第5話:《地砕き》のフォルゲリオ
突然空から落ちてきた大男に驚きすぎて言葉が出なかった俺だが、『キュウキュウ!』と脳内で響いたヨモギの鳴き声で正気に戻ると、改めて大男と向き直った。
かなりでかい、二メートル近い大男だ。武器は巨大な鎚……それも、三メートル近くはありそうな金属製。
俺でも持てないことはないだろうが、あの大男ほど軽々と振り回すことはできないだろう。せいぜい、手に持って担ぐくらいだ。
「おい。聞いてやってるだろうが、あぁ? これでぶっ潰されて死ぬのと、ぶっ飛ばされて死ぬの。どっちがいいか、この俺が親切心でよぉ」
「……死に方を選ばせるのが親切心とは、初めて聞いたな」
「聞かれたことに答えられねぇのかぁ? どっちがいいか……選べっつってんだろうが!」
急に怒声を発したかと思えば、大男は担いでいた大鎚を足元の地面に向けて振り下ろした。
野球で例えれば、三振した打者がバットを叩きつけるようなものだろうか。急に癇癪を起こしてどうしたんだと思ったが、突如左手が何かに引っ張られ、つんのめるように体が左へ動く。
すると、どうだろうか。
大男が叩きつけた大鎚がその足元に小規模なクレーターを作り出したかと思えば、そのクレーターを中心に地割れが起きた。
地割れは一瞬で、先ほどまで俺が立っていた場所へと到達し、そしてそのまま俺の背後にあった岩壁をも割いてしまった。
罅割れた岩肌から、ボロボロと土砂が崩れ落ちていく。
「な、なんて威力だ……」
『キュキュッ……!』
「ヨ、ヨモギか。ありがとう、助かった」
先ほど体が動いたのは、ヨモギが引っ張ってくれたからだろう。手の紋章から顔を出したヨモギに礼を告げた俺は、すぐに動けるように立ち上がって構えた。
「あ? ……チッ。避けてんじゃねぇよ」
こちらを苛立たしい目で睨みつけながら、大男はゆらりと緩慢な動作で再び大鎚を担ぐ。
そしてそのまま、「おい、お前」と苛立たしそうに俺へ指を突きつけてくる。
「アジトの最奥の牢屋で、見張りを付けてたはずだろ。出てくるまでには、他の連中もいたはずだ。いったい、どうやって出てきやがった」
どうにも納得いかねぇんだよなぁ、と先ほどまでの怒りはどこへやら。急に落ち着いた様子で首を傾げている大男。
さっきの話と言い、今の口ぶりと言い、こいつがあの山賊たちのお頭だと考えてもよさそうだ。
《地砕き》とか言ってたか? なるほどたしかに。先ほどの攻撃を見れば、そんな名前がついてもおかしくはないのだろう。
さぁて……どうしたものか。
「親切なあんたのお仲間さんが、俺のことを可哀想だと思って逃がしてくれた……なんてのはどうだ?」
「あん? ……クッ、クククッ、面白れぇこと言うじゃねぇか。是非とも、そいつのことを教えてもらいたいもんだぜぇ。この俺、《地砕き》のフォルゲリオ様の命令が聞けねぇ部下のことをよぉ!」
大口を開けて笑う大男ことフォルゲリオは、そう言って手にした大鎚を二度地面に叩きつけるのだが、その際地面に叩きつけられた大鎚が淡い光を発するのが見えた。
なんの光かと考えたいが、また地割れが起きたら危険だとその場を離れる。しかし、そんな俺の行動を見ていたフォルゲリオはニヤリと笑って叫んだ。
「同じことやる訳ねぇだろぉ!!」
叩きつけた大鎚の柄を握りしめていた手をグルンと動かして握り方を変えたフォルゲリオは、そのまま叩きつけていた大鎚を俺に向かって振り上げる。
地面へとめり込んでいた大鎚は、振り上げられると同時に土砂を巻き込み、それらを弾丸のように飛ばした。
「【壁と成せ、猛る風よ】!」
土砂に混ざる石に当たれば、いくら頑丈な俺でも怪我は免れないだろう。だからこそ、咄嗟に風の障壁をイメージして唱えた。
飛来した土砂は俺に触れることなく、吹き荒れた強風によって地に叩きつけられるようにして落ちていく。
「……へぇ。お前、魔法使いだったのかよ。なるほど、そりゃあいつらだけじゃ逃げられるわけだ」
俺が咄嗟に使用した魔法を見て、フォルゲリオが興味深そうに笑みを浮かべた。
どうやら、フォルゲリオの口ぶりからして魔法使いという存在そのものはこの世界にも存在しているようだ。
ならば、と俺は笑みを浮かべ、ズビシとフォルゲリオに向かって指を突きつける。
「そうだ。俺の魔法で痛い目を見たくないなら、早くどっかに行くんだな。今なら、お前のことを見逃してやるぞ?」
掲げた右手に小さな竜巻を発生させて見せつける。
所謂脅しだ。向かってくるのなら相手をするか逃げるしかないが、これで相手が逃げてくれるのなら一番いい。こちとら動けはしても、魔法を使った戦闘なんて初めてなんだ。加えて、逃げようにもこのフォルゲリオとかいう男は、俺のことを大人しく逃がしてくれそうにない。
安全に撤退するには、脅して引いてもらうしかないだろう。
さてどう出る、とフォルゲリオの様子をうかがう。
「……ククッ」
フォルゲリオは、嗤っていた。
「クハハッ……ハハハハハッ! お、おめぇマジか! ま、真面目にそんなこと言ってんのかぁ? クヒヒヒィッ! どうやら、どっかの貴族の箱入りってのは当たってるみてぇだなおい!!」
バシバシと膝を叩き、心底おかしそうに笑い声をあげるフォルゲリオは、しばらくしてから涙を拭って笑うのをやめた。
そしてガンッ! と苛立たしそうに大鎚のヘッドに足を乗せ、威嚇するように怒気を含んだ声をあげる。
「舐めてんじゃねぇぞ雑魚魔法使いがぁ! ああ!? 魔法使いが強かった時代なんて、もう終わってんだよ! そんなことも知らねぇ奴が、この俺を、《地砕き》のフォルゲリオを見逃すだぁ!? 冗談は死んでから言えや!!」
情緒どうなってんだよ、と俺がドン引く中、フォルゲリオは「決めた!」と大鎚のヘッドを向けると、そのヘッドを振り下ろして地面を砕いてみせた。
「お前は、潰す。念入りに、骨も肉も何もかも、バラバラにして魔物の餌にしてやる」
「……おいおい、俺は貴族だぞ? また捕まえるならともかく、殺すはやりすぎじゃないか? 身代金要求ができるかもしれないだろ?」
フォルゲリオの怒り方からして、選択肢を間違えたかと後悔する。どうやら、俺の提案がかなり癪に障ったらしい。とりあえず、フォルゲリオ自身も俺のことを貴族だと認識しているようなので、その件を持ち出してみる。
しかし、フォルゲリオはくだらなさそうに「ハッ」と鼻で笑った。
「服装はともかく、その髪色からしてお前、グランセルの人間じゃねぇんだろ? さっき確認してきたが、この辺りによその国の貴族が来たって話はねぇ。しかも一人となりゃ、追放されたかなんかだろうよ」
肩を竦め、当たってるだろとでも言いたげな表情を向けるフォルゲリオ。
当たってるも何も、全部外れてるしそもそも貴族でも何でもないのだが、それでも貴族であると言った方が穏便に済む可能性が高いと踏み、「お、おう」と頷いた。
するとフォルゲリオは、「けどよぉ」と俺に問いかける。
「金になるならともかく、そんなのが金に変わると思うかぁ?」
「……まぁ、うん。ならんわな」
「そういうことだ」
そういうことだった。どうやら俺は、またしても選択肢を間違えたらしい。
キュウ……、とヨモギの呆れたような声が脳内に響く。ちょっとそういう残念な人を見て呆れるような声を出さないでくれませんかね?
「つーわけで、ぶち殺し決定なわけだ。さっきの舐めた態度、忘れたわけじゃねぇぞ」
ブンブンと頭上で巨大な鎚を振り回したフォルゲリオは、勢いそのままにその大鎚を振り下ろす。
地面が割れ、そして同時に隆起する中で、彼は腰を落として大鎚を構えた。
「前時代的なお前に、死の手向けとしてじっくりと教えてやるよ。契約した魔法使いよりも、融合した戦士の方が優れてるってことをなぁ!!」
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