第13話

「ダンジョン、ですか? 」

「そう、ダンジョンよ」


 ライアンと共に過ごすようになって三年。

 すっかり慣れ親しんだ特製の薬草茶を飲みながら、不思議そうな顔をしている彼に語りかける。


「あなたも知ってると思うけど、先日リアメカ帝国に新しいダンジョンが発見されたでしょう? 」

「存じております。現在はリアメカ帝国が有志を募ってダンジョン攻略をしているとか。他国の冒険者も数多く挑んでいると聞きます」

「そう。それで、そのダンジョンに行こうと思って」

「ルチア様が? 」

「私と、あなたがよ」


 この三年、私はできる限りの努力をしてきたつもりだ。

 全ては死なないために。


「リアメカ帝国は他国の人間の出入りを基本的に歓迎しているわ。それこそ、強ささえ証明出来れば他国の貴族さえ召抱えるほどに」

「そういえば前例がありましたね」

「リールベルトの悲劇ね」


 リールベルトの悲劇。


 俗にそう呼ばれる事件は二年前、ルーペ王国の血統主義に反旗を翻した平民達と、それを支持した一人の貴族による、反乱の事だ。

 戦場となった街の名前をとって、リールベルトの悲劇と呼ばれている。


 ルーペ王国の血統主義は貴族間の序列に顕著に出ていて、特に国の上層部ほど特権意識が高い。

 逆に辺境や国境線の地域では、だいぶ血統主義は薄れてきていた。

 そういった地域の中には、平民との距離がとても近い貴族もいたのだ。


 そんな貴族は上層部からは毛嫌いされていたらしい。

 血統主義を掲げている以上、既存の価値観と真逆の行動をしている者たちだ。嫌われていて当然。


 そして反旗を翻した存在を、ルーペ王国は許さなかった。国家の威信をかけて、国軍を派遣。弾圧に向かった。


 しかしすぐに制圧されると見られていた反乱軍は、予想外に奮闘する。

 立役者になったのは反乱軍にいたひとりの貴族の男。


 名前はローグ・リールベルト。


 彼の強さは凄まじく、数の上で圧倒的に有利だった王国軍を一度は退け、戦線を中央へ押し上げてみせた。

 その活躍は瞬く間に拡散され、一騎当千の武将として彼の名前は一気に大陸中に広がった。


 しかしそもそもの戦力の差が大きすぎた。

 いくらローグ・リールベルトか強くとも、所詮はひとり。

 戦いはだんだんとルーペ王国軍が優勢になっていった。


 反乱軍は押され、最終的には反乱軍側唯一の貴族である、ローグが治めていたリールベルトの街での篭城戦となった。


 この街は国境線に近く、国の防衛の為に砦の役割も持っていた。しかも国境が近いせいで他国を経由した補給線を断ちにくく、籠城で1番問題となる食糧不足がある程度解決されていた。

 そうなるとルーペ王国軍は手出しがしづらい。それ故、この反乱は長引くのではないか、各国は戦局をそう見ていた。



 しかしルーペ王国軍は予想外の方法で決着をつける。



 火をつけたのだ。



 ルーペ王国軍は、リールベルトの街を住んでいた住民と反乱軍ごと焼き払った。


 魔法でつけられた炎は自然にはなかなか消えない。燃え盛る街から逃げ出した民を、王国軍は容赦なく切り捨てたらしい。


 残ったのは残骸となった街ひとつ。


 そうして歴史の転換となる可能性のあった反乱は、終わった。その頑ななまでの血統主義と冷酷さから、この事件はリールベルトの悲劇と呼ばれるようになる。


 他国からは、街の人達に向けての悲劇として。

 ルーペ王国の貴族からは、愚かな反乱を許してしまった悲劇として。

 ルーペ王国の平民からは、こんな国に生まれてしまった悲劇として。


 そしてこの悲劇のなかで、唯一生き残ったのがローグだ。


 彼はリールベルトが燃えた時、数名の遊軍を連れてルーペ王国軍に奇襲をかけていた。

 篭城している街から少しでも戦力を引き離す作戦だった。


 その作戦自体は上手くいったものの、結果として街が燃え落ちるのに間に合わなかった。そんな彼を生き残った遊軍の兵達が一丸となって逃がしたのだ。


 逃げ延びたローグはトルルコ商業国を抜けリアメカ帝国に亡命する。

 この悲劇で強者として名の知られたローグをリアメカ帝国の皇帝はいたく気に入り、臣下として召抱えたのだ。


 当然ルーペ王国からは批判の声明があがったが、リアメカ帝国は取り合わなかった。トルルコ商業国も街ひとつ燃やすという行為に批判的だった。

 世論からルーペ王国はローグを見逃すしかなかったのだ。


 現在ローグはリアメカ帝国の武将として魔物討伐などで活躍している。


 これが世間を騒がせたリールベルトの悲劇の顛末である。



「あの悲劇以降、リアメカ帝国はより積極的に強者を歓迎するようになったわ。だから今回の新ダンジョンも、攻略を自国の民だけに制限していない」

「そうですね、ダンジョンに挑むだけなら簡単でしょう。勿論旦那様の許可が必要ではありますが、私も共に行くのであれば却下はされないかと思います」

「私もそう思うわ」

「しかし、ひとつお伺いしても? 」

「許します」

「ありがとうございます。なぜ、わざわざ危険なダンジョンへ? 」


 ライアンは基本的に私の行動を制限しない。

 私のやりたい事が叶うよう、少しでも危険を減らすよう動きはしても、無理だとも、やめた方がいいとも言わない。ありがたいことだ。


「人生、何が起こるかわからないから。比較的安全に経験できる今、少しでも多くのことを経験しておきたいの」

「そうですか。わかりました。では旦那様へは私から面会の申し出をしておきます」

「お願い」


 許可をとるのは私の役目。

 忙しい父へ先触れをして面会の調節と、私からの希望の概要を伝えるのがライアンの役目だ。




 父との面会は、三日後の夜だった。

 父の書斎で、向かい合う。


「お時間をありがとうございます。お父様」

「ライアンから他国へ出かけたいと聞いている」

「はい。リアメカ帝国のダンジョンへ向かいたいと思っております」

「理由は? 」

「実戦経験と、他国を一度この目で見ておきたいと思いまして。私はいずれ家と国に尽くす身。ならば今のうちに少しでも見聞を広めたく思います」

「お前はこのパラディン家の娘だ。実践経験が必要か? 」

「人生、何が起こるか分かりませんから」

「ふむ」


 父が考えるように黙る。

 人生、何が起こるかわからない。

 その考え方はもともとこの父の口癖だ。


 人生何が起こるかわからない。だから、常に可能性を考え最善を尽くすように。

 そう教えられてきた。


 なので今回も、きっと許可されるだろうと思っている。

 思っているものの、緊張はする。それこそ何が起こるかわからないのだ。未成年の令嬢としてありえないと、普通に却下されるかもしれない。

 もちろんその場合はまた時期をあけて打診するつもりではあるが。


「ライアンを共につけること、その身体に傷跡を付けぬこと、自分の手に余る揉め事を起こさないことが条件だ」

「尽力致します」

「ならば許可しよう。お前の教育もほぼ済んでいると教育係から聞いている。学園へ入学する十三までの間、家を出ることを許す」

「ありがとうございます」


 父に丁寧に礼をとる。

 家から出ることを許される、ということは、その間自由に動くことを許されたということだ。


 これから学園に入学するまでの三年間、私はダンジョン以外の何をしてもいいと。

 破格の許可に父への感謝が募る。


「母親へは自分から伝えなさい」

「はい」


 頭を上げて書斎から出る。

 一番の難関は突破した。これであとは旅の準備と各所への挨拶だけだ。


 閉じた扉を見ながら改めて感謝を心の中で告げる。


 数週間後、私はリアメカ帝国のダンジョンのある街、シリカに入った。


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