第2話:この牢屋から出るために
大学受験を終え、それなりの大学への進学が決まった高校三年生の冬。
日課の適度なトレーニングの後に学校へ向かっていた俺なのだが、気づけば着の身着のまま森の中へと迷い込んでいた。
別に特別なことをしたわけではない。
いつもどおりの通学路を気分で変更したわけでもなければ、気になった路地裏に入ったり、オリジナルで考えた魔法を唱えたわけでもない。いや、詠唱に関しては家を出る前にはやっていたが……それが原因とは言えないだろう。
ともかく、よくわからないまま知らない森の中に足を踏み入れた俺は、森から出るために適当に歩いたのだ。
ポケットに入れていたはずのスマホも何もなくなっていたため、地図アプリも使えない中まだ明るい森を歩き、ようやく人に出会えたと思ったらあれよあれよと洞窟内の牢屋にインである。
「うーん……何がどうなってるのか。考えてみてもさーっぱりわからん。何がどうして異世界に来たんだ……?」
『キュ?』
ゴツゴツとした洞窟の壁に背中を預け、ここまでの行動を振り返る。
しかし、こうなった原因がまったく思い当たらない。いやそもそもの話、異世界に来るなんてファンタジーが現実に起こる事こそ、どうやって予想しろというものなんだが。
「あれだな。事実は小説よりも奇なりってやつだ。ヨモギも覚えておけよ~」
『キュキュッキュ~!』
胡坐をかいた足の中で首を傾げているヨモギを撫でまわしながら、さてさてと思案する。
とりあえず、元の世界に帰れるのかどうかは、後で考えればいい話だ。今大事なのは、どうやってここから脱出して安全圏に逃げるか、である。
先ほど話をした身汚いおじさん……おそらく山賊か何かだと思われるが、その腰には先ほど汚く舐めまわしていたナイフと、それよりも大きな短剣が携えられている。
牢屋から無理やり脱出できたとしても、武器を持った相手に無手では危険だ。
父なら無手でもあの山賊おじさん程度であれば容易く無力化できただろが、俺では相手をするのは難しいだろう。
だからこそ、脱出後は相手をすることなく逃げるが勝ちだ。逃げること、躱すことには親父からもお墨付きはもらえてはいるため、難しい話ではないはず。
しかし……
(あのおじさん一人なはずがないよな……)
牢屋の前にいるのが一人なだけで、牢屋から出た先にはまだまだ山賊仲間がいる可能性がある。逃げ足があれども、武器を持った相手に囲まれてしまえばたちまち捕まってしまうだろう。
「……うん、詰みだな」
少なくとも、今の俺では脱出は無理だと判断する。
まずここからの脱出であるが、鉄格子は……まぁ突破できないこともない。力づくで曲げれば、脱出する隙間くらい作れるだろう。
だが少しばかり……数秒程度の時間がかかってしまう。そんな隙を見張りの山賊おじさんが見逃してくれるはずもない。となれば当然、相手をしなければならないのだが……武器を持った相手に無手で挑むは無茶だ。
捕まってからこの牢屋に運ばれるまでの間に何人か見かけているため、逃げれたとしても仲間の山賊が待ち構えているはずだ。
「ステータス……とか言っても、出てくるわけないよなぁ。異世界ならワンチャンあるかと思ったんだが」
手をかざして唱えてみるが、ゲーム画面的なものが出てくるはずもない。異世界に迷い込んだことで、物語の主人公たちのようにいけるかという期待もあったが……まぁ普通に考えれば無理だわな。
『キュゥ?』
「ははっ、何でもない」
なにやってるの? と俺の突然の行動が気になったのか、ヨモギがかざした手に前足を置いて俺の顔を覗き込んでいた。
今の俺では無理でも、異世界に来たことによる超パワー……それこそ、魔法みたいな力に目覚めた可能性に賭けてみたかったが、体の底から湧き上がる不思議パワーも感じ取れないのでダメそうだ。
力を込めてみても、全身の筋肉が隆起して制服が弾け飛びそうになるくらいである。
と、色々と頭を使って考えていたからなのか、腹の虫がグゥと鳴いた。
そういえば、朝食を食べてからどれくらい経っただろうか。体感ではお昼には早いのだが、森の中を彷徨っていたためいつも以上に腹を減らしたのだろう。
「なぁおじさん。腹が減ったんだが、何か食べるものはないかな?」
「お前……よく牢屋に入った立場でそんなこと言えたな。そんなもん出さねぇよ。我慢しとけ」
若干呆れ気味の山賊おじさんは、そう言ってシッシッと手を払う。
だが俺は、そんなおじさんに向けて「そんなこと言っていいのか?」と不敵に笑って見せる。
「あん?」
「おじさんが見事見破ってみせたように、俺は貴族だ。当然、俺の両親は俺の身柄の安全を優先してくれるだろうが……腹を空かせて餓死寸前、なんてことがあれば、おじさんたちの方が危ないだろ? 俺の両親がどう出るかわからないぞ?」
ごくごく自然体で、できるだけ緊張を悟られないように嘘を吐く。相手が俺を貴族と勘違いしているのなら、その勘違いを利用させてもらうことにしよう。
もちろん、嘘だとバレれば殺されるかもしれないが……異世界に迷い込んだであろう俺には、頼れる人がいない。
そしてそれすなわち、俺自身には利用価値がないも同然であるため、どっちみち殺される未来しかない。
(まぁ、せいぜい腹を満たすだけの交渉だけどな)
だが、もし万が一ここから脱出できる機会が訪れた場合、腹が減っているか否かでその機会をものにできるかどうかが決まる可能性だってある。
腹が減っては戦はできぬ。熊との相撲でよくよく実感したものだ。
「……チッ。ちょっと待ってろ」
しぶしぶ、といった様子で牢屋から離れていく山賊おじさんだったが、俺はそんな彼の背中に向けて「おじさーん!」と呼び掛ける。
面倒くさそうに振り返った山賊おじさんに向け、「ヨモギの分も頼みたいんだが!」と俺の胡坐の中で丸まっている緑の毛玉を指さした。
「あ? 何言ってんだお前」
「え、だからヨモギの分を含めて二食分を……」
「わけわかんねぇことばっか言いやがって。お貴族様だからって、適当なこと言って吹っ掛けてくんじゃねぇよ! 一人しかいねぇんだ、一食しか出さねぇに決まってんだろ!」
そう吐き捨て、牢屋の前から離れて行った山賊おじさんだったが、俺はその背中をしばらく見送った後、視線を胡坐の中で丸まっている毛玉へと向ける。
そしてツンとその毛玉に指を埋め込むと、ヨモギの両耳がピンッと立ち、顔をあげてこちらに視線を向けてきた。
「なぁ、ヨモギ。もしかして……お前って、俺にしか見えてなかったりする?」
『キュ? ……キュウ!』
俺の問いかけに、最初こそ首を傾げたヨモギだったが、次には頷きながら元気よく鳴いた。
どうやら、この不思議生物ことヨモギは、現状俺にしか見えていないらしい。
「ん-……どういうことだ?」
ヨモギが特別な生き物で、ヨモギ自身の意志で俺にしか姿を見せていないのか。
はたまた、異世界から迷い込んだ俺だからこそ、他の人には見えないヨモギが見えているのか。
もしくは、俺が気づいていないだけで、俺が異世界に来たことで獲得した不思議パワーがヨモギなのか。
……うん、わからないな!
わからない……がしかし、他の人には見えていないのならば、少し可能性が見えてきた。
「よーし、ヨモギ。お前なら、この鉄格子を壊さずに外に出られるだろ? ちょっと出口まで見てきて、何人くらいいるのか見てこれないか?」
ノーリスクで動くことが可能なヨモギであれば、他に山賊が何人くらいいるのかを見てくることもできるだろう。もしヨモギがただのフェレットだったなら、こんな芸当もできなかった。しかし、幸いにもヨモギとは言葉が分からなくとも意思の疎通ができる。
これであの見張りの山賊おじさん以外の人数が少なければ、怪我も覚悟で脱出する選択肢が生まれる。
仮にその仲間が予想以上に多かったとしても、ヨモギだけで洞窟を出て助けを呼んでもらうこともできるだろう。
まさに完璧な作戦だ! と内心で喜ぶ俺。しかしそんな俺とは反対に、ヨモギは『キュゥ……』となぜか申し訳なさそうに鳴いてみせた。
いったいどうしたのかと尋ねてみると、ヨモギは俺の足の上から抜け出して宙を駆ける。
どこへ向かうのかと思えば、向かった先は俺がこの牢屋に入った時からずっと壁際に吊り下げられていた宝飾のペンダント。
まっすぐにそこへと向かったヨモギは、迷いなくそのペンダントに向かって飛び込み……そして、その宝飾の中へと姿を消した。
「……え!?」
驚きのあまり立ち上がってペンダントの元まで駆け寄ると、宝飾から顔だけ出したヨモギが再び『キュウ』と鳴く。
そしてもう一度宝飾から飛び出し、鉄格子を潜り抜けようとするのだが……その体は、何かに捕まったようにピタリと動かなくなってしまった。
ヨモギ自身は、一生懸命ここから出ようとしているらしい。それでも進むことができない、ということは……
「なるほど。このペンダントがヨモギの住居か、もしくは本体で、これからあまり離れられないのか」
『キュ……』
試しにペンダントを手に取って鉄格子のすぐそばまで移動すると、移動した分ヨモギが鉄格子の向こう側へと進んだ。
だいたいペンダントから離れて行動できるのは三メートルほど、といったところか。
「しかし困ったな。何とか脱出の糸口が掴めるかと思ったんだが……なぁ、ヨモギ。なにかいい方法とかないか?」
先ほどあの宝飾の中に入ったヨモギの様子からして、ヨモギ自身が何か特別な存在である可能性がある。
であるならば、何とかなる方法を知っていないかとダメもとで聞いてみたわけだが……意外にも、ヨモギは嬉しそうに俺の元まで宙を駆けて寄ってくると、俺の肩へと着地した。
そして『キュキュキュッ!』と、俺の腕を走って手までやってくると、人差し指を掴んでクイクイと持ち上げる。
「……指? 指を、上げる?」
『キュ!』
俺の疑問に、その通りだと言いたげな様子で鳴いたヨモギ。
言われたように俺はヨモギを乗せた腕を挙げ、そして人差し指をピンと立てる。
『キュゥー!』
そして立てた人差し指に合わせるように、ヨモギがチョンと指を合わせた。
その瞬間の出来事だった。
「っ!? な、何だ!?」
『キュゥゥウウウウ!!』
洞窟の中だというのに、突如俺の足元から暴風とも呼べる風が吹き上がる。
吊り下げられていた宝飾は激しく揺れ、鉄格子は風によってギィギィと軋んだ音をあげ、洞窟の壁面は激しい風によってその岩肌が削られていく。
そして同時に、俺の足元には魔法陣のようなものが浮かび上がるのだった。
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