第漆話 乾坤一擲

 ウツギは再び木剣を一角熊に向けてかまえる。


 すると一角熊はウツギの態度が気に喰わなかったのか、ウツギに向かって前足での攻撃を始める。

 

 今はもう自分一人しかいない。ここで自分がやられてしまえばもしかしたら生きているかもしれないウルシもろとも一角熊の腹の中だ。ここは慎重にいかなければならない。


 そう思ったウツギは一角熊の攻撃を上手くいなしていく。ここに来て”怪力”スキル持ちの父との模擬戦の日々が生きてきた。一角熊の攻撃は軽くはないが父の剛剣と違い難なくいなすことが出来る。


 しかし、そればかりでは現状は変わらない。一角熊は体力の続く限り攻撃し続けるだろう。おそらく体力は一角熊の方が上を行く。自身の体力があるうちに決定的な弱点を見つけて攻撃を加え、この熊をたおさない限り殺されるのは自分だ。


 ウツギは一角熊の攻撃をさばきながらも一角熊の弱点を探そうと一角熊の行動を観察する。すると、


つうっ!」


 ウツギの頭に痛みが走った。その痛みは一角熊からの攻撃を受けたからではない。急な頭痛のような痛みだった。その痛みは一角熊の弱点を探れば探ろうとするほど大きくなっていく。ウツギは必死に痛みをこらえながら一角熊からの攻撃をさばき、弱点を探り続ける。するとウツギの目に一角熊の角が光って見えた。


 角?角が弱点なのか?


 半信半疑ながらもウツギは、一角熊の角めがけて攻撃を加えようと木剣を振るう。すると一角熊は角への一撃を避け、頭でウツギの攻撃を受けたのだ。


「グギャ!」


 間違いない。こいつの弱点は角だ!


 ウツギは確信と共に確実に一角熊の角へ攻撃が加えられるように一角熊の攻撃をさばきながら、虚実入り交じった角への攻撃を始めた。


 一角熊は角への攻撃を頭で受けるしかなく、ウツギの攻撃のダメージは徐々にではあるが蓄積し、疲弊していく。


 やがて、攻防の優劣は逆転していき、遂にはウツギの一撃は一角熊の角に命中した。


「グギャアアアアアー!!」


 弱点に攻撃を加えられた一角熊は今までにない程の悲鳴を上げる。が、次の瞬間弱点であるはずの角を用いてウツギに向かって攻撃を行って来た。


 しかしそれは苦し紛れの攻撃、ウツギはその身を翻して一角熊の攻撃を避ける。


 なんで弱点であるはずの角で攻撃してくるんだ?


 ウツギはそう思いながらも再度の攻撃を加えるべく一角熊に突撃して行く。


 僕みたいに腹をくくったからか?そう言えばウルシの時も角で攻撃してた。それに今の攻撃、明らかに今までの攻撃よりも威力があった。


 いくら考えても答えは出てこない、それに頭痛も継続中だ今は考えるよりも攻撃に集中するべきだ。そう結論づけたウツギは再び一角熊の角へ攻撃を加えようとする。瞬間、ウツギの身にまあの奇妙な感覚が戻って来る。


 この攻撃は駄目だ。


 何故だかそう思ったウツギは、木剣を引いて攻撃を取りやめる。直後3度目の一角熊からの角での攻撃、そこでウツギは直感で感じた。


 この角にはがある。それを看破しなければやられてしまうと。


 そう感じると同時、一角熊とウツギは互いに距離をとった。今までの攻防で互いの体力は限界に近い。おそらく次の攻防が最後になる。


 ウツギと一角熊は互いに睨み合い、最後の攻防に向けて力を溜める。


 先に動いたのは一角熊の方だった。頭を低く構えて弾丸のようにウツギに向かって突進してきた。


 それに応じるようにウツギは大上段にかまえて一角熊の攻撃をすんでのところで避ける。瞬間、ウツギの目に再び一角熊の角の根元が光って見えた。


!!」


 ウツギは全力で木剣を振り下ろす。直後、鈍い音と共にウツギの木剣と一角熊の角が折れる。


「グギャアアアアアアアアア!!」


 断末魔に近い一角熊の叫びと共に一角熊の角のあった部分からおびただしい程の血があふれ出る。優勢は決まった。この勝負ウツギの勝利だ。


 角の折られた一角熊はその場に倒れこみ。ウツギは一角熊の様子を見続ける。


 まだ一角熊は生きている。もしかしたら不意の反撃に転じるかもしれない。


 その考えがウツギに慢心を許さなかった。


 やがて一角熊がこと切れたことを確認したウツギは、ゆらゆらとおぼつかない足取りで吹き飛ばされたウルシの下へ歩んでゆく。


「よかった。生きてる」


 幸いウルシは気絶していただけであった。そのことを確認したウツギは勝利の喜びを感じる前に、膝を着いた。


 体力は限界、頭痛は止まないし、武器は大破、今まで立っていられたのが奇跡のようだ。


 ウツギはそんなことを考えながら意識を手放し、倒れるのであった。


 以降ウツギは角無しとさげすまれることはなくなり、代わりに熊殺しとからかわれるようになる。しかしそれはウツギにとって友達を守った結果の産物であり、誇らしい呼び名であった。


 この時の戦いがやがておとぎ話で語り継がれるようになる角無しの鬼神の第一歩であった。

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