第9話・他視点



 天使は実在した。



 物心ついた時から、俺はエルフの里の外にいた。

 エルフは本来、自分達の里から外に出ない。種族として排他的というのもあるけれど、一番の理由は魔素だ。


 魔素とは世界に溢れている純粋な力。人間にはあまり知られていないけれど、この世界の全てが魔素を中心に存在している。

 植物や獣は魔素を取り込んで成長するし、人間や亜人、獣人等の知恵ある生き物は魔素を行使して魔法を使う。

 精霊達も魔素が無ければ生きられない。


 エルフは種として精霊に近いので、魔素が綺麗な場所以外では寿命が縮む。

 なので基本的に里がある場所や、深い森みたいな自然の多い場所に住んでいることが多い。

 自然が多い方が綺麗な魔素が多い確率が高いからだ。


 逆に人の多い場所ほど魔素が汚れていることが多い。


 両親が何故寿命を縮めてまで里を出て人の街で暮らしているのかは聞いたことがなかった。

 俺を連れてあちこちを転々としていた両親がこの街に腰を降ろした理由もわからない。

 ただ、幼い俺を育てる為だったのではないだろうかと思っている。


 しかし、無理が祟ったのか、両親はどんどん体調を崩していった。子供だった俺はそんな二人を見ているしか出来なかった。


 それは冬の、酷く冷えた日だった。

 寒さと魔素枯渇で数日寝込んでいた父が死んだ。その後を追うように母も。


 隠すように俺を育てていた両親は、近所の人達との付き合いもなかった。

 そんな状況で、六歳の子供がまともに生きていけるはずもない。


 家にあった冬越し用の備蓄が尽きて、薪もなくなり家にいても凍えて死ぬか飢えて死ぬか、そのどちらかしかなくなった。だから、せめてなにか食べ物をと外に出た。

 そして、ほとんど外を歩いたことのない俺は見事に迷った。


 どれほど歩いたかわからないが、だんだん寒さと疲れに意識が朦朧としだす。

 フラフラとさ迷い、どれだけ歩いたかもどこを歩いているのかも分からなくなった俺は、ついに限界を迎えて倒れ伏した。

 意識が飛ぶ直前に、煌めく銀色を見た気がした。




 目を覚ましたら天使がいた。




 意識を取り戻し、起こした体にかけられていた毛布と、久しぶりの暖かい空気に助けられたのだとすぐ気づいた。

 部屋の主だろう天使は煌めく青が反射する銀髪。

 どんな宝石よりも美しいブルーの瞳が俺を見ていた。


 死ぬところだったのに、天使に助けられたのだ。


 天使の周りはとても心地のいい魔素で満ちていて、息をする度に生き返るような感覚がした。


 とても久しぶりに息ができている、そんな気分だ。

 両親が昔、ごく稀に世界に愛されたように清廉な魔素を纏う、精霊やエルフに好かれやすい存在がいると言っていた。

 世界の寵愛を受ける存在。

 天使は多分それなのだ。

 当然だと思った。だって天使なのだから。


 天使と出逢えたことに興奮してしまい、天使の言葉を聴き逃してしまったことが悔やまれる。

 どうやら感動にうち震える間に失礼をしてしまったようで、天使は部屋を出ていってしまった。


 その後現れた教会の迎えらしい大人に連れられて、そのまま教会に引き取られることになってしまった。

 天使の近くに居られないのは残念だが、俺はまだただの子供なので、天使の傍に侍るには相応しくない。なので、しかたない。


 引き取られた教会で、天使はパラディン伯爵家のお嬢様なのだと教えられた。

 もし会いたいと思うならば、十三歳から通うことのできる学園が一番可能性が高いらしい。


 この学園は平民から貴族まで広く門戸を開いている。

 成績優秀者や一芸に秀でている者なら誰でも通うことが出来るらしい。

 必要なのは入学試験を乗り越えられる程度の優秀さで、努力次第ではいくらでも道は開けると教えられた。


 この国のだいたいの貴族は幼い頃から教育を受けるので、入学しないほうが珍しいらしい。

 なので、きっと天使も通う。


 その日から俺の努力は始まった。


 いつかまた、あの天使に逢うために。

 そして今度こそ、名前が聞きたい。


 俺を助けてくれた、俺だけの、冬の色の天使。



 ーーーーー


 盲目的な愛にも理由があります。ただ、この世界の事を誰よりも知っていると思い込んでいるルチアが思い至らないだけです。

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