第3話
スッキリした感覚で目を覚ました私は今、母に泣きながら抱きしめられている。
「よかったルチア……もうダメかと思ったわ……っ」
嗚咽混じりに呟く母の言葉を聞いて、七日も寝込んでいた事を知って驚いた。日本でさえ三歳児が七日も寝込んだら死にかねない。
向こうほど医療の発達していないこの世界ではそれはほぼ死と同義だ。
そんな状況でもどうにか私が耐えられたのはこの世界に治癒魔法が存在したおかげだった。
この世界には魔法が存在している。
過去の私は原理や法則も知っているけど、それを今考え出したらまた熱が出そうな気がしたので、深く考えるのはやめておこう。
とにかく魔法の中には治癒魔法と、補助用の回復薬が存在していて、母は治癒魔法の適性が高く、使うことも出来たので寝込んだ私に毎日治癒魔法をかけてくれたらしい。
治癒魔法の適性がある人は少なくて、だいたいは教会に属している。別に教会が独占している訳では無いけど、教会外の治癒魔法使いはとても少ない。
教会所属の治癒魔法使いは他の魔法使いに比べて生活や給料が安定するのだ。
いわゆる公務員に近い扱いだ。
普通に治癒魔法をかけようと思った場合は教会の神官に依頼して、状況に応じた金額を支払う必要がある。
もちろん医者や薬剤師も存在するし、薬もあるけれど回復薬の素材は高くなかなか手に入れづらい。
教会は比較的安く治癒魔法をかけてくれるので一般敵には教会に頼ることが多い。
母のように教会に属していない治癒魔法の使える人に頼むことも出来なくはないが、なかなかいないので現実的ではない。
ただこの世界、なんの代償もなしに熱を完全に下げるとか、怪我を完全に治すとか言った物凄い魔法は存在しない。
熱が下がるのが早くなったり怪我の治りが早くなる程度だ。
普通に魔法をかけただけならよほど小さな怪我でない限り完治はしないし、体を無理やり回復させるのでかけられた側は物凄く体力を削る。
もし大怪我を一回で完治させる程強く治癒魔法をかけたらかけられた側の体力が持たないのだ。
つまり三歳児に完全回復するほどの強さの治癒魔法をかけたら体が持たずに逆に死んでしまう。
その為母は毎日少しずつ弱い治癒魔法をかけ続けて私の熱が下がるのを待っていたらしい。
それでも私の体力が間に合うかは賭けだったようで、回復した私を見て感極まっている。
「おか、さ」
酷くかすれた声が出た。それを聞いた母が慌てる。
「ああ無理に喋る必要はないわ、今何か食べられる物を持ってくるわね」
ルチアによく似た顔に安堵と涙を浮かべて、優しい声で言いながらバタバタと部屋を出ていった母をぼうっと見送った。その後ろを母付きの侍女が追いかけていった。
部屋付きの侍女がいるのにすごい勢いで走り去ってしまった母は余程感極まっていたらしい。
七日寝込んだ結果私の体は崖っぷちに立たされていたらしく、まず体力が削られすぎて起き上がれない。
もとから対してなかった筋肉も落ちてしまったようで少し体を動かすだけで怠さがつきまとう。
試しにベッドから降りようと思ったら母にめちゃくちゃ怒られて止められた。
そして七日間もろくに食事が取れなかった為に固形の食事が喉を通らなかった。
ただでさえこの世界、あまり食が発展していない。
豊かな食事は文化の発展の先にあると言い張った親友のこだわりだ。
肉は塊で焼くか煮るか、パンは保存優先で固いものが多く、栄養面を考えた病人食の概念もない。
今の私が食べられるのは、ドロドロに煮込んだ野菜が溶けた味のないスープや、パンが見えなくなるほどふやかしたパン粥もどき程度だった。
当然だが、これらはあまり美味しくない。
ただでさえ日本にいた時とは比べるべくも無いのだけど、病み上がりの幼児に味の濃い物を食べさせるわけもいかず、ほぼ素のままの味なのだ。
それでも食べなければ体力は回復しないので、ひたすら無心になりつつ飲み込む。
せめて味のついた食事がしたいなぁ。
死亡フラグを回避しながら生きていこうと決めた直後から死にかけてしまった。
解せぬ。
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