第10話

 はじめての攻略対象との出会いを終えて、決意を新たにしてから一年。

 ルチア・パラディン。明日で七歳になります。



 あれから、六歳という本格的に貴族としての教育がはじまる頃だったこともあり、私は伯爵家の娘としてできる限りの教育を求めた。


 勉強やマナー、乗馬。

 さすがに剣術は六歳の女児には許されなかったものの、体力作りはさせて貰えた。

 刺繍や絵画といった淑女教育は勿論のこと、経済学や哲学のようなものまでできる限りを学んだ。


 その全てで比較的好成績を収めることが出来た私は、なんと明日から本邸に移ることになっている。


 父であるパラディン伯爵は私を有用だとみなしたらしい。


 七歳になる日に本邸に移るのは、この国の魔法の素養の確認が七歳の時に行われるからだ。

 七歳になるまでは体の発達の関係で素養が不安定で、はっきりとしたことがわからないと言われている。


 この魔法素養の確認が終わると、本格的に魔法の論理と実践の教育が始まる。

 その前に本邸に移した方が都合がいいのだろう。


 母が治癒魔法の適正があるので、娘の私もその素養を受け継いでいるのではと期待されている。

 そしてその期待は外れないことを、私は知っている。


 ゲームの中でのルチアは治癒魔法の素養が高く、その珍しさと有用性から注目の的だった。

 この世界の私も、きっと同じく治癒魔法の素養を見出され、それを伸ばす教育になるのだと思う。


 この死にやすい世界で安全に暮らすには治癒魔法はとても便利なので、当然しっかり学ぶつもりだ。


「お嬢様、旦那様が到着されますので、玄関へ移動をお願いします」

「わかったわ」


 小さくノックして入ってきた侍女の言葉に、佇まいを軽く直して部屋を出る。

 本邸に移るのにあわせて私に専属従者が付くことになっていて、今日父が連れてくるのだ。


 正直ものすごく緊張している。


 本来ならアランドルフがなるはずだった専属従者が、いったい誰になるのかが気になってしょうがない。

 住み込みで従者として育てられるはずだったアランドルフの不在は、明確なシナリオ改編である。


「どんな人が来るのかしら……」


 ぽつりとこぼした言葉に返事はない。

 後ろを歩く侍女は私と世間話をする権利を有していないのだ。


 もしこれで父がアランドルフを連れてきた日にはもうなりふり構わず拒否するしかない。

 それで父から見放されたもしてもかまわない。死ぬよりマシだ。


 ひっそりと覚悟を固めた私が玄関ロビーに到着したのと同じタイミングで、父が到着したと伝えられた。


 執事が玄関の扉を開く。


 まず入ってきたのは父だ。

 私よりも褪せた印象の銀の長髪を前髪ごと後ろに流して肩口でひとつに纏めている。


 切れ長な瞳は温度を感じさせないアイスブルー。

 私の顔のつくりは母に似ているけれど、髪と瞳の色は完全に父の色だ。


「変わりないか、ルチア」

「はい、お父様」


 柔らかくカーテシーをする。

 私の対応が及第点だったようで、満足そうな雰囲気をした父が後ろに声をかけた。


「ルチア、これがお前の専属従者になるライアンだ。今後は基本的に何をするにもライアンを連れなさい」

「ライアンと申します。よろしくお願い致しますお嬢様」

「ルチアです、よろしくお願いしますね」


 父が連れてきたのはアランドルフではなかった。

 よかった。

 とてもほっとした。


 挨拶をしながらこっそり胸を撫で下ろす。

 ライアンというキャラはシナリオにはいなかった。


 艶やかな赤褐色の髪は少し癖があり、撫で付けているようなのに柔らかくウェーブを描いている。

 瞳は美味しそうな胡桃を思わせる浅い茶色。

 白い肌はその辺の令嬢やご婦人が嫉妬しそうな程透き通っている。


 すこし垂れ気味の目尻に小さく泣きぼくろ。

 ほんのり微笑んだ表情は柔和で、子供特有の柔らかさも相まって春の日差しのような印象を受ける。


 まあつまり、とんでもない美少年である。


 この美貌で攻略対象ではないとは、なんということでしょう。


 絶世の美少女であるルチアの容姿を持ってしても並んで絵になる程度、決して圧倒することは出来ない。

 いやむしろ煌びやかな色彩ではないのにこの輝かんばかりの美貌、私が負けているのでは……?


 謎の敗北感を植え付けられながらも、表面上は淑やかに笑いあう。


「これからよろしくお願いしますね」

「お嬢様のために全力をつくします」


 そう言って頭を下げたライアンのお辞儀はお手本通り見惚れるほど綺麗だった。


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