第2話
かつての私の親友は凝り性だった。
気になったことはとことん調べないと気が済まないし、ハマった趣味はとことん極めようとする。
没頭型で、やりたいことにまわりを巻き込むのがとてつもなく上手かった。
そんな親友がいちばん没頭していたのが、乙女ゲーム。
その中でも魔法や異種族が出てくる世界の、学園モノと言われるジャンルだ。
現行リリースされている乙女ゲームなら据え置き型もスマホゲームもインディーズも関係なく、見つけたら片っ端からプレイし、考察し、果てはバックグラウンドやシステムまで検証した。
その結果、彼女が突き当たった結論は「乙女ゲーム、設定が甘すぎる」だった。
例えば王子が攻略対象で、18歳設定の学園モノの場合なぜそんな年齢まで婚約者がいない?
そもそも王族が普通に通う学園とは?
学園内では身分差がないとはいえ、決められた側近候補でもないのにあからさまに王族の取り巻きになるなんて出来るのか?
例えば仮に悪役令嬢がいるタイプの場合、婚約解消ではなく破棄にする必要があるのか?
身分制度のある世界で貴族家の令嬢を悪役令嬢として、しかも公式の場でわざわざこき下ろしてあげつらう。その一部始終を他の貴族や学生に見せる行為ははたして為政者としてどうなのか?
例えば魔法がある世界設定ならその魔法とはどんな理論で出来ているのか?
幼い子供が強大な魔力を持っていた時の処置方法は?暴走した時の対処は?力を持った平民や孤児が大事故を引き起こす前にすくい上げる法案は?
国ごとのスタンスは?
例えば、例えば、例えば。
彼女がゲーム内で疑問に思った事が設定としてきちんと網羅されているゲームは少なかった。
もちろん皆無では無い。けれど、分かりやすくテンプレート通りの王道シナリオこそが人気になるような市場だった。なのでわざわざゲームシナリオに関係ないバックグラウンドまで拘っているゲームはとても少なかったのだ。
そしてとことん極めなければ気が済まない凝り性の親友は考えた。
「そうだ、ゲームがないなら作ればいいじゃない」
某王女を彷彿とさせるようなその一言から始まった彼女の理想の乙女ゲーム制作は、王道ゲームが飽和状態になってテンプレ展開に飽きかけていたユーザーの心を掴む。
企業から資金提供を獲得して完成まで三年をかけ、その間SNSでこつこつ宣伝をして、そうしてきちんとリリースされた。そして、大ヒットした。
設定やバックグラウンドを詰めた乙女ゲーム。展開はきちんとテンプレを踏襲しつつもオリジナリティを感じるストーリー。細部のディテールの良さ。キャラクターデザインのよさ。
人気が出た数々の要因の、その中でも一番注目された目玉は『バッドエンド・死亡エンドの多さ』である。
このゲーム、めちゃくちゃ細かくルートが分岐する。
そしてめちゃくちゃ死ぬ。
信じられないくらい死ぬ。
なんなら死亡ルートの方が生存ルートより多い。
サブルートでも勿論死ぬが、攻略対象のメインシナリオでは選択肢をひとつ間違えたらふたつ先のシナリオでいきなり死んだりするのだ。
直前の選択肢を変えても必ずそこで死ぬ。
ひとつ前の選択肢のせいかとやり直してみても死ぬ。
何故か?
ふたつ前の選択肢で既に死亡ルート確定していたから。
そんな理不尽なルート確定がシナリオ中に散りばめられていて、ユーザーはオンライン上の有志の攻略ページや公式から出された辞書のように分厚い攻略本を片手にクリアしていく。乙女ゲームなのに攻略情報で最重要がキャラの好みとか好感度とかじゃなく、死亡ルート分岐情報。
そのやり込み要素が普段乙女ゲームをプレイしない層にまで飛び火し、というかそこをメイン購買層として大ヒットしたのだ。
公式からのキャッチコピーは『愛か、死か』だ。
繰り返すが乙女ゲームである。
間違いなく乙女ゲームなのだが、普通のロールプレイングゲームより死ぬ。
そしてこのゲーム、なんと自動セーブであった。
つまり、任意の選択肢の前でセーブして失敗したらそのデータからやり直すということが出来ない仕様だったのだ。
親友曰く人生にやり直しはきかない。
重ねるがゲームである。
ゲームの中でまでなぜそこを突き詰めてしまったのか。
凝り性もいい加減にして欲しい。
ちなみに私はこの凝り性の親友に巻き込まれて全シナリオの矛盾や設定の矛盾、世界観のチグハグさなどを確認するデバックをさせられていた。
なので、ほぼ全てのシナリオをクリアしている。
流石に三歳の脳では全ては思い出せない。
というか複雑すぎて細かい所まで思考が追いつかないしいくらなんでも全部は覚えていない。
有志の攻略ページ、各章のツリーだけで普通のゲームの攻略ページ相当の情報量と言われたゲームなのだ。
それほどめちゃくちゃに凝っているゲームなのである。
さらに、世界観を突き詰めた為に膨大な設定が公式から出ているので、派生でダンジョン攻略ロールプレイングゲームや成り上がり建国ゲームまで出ていた。流石に派生ゲームまではプレイしていない。
そんな馬鹿みたいな規模の馬鹿みたいなゲームの、記念すべき第一作目であり根底の乙女ゲームの初代主人公がルチア・パラディンである。
つまり、今の私だ。
それに気づいた時の私の気持ちがわかるだろうか。何も考えず普通に生きていればほぼ死ぬ。
シナリオで死亡ルートが多いということは、つまり世界全体が死にやすいということだ。
死が、物凄く近くにあるのがこの世界である。
それなんてハードモード。
そしてヒロインとして生まれた私はふと思った。もし、シナリオに強制力があるなら、それにもとづいて生まれた攻略対象からの愛は、本当に私への愛なのだろうか?と。
はたして、作中のルチアの性格とかけ離れている私へ、ルチアに対しての好意を向けている攻略対象は、私を見ているのか?
そう、信じられるわけがないのだ。
もちろん攻略対象である人物達がヒロインであるルチアを好きになる理由はそれぞれしっかりある。そこが中途半端だと面白みが無くなると親友が拘ったので。
しっかりあるが、果たしそれはどこまでが本当の気持ちなのか?という疑念が、どうしてもシナリオを知っている私には生まれてしまうのだ。その好意が、強制力で無理矢理植え付けられたものでは無いという証明が出来ないのだ。
この三歳の私はまだ誰のルートにも乗っていない。
ならば、攻略対象に近づかなければいいのかと言えば、そういう訳でも無いはずだ。
なぜなら、この世界は死が近い。
そして世界設定が細かい。つまり無計画に攻略対象から離れてシナリオをめちゃくちゃにした時、何が死亡フラグになるのかが分からなくなってしまう。
ならば、逆に確実に死ぬと分かっているルートがあると言うことはアドバンテージになり得るのではないか?
それらを選ばず、その要因になった原因ごと回避しつつ、出来れば愛を疑わずにすむ攻略対象以外の恋人と今度こそ老後まで添い遂げる。
かつての私の恋人は優しい人だった。
死亡フラグも恋愛フラグもいらないから、とにかく普通に生きて人生謳歌して子供産んで老衰で家族に見守られながら穏やかに死にたい!!!!
三歳の私は決意を胸に行動しようとした。
しかし号泣の疲れと記憶と人格を理解した衝撃と、大人の思考で無理やり動かした脳の処理落ちで見事に知恵熱を出してしまい、結局私はそれから七日間寝込んだ。
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