第拾肆話 剣気

 ウツギが酒吞学園に入学してから二日目の朝、ウツギはS組の生徒たちと一緒に朝食を摂っていた。


「しっかし良く喰うなぁ、お前、うちの里でもそんなに喰うやつはいなかったぞ」


 ウツギにそう言ったのはS組の獣人族の男子生徒――ロウガである。


「う、気にしてるんですから言わないで下さい。それにロウガ君だって十分大食いですよ」


「ロウガで良いって言ってんだろ。それに俺の喰う量はあくまで常人の範囲内だ。あれだけの食い物が一体どこに入っていってるんだよ」


「胃の中です」


「そういう意味じゃねぇよ」


「わかってます――そういえば昨日はツバキとの決闘やら魔力コントロールの訓練やらで一日が終わってしまいましたけど、いつもあんな感じなんですか?」


「そんなことねぇよ。昨日は特別、いつもなら座学と戦闘訓練が半々ってところだな」


「座学やっぱりあるんですね」


 座学と聞いてウツギは若干憂鬱になる。というのもウツギは座学があまり得意ではない、というより席に着いてじっとしているということがあまり好きではなかったのだ。


「ここは学園だぜ、座学がなくてどうするよ」


「それは、そうですけど……」


「まあそれでもここの座学は実践的なものがほとんどだから結構面白いぜ」


「それなら良いんですけど……」


 二人が談笑をしていると、二人に近づく影が五つ、


「おやおや誰かと思えば汚らわしい獣人と、角無し鬼の二人じゃないか」


 そう二人に不躾に語りかけてきたのは人間族の男子生徒たちであった。男子生徒を目にしたロウガは辟易といった様子である。


「またかよロイドの坊ちゃん、お前はそんなに暇なのか?」


「五月蝿いよ獣人、僕は潔癖症なんだ。朝食を摂る場で汚らわしい獣人を目にしたら、朝の爽やかな陽光も陰ると言ったものだよ」


「へいへい分かったよ、どきゃあ良いんだろどきゃあ。いくぞウツギ」


 呆れ全開といった様子で席を立とうとするロウガ、しかし、ウツギはロウガの制服の袖を掴んで彼を引き留める。


「ロウガ、僕たちまだ朝食を摂ってる途中だよ」


「お前まだ喰うつもりなのかよ」


「角無し鬼は礼儀というモノを知らないらしいな」


「ウツギです」


「はあ?」


「僕は角無し鬼なんて名前じゃないウツギというちゃんとした名前がある。それにロウガだってそうだ彼は決して汚れてなんかいない」


 ウツギはこの不躾な生徒――ロイドに静かに憤りを見せていた。


 しかしながらロイドたちはウツギの発言を馬鹿にするように笑い飛ばす。


「君は馬鹿なんだな、いや、厄介払いのS組なんかに所属しているくらいだ。話の通じないことを想定していなかった僕が悪かった。単刀直入に言おうそこは僕が座ろうとしていた席だ。痛い目を見たくなかったらそこをどいてもらお――」


「嫌だ」


 ピキリそんな音がロイドから聞こえた気がした。


「どうやら君は僕のことを知らないらしいね、そうでなければそのような不躾な発言をするはずがない」


「ロウガ、彼は一体誰なんだい?」


「ロイド・グリエスタって言ったらわかるか?」


「全然」


 再びピキリと言う音がロイドの方から聞こえる。しかしながらウツギはロイドのことなど気にしない。


「グリエスタ王国の第8王子で、A組トップの実力の持ち主だ」


「へ~そうなんだ。で、その王子様がなんでわざわざ僕たちに絡んでくるのさ」


「こいつは俺達亜人種のことが大嫌いなんだとよ」


「でもここは鬼人族の国阿修羅だよ。そんなに亜人種が嫌いなら自分の国に引っ込んでいたらいいのに」


 ウツギのもっともな疑問に思わずロウガは吹き出してしまう。


「なんでってお前、それはこいつに直接聞いた方が、クク」


 今度はブチリという何かが完全に切れた音がロイドの方から聞こえる。しかし、そんなことは関係ないとウツギはロイドの方を向く。


「ねえ、どうして亜人嫌いの君が亜人の国に来たのか教えてもらえるかい?」


 実のところこの世界では人間族立場は決して強いものではない。それは当然ロイドの故郷であるグリエスタ王国でも変わりのない事実なのであるのだが、ロイドは幼少の頃から母親から選民思想を植え付けられ、亜人族は汚らわしいものと教わって育ってきたのだ。しかしながらそのような思想を持っていては一国の王子として笑いものにされてしまう。故にロイドは国王から彼の性格を矯正する目的でグリエスタ王国の隣国である阿修羅に強制的に留学させられた訳だ。


 しかしながらプライドの高いロイドがそんなことを口にできるはずもなく……


「き、貴様僕の事を愚弄するのもたいがいにしろ」


「愚弄なんかしてないよ、僕は気になったことを質問してるだけだよ」


「それが愚弄していると言うんだ!!謝りたまえ」


「嫌だよそんなの」


「ならば決闘だ、決闘で決着をつけるぞ!!」



「あのなぁウツギどうしてお前はこう立て続けに問題を起こすんだ」

 

 二日連続で決闘の審判を任せられたタビラコは呆れ顔でそう言った。


「昨日の決闘は先生の提案でしょう。今日だって僕が進んで提案したものじゃないですよ」


 あくまで自分は被害者だ。そう言いたげなウツギは態度とは裏腹に木剣を軽く振って準備万端という様子だ。


「いいから早く準備したまえ、僕は忙しいんだ」


「忙しいわりに決闘なんか提案するんだね」


「五月蝿い!!審判員!早く決闘の開始を宣言するんだ!」


 ロイドの亜人嫌いは筋金入りだ。この学園の教員であるタビラコへの態度も尊大なものである。


「へいへい、それじゃあ決闘始め」


 タビラコの気の抜けた宣言と共に決闘が開始される。


 最初に動いたのはウツギと同じく木剣を手にしたロイドであった。ロイドは開始早々自身に身体強化魔法をかけると素早くウツギとの間合いをつめ、振り下ろしの一撃をウツギに放つ。


 対するウツギは昨日覚えたばかりの魔力コントロール試してみる。魔力を全身だけでなく木剣にまで纏わせロイドの一撃に合わせて横薙ぎの一閃を放った。


 すると、


「「へ?」」


 ロイドとウツギが気の抜けたような声を出す。それと言うのもウツギの一閃が真剣のようにロイドの木剣を断ち切ったのだ。


 木剣を真っ二つに断ち切られたロイドは唖然とした様子で呆ける。ウツギはそんな様子のロイドを見て


「えい」


 これまた気の抜けたような一撃をロイドのがら空きになった頭に寸止めする。


「一本。そんでもってロイドの戦闘続行不可によりウツギの勝利」


「そんなバカな僕はまだ――」


「その真っ二つになった木剣でか?」


 タビラコの指摘にロイドは口をつぐむ。わなわなと震え始める。


「こんな勝負無効だ!!きっとあいつの剣には何か仕掛けがある。そうに決まってる!!」


 そう喚き散らすロイドにタビラコは呆れ吐息を一つこぼすとロイドに近寄りその胸ぐらを掴んで言う。


「おい、第八王子。我儘も大概にしろよ。ウツギの木剣に仕掛けなんかねぇ、それはこの俺が証明してやる。それとも何か?誇り高き鬼人族の戦士が決闘を汚すような真似をすると思ってんのか?」


 タビラコのあまりの気迫にたじろぎ何も言えなくなったロイドは「お、覚えておけよ」と捨て台詞を残して決闘場を去ったのであった。


「さてとウツギ、決闘も済んだし教室に戻るぞ」


「はい先生、因みになんですけど今僕が使ったのは魔法なんですかね?」


「なんだお前知らないで使ったのか?」


「はい」


「あれはな剣気っていう剣の達人だけに許された高等技能だ、剣気を使用するには相当な剣術レベルと魔力コントロールが必要になるんだが……それはお前のユニークスキルが関係してるんだろうな、じゃなきゃ昨日魔力コントロールを覚えたばかりの奴が剣気を使えるとは到底思えん」


「剣気スキル……」


「あ、今後そのスキルを使う時は注意しろよ、そのスキルは木剣を真剣に変えちまうようなでたらめなスキルなんだからな」


「わかりました」


 こうしてウツギは新たなケンスキルの習得に至ったのであった。


 

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