第5話

 王太子の婚約発表から数日、王都には浮ついた空気が流れている。


 王家の婚約ともなれば、余程のことが無ければそのまま長じて婚姻となる。つまり未来の国母、王妃の誕生である。当然都市をあげてのお祭り騒ぎだ。


 どこもかしこもその話題でもちきりで、いろんな噂があちらこちらに溢れていた。


 いわく、レベッカ嬢の可愛らしさに王太子が一目惚れしたのだ。

 いわく、逆にレベッカ嬢が一目惚れだったのだ。


 などなど、どこまでが本当かわからない話題が飛び交っている、らしい。


 もちろん三歳のルチアが街を見て回れた訳ではないので、使用人が囁く噂を漏れ聞いただけだ。

 普段はきちんと教育され無駄口を叩くことのない使用人達。けれど流石に三歳児が自分達の会話を意識して聞いているとは思っていないようで、ここ数日はわりと雑談が多い。


 部屋で静かに絵本を読んでいるだけで、ある程度の情報が入ってくる。

 ちなみにこの世界の文字が翻訳されて〜とか、この歳で難しい本が読める!とかはない。

 完全に知らない形の文字が謎の配列で並んでいるだけなので、簡単な単語しかわからない。ほぼ絵を楽しむだけだ。なので使用人達の噂話を聞く方が為になるのだ。


 でも簡単な単語しか読めないのはちょっと困るので、貴族だし、三歳になったし、そろそろ本格的に文字の勉強が始まる筈だと期待している今日この頃。


 どうやらパラディン家からも婚約祝いを出したようで、本家には返礼も来たらしい。我が家の事だしこれは確度の高い話。


 ということは、やはり王太子とレベッカ嬢の婚約は何かの間違いではない。

 つまり、原作とズレているってことだ。


 ストーリー上だとレベッカ嬢と婚約するのは第二王子で、王太子のウォルター第一王子はレベッカ嬢のことを見初めなかった。

 どのシナリオ分岐でも、レベッカ嬢が王太子の婚約者になることは無い。

 そもそも第二王子との婚約ならともかく流石に王太子との婚約を解消して身分の低いヒロインが後釜に座るなんてこと、出来ないだろうと言うのが親友の言い分だった。


 ならば、私の知らないところでシナリオが変わる何かが起きた、ということだ。


 考えられる原因は、私と同じ存在。

 ゲームの記憶持ちの転生者がいるという可能性。


 例えばレベッカ嬢に記憶があるなら、シナリオ通りに事が進むのを回避しようとしたのかもしれない。

 このゲームでライバル役の令嬢は没落こそしないが、婚約の解消は貴族の令嬢としてはあまり褒められたものでは無い。

 王太子との婚約ともなれば滅多なことでは解消されないし、公式ファンブックでもそう言う理由で第二王子との婚約だったと名言してある。婚約解消を回避するなら王太子と婚約するのは理にかなっているのだ。


 王子殿下のどちらかが記憶を持っている可能性もある。

 でも、その場合レベッカ嬢との婚約を王太子に変えるメリットがちょっと思い浮かばない。

 だって彼らはシナリオ通りでもある程度自分の思う通りに動けるのだから。無理にこのシナリオを帰る必要は無いはず。もちろん、噂みたいに単純にレベッカ嬢に一目惚れした可能性もあるけど……。


 よし、とりあえずレベッカ嬢が記憶持ちであると仮定しておく。

 もしそうなら、私が無理に攻略対象から逃げ回らなくてもいいかもしれない。


 現にもう既に王太子ウォルター第一王子のルートはほぼ潰れたようなものだ。これは私にとってもとても助かる。


 これから先もレベッカ嬢がシナリオを変えるように動いてくれるのであれば、私の理想の攻略対象と関係ない人と結婚して人生謳歌して老衰して死ぬ、という目標もだいぶハードルが下がる気がする。


 伯爵家の庶子であるルチアが公爵家令嬢のレベッカ嬢と出会うのは学園に入ってからになるので、答え合わせはあと十年先になるけれど、レベッカ嬢頑張ってください!


 心の中でエールを送りながら、読めない絵本をめくった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る