第6話

 

 六歳になりました。ルチアです。


 自分が親友の作った乙女ゲームのヒロイン、ルチア・パラディンになってしまったことに気づいて早くも三年。

 今年の冬はとても寒いです。


 どうやら私以外に転生者がいるのはほぼ確定のようだ。


 三歳の時に起きたレベッカ嬢と王太子殿下の婚約という私的には革命的な出来事のあと、間を置かずに今まで一切聞こえてこなかった新しい商会が生まれた。


 その名もパラドックス商会。


 パラドックス、商会。


 もうめちゃくちゃわかりやすい。

 まず、そもそもこの世界に「パラドックス」という言葉はない。

 前世でも多分そんなに一般的な言葉では無いはずだ。

 パラドックス。確か、逆説、矛盾、本来おこる筈のことと違ったことがおこる現象、なんかに使う言葉だったはずだ。


 多分これは、本来進むはずだったシナリオや分岐以外の道を辿っている現状に対して付けたネーミングなのだと思う。あとは意味が分かる人間――つまり転生者――を見つける為、とかかな。


 このパラドックス商会、怒涛の勢いで大商会までなんと一年で登りつめた。


 まず販売されたのが貴族向けの甘味。甘みの強いマカロンやマシュマロ、パンケーキである。

 比較的レシピが広く知られていて、作りやすい、けれどこの世界では今まで無かったスイーツ。

 なんせこの世界にはクッキーやパンケーキ、つまり小麦粉を使った甘い食べ物さえ無かったのだ。


 ちなみにチョコレートがラインナップにないのは、既に存在しているからだ。

 一応乙女ゲームの王道要素を取り入れたかった親友の意向で、好意を相手に伝えるためにチョコレートを贈る文化がこの国にはある。

 ただし、バレンティヌス司教はいないので、名前は違う。


 その名も感謝祭。

 安直ではあるがわかりやすい。


 お世話になった人や好意を持った相手に花やカードをつけて贈るのだ。

 ちなみに学園での好感度アップブーストアイテムでもある。

 個人的にはクッキーさえないのにチョコレートが普及しているのはアンバランスだと思うけど、この世界のチョコレートは基本的にビターしかないので甘味とはちょっと違う扱いを受けている。

 いわゆるカカオ70%チョコ系。


 閑話休題。


 とにかく今まで無かったお菓子がたて続けに発売され、爆発的に流行って大きくなった商会。


 しかも今度は一般向けの新しい調味料も発売されるらしい。


 そんなもの、転生者がいないと思う方が無理がある。

 しかもこの流行が商業国のトルルコ国発祥ではなく、このザウスクラスト王国から。

 さらに駄目押しで貴族間で流行ったとくれば、この国の社交界に関わりが深い誰かなのはわかりきっている。


 流行は上から降りてくる。

 なので貴族をターゲットにするのは定石だ。

 でも上流階級に直で新作を持ち込むことができる存在は限られる。

 そしてこれらのスイーツは王妃様お墨付き。


 なので私は多分レベッカ嬢が発案だろうなあと思っている。


 もうひとつ理由として、商会長が表舞台に出てこないのだ、パラドックス商会。

 顔のでるイベントや式典では常に代理の副商会長が出席している。


 本来ならありえない。

 普通は商会長がわからない商会なんて信用出来るものじゃないと跳ね除けられるはずなのに、そんな話は一切ない。

 レベッカ嬢が発案者だろうなと思う理由のひとつでもある。王太子や第二王子ならもっと大々的に公表して実績としての足場固めに使うだろうから。


 レベッカ嬢、好きに生きてるなあ。向上した食生活にライラック公爵家に足を向けて寝られない。

 飽食の日本に生きていた私だ、やはり食事が美味しくないのは辛かった。ここに関しては親友の拘りを心底恨んだレベルだ。


 私が暮らす別邸にもわりと出てくるようになったマシュマロをつまみながら、お茶のマナーを教えてくれる先生の話を聴く日々。甘味、最高。

 ぜひ調味料も頑張って欲しい。



 六歳の私はたまに本邸で礼儀作法や勉強の進捗を確認される。


 この世界の成り立ちや歴史、魔法や貴族のマナー。

 向こうの世界での記憶は役に立つことの方が少ないような状況だが、成人の思考回路があるおかげか物覚えはよかった。


 そして流石ヒロインとでも言うべきなのか、この体の基礎スペックはとても高かった。


 明らかに前世の私より記憶力がいいし、体も動く。

 特に運動神経がかなり良いのはとても助かる。この世界、貴族とはいえある程度の戦闘力を求められるのだ。

 なんせ、ダンジョンがある。そして、魔物もいる。


 なので伯爵家の令嬢として、ある程度の成績を残していなければ名字を取り上げられ、平民として街に下ろされることになっている。

 もちろんそうなってはただでさえハードモードのこの世界での死亡率がさらに上がってしまうので、必死に勉強した。



 そんな日々の勉強と本邸への定期監査を繰り返していたある日、本邸への定期訪問を無事に終えた帰り道、私ははじめての攻略対象と出会った。


 シナリオで唯一はじめからヒロインと一緒に学園に入学することになる、ヒロインに盲目的な忠誠を捧げる従者。


 凍えるような寒さの中で道端に打ち捨てられるように転がっていたエルフの少年。


 アランドルフ。


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