時に、限界まで引かれた風の弦が解き放たれた。

 ズドンッ!! と、まるで大砲を撃ったような音を轟かせた魔力の矢は、突風と共にまっすぐフォルゲリオへと向かって行く。


「っ、くそがぁああ!!」


 負けじと咆哮を挙げたフォルゲリオは、大鎚を盾のように構えて腰を落とすと、真正面からこれを迎え撃つ。


 が、膠着は一瞬だった。


 盾となった大鎚と魔力の矢が衝突したその直後、魔力の矢が暴発。フォルゲリオの大鎚を弾き飛ばすと同時に、その場で巨大な竜巻を発生させ、たちまちフォルゲリオを空高く打ち上げてしまった。


「ど、どうなってやがる……!? 魔法名に、この威力!? まさか、てめぇ……!!」


「【飛翔】」


 足裏を押し出すように風を発生させて空へと飛びあがった俺は、武器を失い宙から落ちていたフォルゲリオの真上で右足を大きく振り上げて構えた。


「あの宝具で、精霊と……!?」


「【天墜てんつい】!!」


 構えた右足に風を纏わせ、フォルゲリオに向けて勢いよく振り下ろす。

 風によって勢いと威力を増した踵は、咄嗟に腕を交差してガードを固めたフォルゲリオを捉えると、その巨体を遠慮なく地面に叩きつけた。


 着地と共に振り返れば、クレーターの中心で白目を剥くフォルゲリオの姿。


 それを見て安堵の息を吐く。


「……侮って、喋りすぎたな。おかげで、ヨモギと魔法の簡略化について十分話せたよ。頭の中で、な」


『キュゥッ!』


 左手の紋章から出てきたヨモギが、俺の頭の上へと立ち、得意げに鳴いた。

 魔法の簡略化……要は詠唱でその都度指示するのではなく、どんな指示で魔法を使うのかを予め決め、その魔法につけた魔法の名前を唱えることを指す……らしい。


 例で言えば、【華嵐】がこれに当たる。


「魔法が役立たず? 違うな。不可能を可能にするのが、俺の憧れた魔法なんだ。役に立たないことなんて、絶対にない。だから、俺が勝ったんだ」


 わかったかこの野郎、と気絶しているフォルゲリオに凄んでみるが、当然反応が返ってくることはない。


 とりあえず、こいつをどうしようかと悩んだ俺は、フォルゲリオの体を担ぎ上げて彼のアジトである洞窟の中へと放り込む。その際、洞窟内で見つけた縄を使ってフォルゲリオと、その他山賊たちをぐるぐる巻きにして縛り上げた。


 あんな力を持っていたフォルゲリオ相手だと、この程度の拘束は意味がないようにも思えるが、ヨモギの協力によって魔法で縄を強化することができた。これで、そう簡単には逃げられないだろう。


 全員を縛り終えた後は、その辺で適当に見つけた大岩を魔法で動かし、洞窟の出入り口に被せるように配置する。


「よし。街に行こうか。ヨモギ、道は教えてくれよ」


『キュ』


 一仕事終えて改めて街を目指そうとヨモギに話しかければ、頭の上に乗っていたヨモギが肩に降り、あっち! と指をさした。


「なら、ちょっと急ぐために【飛翔】で飛ぶか! ヨモギ、頼んだ」


『キュウ!』


「あいつらは……そうだな。警察みたいな人たちがいたら、アジトの場所を教えておくか」


 それじゃあレッツゴー! と空へ飛びあがれば、先ほどヨモギが指さしていた方角に街らしき建物の密集した場所が見えた。ここから飛んでいけば、陽が暮れるまでに余裕をもって到着することができるだろう。


「おっと、そうだ。なぁ、ヨモギ」


 空を飛びながらヨモギへと語り掛ければ、どうしたとでもいうようにキュッと鳴いた。


「今日からよろしくな! 相棒!」


『……キュキュッ!!』


 任せろと小さな胸を叩くヨモギ。

 俺はそんなヨモギの姿につい笑みを浮かべながら、空を飛んで街を目指すのだった。


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