第4話:脱出成功
精霊であるヨモギと契約したことで、どうやら俺は風の魔法の行使が可能となったらしい。
魔法といえば、俺がアニメや漫画などの創作の中で憧れた力であるが、概ねこの世界における魔法も同じようなものという認識でよさそうだ。
ただ、あくまでも同じようなものであるだけで、俺の知るものとは異なる部分も多々ある。
一つ目、この魔法の力はヨモギによってもたらされているということ。
創作世界における魔法は、基本的に魔力だの何だのといった別エネルギーを消費することによって使用できるが、この世界ではヨモギたちと契約を交わすことにより、契約者のイメージを精霊たちが魔法として出力してくれるものだそうだ。
つまるところ、実際に魔法を使っているのは俺ではなく、俺と契約したヨモギということになる。
二つ目、契約してくれたヨモギができないことは、魔法として出力しようとしてもできないこと。
まぁこれは妥当だろう。要は、風の精霊であるヨモギでは風は起こせても水は出せず、また世界全土を吹き飛ばしてしまうほどの台風を作ることもできないのということだ。
創作に置き換えれば、属性が異なる魔法は使えず、保有する魔力以上の魔力を消費する魔法が使えないようなものだな。
三つ目、魔法の詠唱について。
誰もが憧れるであろう魔法の詠唱は、一つ目の通りヨモギが俺のイメージを出力するだけなので必要はないもの。
だがしかし、そのイメージを解釈して魔法を使うのはヨモギであるため、詠唱や魔法に名前を付けることで、ヨモギにもわかりやすくなるらしい。
そうすることで、よりイメージ通りの魔法が使えるとのこと。
そして、この三つ目が俺にとっては何よりも大事なことなのだ。
そう! 魔法使いになるのであれば、やはりかっこいい詠唱は必須技能というもの! 魔法に名前さえ付けてやれば詠唱はなくてもいいらしいが、余裕があるのならこれでもいいだろう。
「【
こっそりと唱えた言葉に従い、手の甲に刻まれた紋章が淡く光る。
それと同時に、洞窟の壁際で光源となっていた松明の炎を覆うように小さな竜巻が発生し、瞬く間にその火を消してしまった。
「お、おい! 誰だ松明を消したやつは!? 真っ暗で何も見えねぇじゃねぇかよ!?」
「お、俺じゃねぇって!」
「痛ってぇ!? おい誰だ今俺のことを踏んだ奴は!?」
突然明かりが消えたことで大騒ぎする山賊の男たち。
牢屋から道なりに進み、明かりと騒ぎ声が聞こえたことで息を潜めていたのだが、どうやら見張りのおじさん以外の山賊たちが食事中だったらしい。
数は一五人~二〇人といったところだろうか。山賊にしては、それなりに数が揃っているのかもしれない。知らないけど。
ただその全員が、食事中であるにもかかわらず武器持ちであることを考えれば、迂闊に出ていくわけにもいかない。そのため、魔法で明かりを消し、視界を奪うことから始めたのだ。
おかげで場は騒然とし、あちこちで怒号があがっている。
そこを畳みかける。
「【汝の在り処を辿り、その者、空へ解き放て】」
「お、おい! な、なんか浮いてねぇか!?」
「何だってんだよぉ!? 何が起きてんだよ!?」
「俺が知るかよ!? クソッ! どこの誰の仕業か知らねぇが、さっさと降ろしやがれ……!」
「誰かの仕業なのか!? おい! 今なら殺すだけで勘弁してやる! さっさと降ろせ!!」
風を操り、山賊たちの立ち位置を把握。続けて風を操り、その山賊たちをフワリと暗闇の中で宙へと浮かばせる。
ここはまだ外からの光も入らない洞窟だ。そんな真っ暗闇で視覚も効かない中、突然体が宙へ浮き、ジタバタしても下りられないのはさぞ恐ろしいことだろう。
ただ、このまま明かりを消しただけで洞窟からおさらばした場合、他の山賊が牢屋にいない俺にすぐ気づく可能性がある。ならばどうするのか。
簡単な話だ。気づいても追ってこれないくらい弱らせてしまえばいいのだ。
「【さあ、
――【
瞬間。
暗闇の中に浮かび何かがグルリグルリと回転を始めたかと思えば、その速度が加速度的に増して眼で追えないほどの勢いへと変貌した。
それと同時に、山賊の男たちの悲鳴が洞窟中に響き渡る。
見えているわけではないので、悲鳴しか聞き取ることはできないが、山賊たちがどういう状況なのかは魔法を使うヨモギを通じて何となく理解できた。
彼らは今、宙に浮かんだその場でめちゃくちゃな回転をしているのだ。どれだけ三半規管が強靭であったとしても、あれではしばらく動くことはできないだろう。
徐々に悲鳴が小さくなり、やがて声が途絶えて山賊たちが宙を回る風の音だけになったところで魔法を解除すると、ドサドサと洞窟内の地面に解放された山賊たちが小さな呻き声を挙げて地に伏した。
「よし、ここから脱出しようか。ヨモギ、出口はこっちでいいのか?」
(キュウッ!)
風の精霊であるヨモギと契約したことで、俺にもヨモギが感じ取っている風の流れが何となくわかるようになっている。
外の空気が洞窟内へと流れ込んでいるのだ。これを辿って行けば、真っ暗闇の中でも迷わず出口に行けるはずだ。
改めてヨモギにも確認を取りながら、素早くかつ転ばないように出口を目指す。
その途中、出口からの光が見える頃合いにすれ違いそうになった山賊たちは、風によって俺自身の姿を隠し、すれ違って十分距離ができたところで【華嵐】をお見舞いしてダウンさせていった。
そしてついに……
「脱出したぞぉおお!」
『キュゥーーーー!!』
「おぉヨモギィ! そんな飛び出てくるほど嬉しいかー!」
息を潜めては山賊たちを宙に浮かせては回し、浮かせては回しを繰り返し、ようやく俺は捕まっていた洞窟から脱出することに成功したのだった。
まぁ脱出できたとは言っても、相変わらずここがどこだかわからない異世界であることには変わりないのだが……それでも、息の詰まるような洞窟の牢屋とは比べ物にならない解放感である。
ヨモギも紋章から飛びだすと、まるでドッグランではしゃぎまわる犬のようにそこら中の空を駆けまわっていた。
俺もようやく一息つける、と思い切り伸びをしてグルグルと肩を回す。窮屈な場所にいたからか、いつもより体が硬いような気がしてくる。軽い運動も兼ねて、ここから街まで少し走るのもいいだろう。
「……そうだ、街だ」
バッと空を見上げてみれば、陽は高い位置で俺たちに光を浴びせかけていた。
まだ時間はあるようだが、現状の俺がとれる移動手段は歩くか走るかの二択だ。何とか日没までには寝泊まりできる場所に向かいたいが、もしも日没に間に合わなければ何の装備も道具もないまま野宿することになってしまう。
「なぁヨモギ。この近くに街があったりしないか? もしくは、空から街の場所がわからないか?」
『キュ? キュキュッ!』
「お、知ってるのか!」
俺の問いかけに、任せろと小さな手で胸を叩くヨモギ。
その手がフワフワの毛に埋まり、ポフッと音がしそうな様子につい笑みを浮かべてしまうのだが、不自然な風の動きを感じ取り、その場をバックステップで離脱する。
直後、空から落ちてきた何かが轟音とともに砂埃を巻き上げ、先ほどまで俺が立っていた地面を砕いてしまった。
割れた地面の罅が、俺たちの足元まで伸びてくる。
「おいおい……避けんじゃねぇよ。ブッ潰せなかっただろうがよぉ」
ゆらりと砂埃の中で揺れた何者かの、少しイラついた不機嫌そうな声。
何者かと問いかけるよりも前に、砂埃の中の影が動くと、一気にその煙が晴れて姿を現した。
「たくよぉ~……うちの部下どもは見張りも碌にできねぇのかぁ? 大事な大事な金蔓を……いや、もうちげぇのか? まぁいい。捕まえてたやつを、こんなあっさり外に出してんじゃねぇよ……」
ブンッ! ともう一度力強く振るった巨大な鎚を肩に担いだ禿頭の大男。
そんな禿頭の男は、自身よりも巨大な鎚を軽々と振り回して俺を見ると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて笑った。
「まぁいい、選ばせてやる。潰れて死ぬか、ぶっ飛ばされて死ぬか。お前の死に方をなぁ!」
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