第11話

 

 ライアンとの顔合わせの後、私の勉強の進捗を聞いてから父は本邸に戻った。

 パラディン家はそこまで広くは無いとはいえ領地を持っている貴族なので、父は常に忙しくしている。まだ子供の私にかけられる時間はそんなに無いのだ。


 父を見送ってから屋敷に戻る。私の従者となったライアンが一歩後ろから着いて来ているのを確認して口を開く。


「ここが私の部屋よ。と言っても明日には本邸に移るからもう使わなくなるんだけど」


 ライアンを連れて部屋にはいった。

 七年間過ごした部屋。

 今までこの部屋に侍女以外が入ったことはほとんどなかった。そも、貴族の私室に入る事が許されている人なんて滅多に居ないのが普通なのだけれど。

 だから、すこしだけ、変な気分だ。

 勿論部屋には侍女もいるけれど、彼女達は基本的にこちらから話しかけない限り仕事中に会話に加わるようなことはしない。


 ソファに腰掛けながら、ライアンを見つめる。

 これから先、本邸に移ってからもライアンはずっと一緒にいることになる。

 なので出来るかぎり強い信頼関係を築いておきたい。


「改めて、私はルチア。明日で七歳の選別式を終えて本邸に移ることになっているわ」

「把握しております」

「ライアンは?」

「と、申しますと?」

「歳とか、得意なこととか、どういった経緯で私の専属従者になる事になったのかとか。ああもちろん、話せる範囲で構わないのだけれど」


 私の質問が予想外だったのか、すこしだけ驚いたような顔をする。きょとんとした表情はやや幼く見えた。

 すぐに表情を引き締めてからライアンは喋りはじめる。


「そうですね……歳は今年で十二になります。基本的に必要なことは何でも出来るように努力しましたが、強いて言うなら薬草学や魔法薬学が得意ですね」

「魔法薬学! 」

「はい。学園にはお嬢様と同時期に入学することになりますので、過不足が無いようにある程度実用可能な範囲で修めています」


 凄いことだ。

 魔法薬学は地球で言うところの化学と医学を混ぜたような学問で、現状私が一番苦手な学問でもある。

 魔法薬とはその名の通り薬。

 だが、普通の薬と違い魔力を込めて作るので効果が高い。

 種類も多岐に渡っていて、定番の回復薬や解毒剤にはじまり魔力を高める薬、ある意味定番の惚れ薬なんてものもある。


 基本的に人体に使うものなので、学問の中でもかなり難しい。

 この分野で成功するのは本当にひと握りの人達だけだ。


 これは父がそのあたりを考慮してライアンを連れてきたに違いない。

 我が父ながらそつの無い人である。


 尊敬の念を込めてライアンを見たら照れたように微笑まれた。

 クラっときた。

 なんという美貌。


「もともと薬師の家系なんです。父が学園で旦那様と知り合って意気投合したらしく、その縁でこうして仕えさせて頂いております」

「そうなの」

「はい。なのでお嬢様は、今後は基本的に私以外から渡された薬はお召になられませんよう」

「わかったわ」


 これは所謂毒殺対策かな。

 常にひとりからしか薬を貰わないのであれば、もし薬の類で体がおかしくなった場合すぐに出処がわかる。


 逆にライアン以外からは受け取らないよう徹底することで私の口に入るものを厳選することもできるので、効果的だ。


 ライアンが作ったものでなくても彼を通すことで出処を辿りやすくすることが出来る。

 結果的に私の生存率があがるので、勿論従うつもりだ。


「よし、それじゃあライアン。私をルチアと呼ぶことを許すわ」

「有難くお受け致します。ルチア様」


 恭しく私の前に跪いてライアンが頭を下げる。

 この世界、従者や身分の下の者は上の物が許可するまで自分より身分の高い者の名前を呼んではいけない。


 相手が同じ貴族であれば家名を、王族であれば

『いと尊き方』

『王国の栄えある太陽』

『明けの血族』

 など、尊称で呼ぶ。


 王族に関しては尊称の後に殿下、陛下などの敬称で呼ぶ段階が入るのでなかなか面倒な決まりだ。


 このマナーは教育を受ける最初に教えこまれるので、これが出来ない人は、最低限のマナーも知らない礼儀知らずとして扱われる。


 今のこの世界では、家族以外に私の名前を呼ぶことを許された人はいなかった。


 はじめて家族以外から呼ばれた名前は、改めて私がルチアとして認められたような、存在を許されたような気にさせた。


 この世界に生まれ変わって七年間。

 ずっとあった前世の延長のような、夢のような、どこかフワフワした感覚が消えていく。


「さて、ライアン。最初の仕事なんだけど」

「はい」

「あなた、お茶は淹れられる? 」

「薬草茶でよければ」

「充分よ」


 普通のお茶より少しだけ苦い風味の薬草茶を飲みながら、私は改めてルチア・パラディンになった。


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