間話~凶兆~
ロイド・グリエスタは差別主義者である。
幼い頃より、実母から人間族至上主義について教えられ、人間族でありその上尊き王族である自身は、他種族よりも優れていると教えられてきた。
故にその思想を危険視したロイドの父であるグリエスタ国王から、半ば無理やりに隣国である阿修羅に留学という名目の思想矯正を言い渡されたのであるが
「くそ!くそ!!忌々しい鬼人族め、劣等種ごときがこの僕に大恥かかせやがって、絶対に許さないぞ!!」
三つ子の魂百までとはよく言ったもので、ロイドの差別的な思考は一向に改善されることはなく、むしろ以前よりも悪化の一途をたどっていた。
ロイドはウツギとの決闘の後、隠れるように学園の敷地外へ出て酒呑の路地裏を歩いていた。
「それにあの教師も教師だ。あの角無しに勝たせるために神聖な決闘の場を汚しやがって。そうじゃなきゃこの僕が負けるわけがないんだ」
当然、タビラコの立ち合いに不正など入り込む余地はなかった。ロイドは正真正銘ウツギに実力で敗れたのだ。しかしながらロイドはその事実を受け入れることが出来ず、半ば無理矢理に自身は劣等種の悪辣な手にかかり負けてしまったと思い込むことで自身の自尊心を保たせていた。
悪態をつきながら裏路地を突き進むロイドはいつしか酒吞のスラム街まで来ていた。ロイドは恰好は学園の制服のまま、表通りならばその恰好を気にするものなどいない。しかしことスラム街においてはロイドの恰好は悪目立ちし、あまり好ましくない者たちを呼んでしまう。
ロイドは気付く、視線の先に鬼人族が5人ほどたむろしており、自身の行く先を阻んでいることに。
「何だ貴様ら、汚らわしい鬼人が僕の行く先を阻むなど無礼にもほどがあるぞ」
ロイドはいつものように憮然とした態度で5人組に罵声を浴びせるが、5人組はそんなものはどこ吹く風、ニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべている。そんな5人組に自尊心の塊であるロイドは怒り心頭。
「どうしてもどかぬと言うのであれば痛い目を見てもらうぞ!!」
そう言ってロイドが身体強化の魔術を使おうとした瞬間、ロイドの後頭部に鈍い痛みが走った。
「がっ!?」
ロイドが驚愕と共に後頭部を押さえるとヌメリとした嫌な感触がする。続いて後方に目をやるとロイドのことを嘲るように嗤う一人の鬼人族がいた。
「一目で学園の生徒ってわかったからな、あらかじめ仲間を手前ぇの後ろに控えさせてたんだよ」
「くそっ!この卑怯者どもめ」
「おいおい、ここをどこだとおもってんだこの坊ちゃんは?スラムだぜ、獲物のためなら卑怯上等だっつーの」
5人組改め、6人組は下卑た笑いを上げロイドのことを見下す。ロイドにあっては頭のダメージが大きかったのか膝を着き、今にも倒れそうになっている。しかしながら腐っても王族、その目の力は失っていなかった。そんなロイドの目が気に喰わなかったのか、6人組の一人がロイドに近づいてロイドの髪を掴む。
「なんかムカつくなあ手前ぇ、そういやさっきも俺らのことを汚らわしい鬼人とか言ってたよなあ。そんな汚らわしい俺らにいいようにやられてるお前は一体何なんだろうなあ!!」
ロイドはあまりの悔しさに泣きそうになる。自分はこの程度の奴らに負けてしまうような人間なのか?自分は尊き王族ではないのか?こんな奴らに負けて良いはずの人間ではないはずだ。様々な思いがロイドの中で入り乱れる。そんな時であった。
「――尊き人間族です」
一人の女性の声がした。そして同時に6人組の短い悲鳴が立て続けに聞こえて来る。しかしながらロイドの意識は混濁の渦中にあり、何が起こっているのかわからない。
「何だ手前ぇ!?」
ロイドの髪を掴んでいる鬼人族は精一杯の虚勢を張るがその声は震えていた。あまりに突然の出来事に驚き、
「離してください」
「は?」
次の瞬間、鬼人族のロイドを掴む手が宙を舞った。それと同時ロイドは地面に倒れ伏す。
「ああああああああああ!?」
片手を失った鬼人族は絶叫を上げるが、その絶叫は長く続くことは無く、プツリと電源を落とされたラジオのように音がなくなってしまう。
ロイドは自身の身の回りで何が起こったのか理解できず、混乱し、恐怖する。
「もう大丈夫ですよ」
誰だろうか、ロイドのことを優しく介抱するその手は、その声は温かさに満ちていた。
「だ、誰だ」
ロイドが何とか顔を上げるとそこには白い女性がいた。ロイドは女性の姿を見て思わず息をのむ。その美しさに、白磁のような肌、スラムの暗がりでも輝きを放つ白髪、血のように赤い瞳に、返り血でところどころが赤く染まっていたがそれすらも美しいと思わせる何かがその女性にはあった。
「あまり動かないで下さい。今手当しますから」
女性はそう言うとロイドの後頭部に治癒魔術をかける。するとロイドの後頭部の傷が見る見る治っていった。それと同時にロイドの意識もはっきりと回復し、周りの状況がわかるようになってきた。
「な……」
ロイドは絶句する。何故ならばロイドの目に写ったのは死体と血だまりその数は丁度6人分、ロイドを襲った6人組のものである。
「これは……あなたが?」
ロイドの問いに女性は柔和な笑みを浮かべて肯定する。
「ええ、哀れな子羊を救済いたしました」
女性の言葉にロイドは聞き覚えがあった。確か人間族を神の御使いとし、それ以外の種族を救済の名目で殺戮して回るカルト宗教があったことを、その名も。
「――セレクティア教」
「はい、私はセレクティア教の聖女ユリ・セレクティアといいます」
この時ロイドは運命的な何かを彼女――ユリから感じた。
「ケガも治った様ですし、私はもう行きますね」
そうユリが言って立ち上がろうとしたその時、ロイドは思わずユリのローブの袖を掴んでいた。
「?」
「ぼ……僕も連れて行って!!」
これ以降ロイド・グリエスタの姿を学園で見ることは無くなった。当初は王族の失踪ということもあり、捜索隊が組まれ連日ロイドのことを探し続けたが終ぞロイドが見つかることはなかった。
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