第3話:誕生、魔法使い
「いっ!? ったくない……?」
足元に浮かび上がった魔法陣が徐々にその位置を上げていくのだが、その途中で突然手の甲に走った鋭い痛みに顔を歪める。
しかしその痛みは幻だったかのように消え失せ、困惑している間に魔法陣も消え去ってしまった。
同時に、牢屋の中で吹きすさんでいた風も治まっていく。
「な、なんだったんだ……ん?」
風で乱れてしまった手を手櫛で軽く整えながら、先程痛みが走った……ような気がした左の手の甲に視線を向けた。
するとそこには見覚えのない模様のようなものが描かれており、「こんなものあったか?」と首を傾げる。
体を鍛えることはあっても、こういったものには手を出してこなかった人生だ。であれば、先程の痛みのようなものからして、今できたものなのだろう。
模様の形は……円形の中に幾何学模様が描かれている。何を意味しているのかはさっぱり分からないのだが、とりあえずヨモギが何かしたことで俺の手にこの模様が刻まれたか。
これが何なのか、刻んだであろう当人に聞く必要があるのだが……ふと牢屋の中を見回してみたが、ヨモギの姿はどこにも見られなかった。
「あれ……ヨモギー。どこだ、ヨモギ~」
『キュ!』
「どわっひゃ!?」
名前を呼んで探し始めた俺だったのだが、探し始めて早々に、ヨモギが手に刻まれた模様の中から体を半分ほど乗り出すような形で姿を現した。
ニョキッ! とでも効果音の付きそうな登場の仕方に思わず声をあげて驚くと、ヨモギはいたずらが成功したことを喜ぶように口元に手を当てて嬉しそうに笑っている。
「こいつめぇ……そんな登場したら、誰でも驚くに決まってるでしょうが」
『キュキュキュ~!』
指先でヨモギの頭をクリクリと撫でつけてやると、ヨモギは小さな手でわしゃわしゃと荒れた頭の毛並みを整えていた。
そんな中、俺は「なぁヨモギ」と問いかける。
「さっきの奴なんだが、俺はいったいどうなったんだ? この手の模様とか、さっきの魔法陣とか」
『キュ? キュウ……キュッ!』
「そうそう、この模様。もしかして、あれか? 俺とお前でなにかこう……契約的なものを結んだ、ってやつか?」
憧れのファンタジー的なものがついに俺にも!? とヨモギを怖がらせないように内心のワクワクを何とか抑えながら聞いてみる。
するとヨモギは、俺の問いかけに『キュッ!』と肯定するように頷いて見せると、再びまた手の模様の中へと姿を隠した。
どういう契約なのか聞きたくて仕方がないというのに、焦らすとは上手な奴め……とうずうずしているのも束の間。突然頭の中で何かと繋がったような感覚があった。
そして同時に、この模様の意味と、ヨモギによって俺のみにもたらされた力の使い方が理解できる。
「マジか……マジか、マジかマジか……!!」
「おい、何一人で騒いでんだお前……頭でも打ったか?」
声をあげて叫びたい衝動に駆られそうになるが、寸でのところで山賊見張りおじさんが器のようなものを持って戻ってきた。
慌てて自分の口を押さえて深呼吸を三度繰り返し、心も呼吸も落ち着いたところで「よっすおじさん」と手を挙げる。
「……やっぱ呑気だなお前」
先程のように呆れた目を向けてくる山賊見張りおじさんは、「ほらよ」とぶっきらぼうに器を鉄格子の中へと置いてくれた。
「ありがとうな、おじさん。これは……スープか?」
見たところ、野菜と少しばかりの肉が入ったスープだ。味もほのかに塩気があるため、塩も使っているのだろう。
「なぁ、おじさん。おじさんたちって、山賊か何かなのか?」
「あ? 当たり前だろ。他に何だってんだ」
「いや、それにしちゃ豪華なもんだと思ってな。捕まってる奴に出すには、ちょっと豪勢過ぎないか?」
ファンタジー山賊のイメージって、もっとこう質素だったり貧相だったりするのだが、牢屋に捉えている奴に出すものにしては野菜も肉も入ってるスープってのはかなり余裕のある山賊なのだろうか?
余裕のある山賊? と自分の中で首を傾げていると、山賊見張りおじさんは「ああそれか」と少し得意げな顔になって教えてくれる。
「なんて言ったって、うちのお頭は《地砕き》と恐れられる賞金首だぜ? 最近襲った隊商からたんまりいただいたんだよ。痛快だぜ? 護衛の冒険者共が、お頭が鎚を振る度にぶっ飛んでくんだ!」
「へー」
その時のことを思い出しているのか、やや興奮気味になって語るおじさんの話を流し聞きしながらスープを呷る。
おじさんの話がどこまで事実なのかはわからないが、とりあえず俺を捕えているのが山賊であること、そしてそのトップが名のある賞金首であることが分かったわけだ。
「なぁ、山賊のおじさん。俺ってなんでここに捕まってるのか、理由はわかるか?」
「そりゃお前、迂闊に俺らのアジトに来たからだろ。お貴族様だと思ったからお頭が生かしちゃいるが……どこにでもいる平民だったら、きっと生かさず殺してただろうぜ。男だしな」
「なるほどなぁ。そりゃ、ありがたい判断だ」
「ああ、あとはあれだな。時間が悪かったんだ」
なにかを思い出したのか、手を打って話すおじさん。「時間?」と俺が聞き返せば、彼はそうそうと頷いた。
「お前さんが俺らのアジトの前にいたのが、ちょうど取引してた時だからな。見られてるかもしれねぇからとっ捕まえろって言われたんだよ」
「取引? そんなの見た覚えがないんだが……」
何か見たか? と森を歩いてここまでやってきたときのことを思い返す。
当てもなくただどこかに着けばいいと思って森の中を彷徨い、ようやく森を抜けて出てきたのがこの洞窟がある岩山だった。
そこを出入り口の見張りをしていた山賊に見つかり、こうして捕まってしまったわけだが……言われてみればあの時、洞窟から出ていく全身をローブか何かで覆った人影が走り去っていったような気がする。
「……ところで、見られてるかもしれないって疑惑の段階で、その話を俺にしてよかったのか?」
「……あ!?」
俺の問いかけに、少し間を置いてから叫び声をあげるおじさん。
目を見開いてやらかしが発覚したような顔になったおじさんは、一瞬にしてその表情を真っ青なものへ変貌させると、次にはこちらを向き鉄格子を掴んで叫んだ。
「お、おい……! 今の話、絶対に俺が話したって言うんじゃねぇぞ……!?」
「ははは」
「わ、笑い事じゃなぇんだよ……! お前に利用価値がなくて殺されるだけならともかく、価値があって生かされた時にその話をしてみろ! お、俺がお頭に殺されちまう……! い、いいか!? ぜった、い、に……このこと、は……」
鉄格子を掴んだまま、ズルズルと力が抜けたように下へずり落ちていくおじさんは、やがて鉄格子からも手を離してしまいうつ伏せになって地に伏せてしまった。
そんな彼の様子を見て、俺は「ふぅ」と安堵の息を零す。
「気絶……してるよな? なんとかうまくいったか。ありがとな、ヨモギ」
『キュゥ』
手の模様に話しかけると、そこから飛び出てきたヨモギがかわいらしく鳴いた。
なぜおじさんが突然気を失ったのか……その理由は当然俺が原因だからだ。
改めて俺は手に描かれた模様……契約の証である紋章に目を向ける。
「魔法による酸素濃度の操作。ここが洞窟の奥だからこそ、だな」
もう一度おじさんの様子を確認し、しばらくは目を覚まさないだろうと俺は鉄格子を掴んで力づくで引っ張ると、人ひとりが通れるくらいの隙間を作る。
そう、先程ヨモギと指を合わせたのは、ヨモギ……正確には、風の精霊であるヨモギと契約を結ぶための儀式だったらしい。
その儀式が成立し、ヨモギと契約したことにより、俺にも風の魔法が使えるようになったのだった。
なお、すべてヨモギと契約を交わした際に頭に流れ込んできた基本情報である。
『キュウ!』
「おっと、そうだったな」
牢屋から抜け出そうとしていた俺だったが、頭の上に陣取っているヨモギに待ったをかけられてその足を止めると、壁際に吊り下げられていた宝飾のペンダントを手に取った。
どうやらこのペンダントは、ヨモギが長年の間眠っていた住居だそうで、できれば一緒に持っていきたいようだった。
俺と契約を交わした今、このペンダントから離れられないというわけではないらしいが……それでも思い出の品だ。脱出するついでに持っていくことにしよう。
「これでいいか?」
首から下げたペンダントを学ランの中へしまい込めば、ヨモギは満足そうに鳴いてまた手の紋章の中へと戻っていく。
そして俺は気絶したおじさんを牢屋の中へ放り込み、また曲げた鉄格子を元に戻すと、片手を胸元まで上げて「風よ渦巻け」と小さく唱える。
小さな竜巻が、俺の手のひらの上で形成され、消えろと念じればたちまちかき消えてしまう。
その様子に、俺は「むふふ」と笑みが零れた。
(まっほう、まっほう、俺は今日から魔法使い~)
(キュウ?)
(何でもないぞ~)
スキップしてしまいそうになるが、ここはまだ油断の出来ない山賊のアジトの中だ。声に出すことは控えて内心で喜んでいると、脳内でヨモギの不思議そうな鳴き声が聞こえた。
契約を交わしたもの同士であれば、こうして言葉にせずとも念じて話すことができるのだ。相変わらず何を言ってるのかはわからないが、契約したことによってヨモギの感情くらいはわかるようになっている。
だがそれでも、小さくとも敢えて声に出させてくれ。
「さぁて、ヨモギ。俺とお前が契約を結んで、魔法使いになった第一の試練だ。この洞窟から脱出するぞ!」
(キュ~!)
控えめに拳を突き上げれば、それに乗ってくれたヨモギのノリのいい鳴き声が脳内に響く。
それに調子づいた俺は、弾む心を少しだけ落ち着かせてから洞窟内を出口であろう方向に向かって進むのだった。
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