025

 カレンは内心、複雑だった。

 事前に言い含められていたので、表情には出さないよう心掛けてはいたが。


 というのも、自分が女として見られていないというのは別にいい。好きでもなんでもない男に恋愛的好意を持たれても面倒なだけだ。

 だから、彼らの好みから外れるのは構わない。


 けれども、醜い豚を見るかのような目を向けられるとまでは想像していなかった。


『……まあ、人の数だけ好みというものはある。それに、何代にも渡って地下世界で暮らしていたのなら、価値観というやつもそれに合うよう変わるのが当然だろう。誰しも、自身の心を守るために「当たり前」を変えていくのだ。それが「当たり前」であれば、何も心をざわつかせることがないからな』


 シードが慰めなのかなんなのか、とりあえずすごい勢いで語りかけてくれるのだが、だいたいの内容が右から左へ抜けていく。

 ひとまず、現状できることといえば、心を無にして愛想笑いを浮かべたまま静かに過ごすことである。

 領主一族として働いている父と兄に感謝が絶えない。


「ほう。それほどまでに、新型は性能が良いと」

『うむ。この度の性能は前作のものと比較して大きく――』


 身体を包み込む、大きくゆったりとしたソファ。

 一枚板から作られた、深く艶のあるローテーブル。

 香り高く色鮮やかな紅茶に、それを蓄える磁器の茶器は非常に薄いグリーンに海を思わせる深い藍色の唐草模様。


 それを前にした、全身をパワードスーツに纏った男。

 彼こそがサァル・ゲスーズ。

 地下世界の深層も深層に居を構える、数多の王族のひとつゲスーズ家の次期頭首。

 カレンの兄であるカラナシ・カルタゴと身分上では同格の男だ。


『整理すると、ゲスーズ家はカルタゴ家と遥か昔に血を共にしていたということだな。一族の中で寄生細胞を発現ないし人体改造を受けた者が出て、彼は同じく寄生細胞を手にした民を率いるために地上へ進出した。その際に地上がかつての世界で「カルタゴ」と呼ばれていた土地であったため、姓をカルタゴへ改める』


 サァルが話す内容には時折カレンを侮蔑するものが含まれるので、意図的に無視してシードの言葉に耳を傾ける。

 もちろん、シードも意図して話しているのだろうが。


『寄生細胞が完全に覚醒するまでの間にも受け継がれるものがあったのか? そうでもなければ、カレン嬢のアビリティ保有数が説明つかないな。いくら地上に出てから時間が経っているとはいえ……』


 話が思考方面に行き始めたので、カレンは人差し指を引いてシードの気を引く。

 今はそんな悩んでいい時間ではない。自分の意識を引っ張れと伝える。

 立て板に水の勢いで言葉の濁流を求めているのだこっちは。それで汚水の如き不愉快な言葉を押し流して欲しいのだ。


『まあ、しかし、パワードスーツとはな。なかなかに懐かしいものを掘り出したものだ。ああいや、月の欠片から得られた情報だったか』


 おや、とカレンは内心で小首を傾げた。シードは今懐かしいと言っただろうか。

 肯定を示す小指を二度引いて、こちらが気になっていると伝える。そこまで詳しいやり取りなど事前に話してはいないが、シードなら読み取ってくれるだろう。


『ん? パワードスーツのことか? 当時のアレはまだゴテゴテしていてな、強度を求めれば厚みを増すしかなかったようだ。……とはいえ、我々プレデターからすれば大差ないな。無駄な発展……というのは失礼になるのか? まあ、特殊放射線を受けても、限定的なら地上に出られるようになったというのは、技術的に有用だったろう。当時の旧人類たちからすれば、地上世界は宇宙と大差ない。だとすれば、宇宙服と比較してあれほど薄いスーツで外に出られたというのはなかなかな話だ』


 プレデターの爪や牙は鉄など容易に切り裂くし、突き貫く。

 新人類の中でも高い戦闘能力を持つ傭兵たちであっても、その肌の強度は銅程度。プレデターからすればなんの問題もない。


『そうだな……当時のパワードスーツの無意味さを踏まえると、スーツに限った話でいえば、現在は旧文明すらも超えて最盛期を迎えていると言えるのかもしれないな。まあ、技術というよりは素材的な意味合いが強いだろうが』


 サァルの身に纏われているパワードスーツはたしかにシードのいうような「ゴテゴテ」とはしていない。むしろスタイリッシュといえるだろう。

 パワードスーツと言うべき厚みは確かにあるが、身体にフィットするように作られているそれは昆虫の姿態がモデルになっているようだ。


 守るべき急所の部位は放射線変異を起こした、より軽く強度を増した金属で守られており、露出した部分においてはプレデター素材の繊維を使って筋繊維を再現している。

 小型でありながら大容量・大出力を可能とした電池の技術は月の欠片から既にもたらされており、その一部が新型パワードスーツにも流用されていた。


 首から顔にかけては胴体のスタイリッシュさと比べると、やや厚くて野暮ったい。もっとも、人体で超重要とされる部位であるため、仕方ないといえば仕方ないか。

 顔面はモニターによって、内部外部の映像が両面モニターによってリアルタイムで再生されている。48Kを超えた解像度で再生される映像は現実と大差ない。

 顎に当たる部分には呼吸浄化器具が一対あり、後頭部には浄化ボトルが四本あった。

 首部分には換気孔があり、常にスーツの内部は適正な温度と湿度に保たれている。


 サァルの言葉を信用するのであれば、前世代のパワードスーツの場合は内部を特殊な液体で満たす必要性があったらしいが、月の欠片による新たな技術革新によって、それも必要なくなったらしい。

 おかげで液体分の重量を軽くすることができ、全体の性能が向上できたというわけだ。


『まあ、カレン嬢をはじめとして、装着者が限定されるという点でまだまだだがな……あ』


 予想外。不意打ちにカレンの額に青筋が浮き出た。

 不意だからこそ、心が構えられていない。

 あっさりと、その怒りは表層へ現れる。


『ま、待て待て待てカレン嬢! 私が悪かった! 今は頭を冷やすべきではないか⁉』


 端的に言うとすれば、サァル・ゲスーズに限らず、地下世界深層で生活する男性たちの大部分の性的な好みはカレンと対局にあった。

 ただし、それは地上と比べて特殊な環境下で何代、何十世代も超えてきた時間が影響していると言っていい。彼らが悪いというわけではないのだ。

 シードも言っていた通り、人間は抑圧下に長期間置かれると、それを常態化して解釈し、受け入れるように出来ている。これはその身と心を守るための手段だ。


 その結果、彼らは先ず、肌が白い女性を好んだ――カレンはカルタゴの民らしく地黒である。


 そして整った環境で育ったため、不均一なものに不快感を覚えるようになった。

 つまり、突き出た胸部や出っ張った臀部を白眼視するようになったのだ――カレンは肉付きが良いという意味合いでのナイスバディの持ち主である。


 男性優位の環境が長期間続いたことにより、女性の性格は大人しく静々と男性に従うものがよしとされている。むしろ、女性に個性を求めていないのだ。

 それが影響し、化粧乗りの良いのっぺりとした顔付きを美しいと好む。化粧によって、その時々で男性の求める顔を作ることができるからだ――カレンは意思が強く、個性の出る顔つきなので、どう化粧しようがカレンらしさは失われないだろう。


 必然的に、地下世界深層で生きている男性たちにとって、カレンは常軌を逸する見るも無残な不細工ということだ。

 それも、外見的にも、内面的にも。


 父も兄も、イラつきながらもなんとか堪えている。

 サァルが「この新型パワードスーツなら、今戦っている連中など一撃だ!」などと騒ぎながら、闘技場の舞台を見ている。カレンもそちらへ視線を移して溜飲を下げることにした。


(とはいえ……)


 舞台上の戦いにおいては、サァルの言うことにカレンも肯けた。

 傭兵ではあるのだろうが、動きがぎこちない。相手のトレジャーハンターの方が迷いがない分、強そうにも見えた。


『おそらく、傭兵の方は対人戦も想定に入れて訓練しているのではないかな? もちろん、前提として、相手を殺すものだがね。だから、こういった相手を殺さない……できるだけ傷付けない戦いというものに腰が引けているのだろう。時折、反射的に手が動きそうになっている。おそらくは相手の手を取って骨や関節を壊そうとしているのではないかな?』


 シードにそう言われれば、カレンも素直に理解できた。

 ただし、それはまだ荒事に多少慣れたカレンだからこそだ。

 結局、傭兵は良いところを見せることもできないままトレジャーハンターに敗れた。


 こういった場であるため賭け事は当然行われており、傭兵側に賭けた人たちが悲鳴を上げていた。


「ふうむ……」

「さすがに、人とプレデターとでは勝手が違うか……」


 シードの声が聞こえず、荒事にも慣れていないサァルは勿論のこと、父や兄たちまでもがあの傭兵に心許なさを覚えたらしい。時々、心配そうにカレンを見ている。


 カレンの胸中にモヤモヤしたものが溜まる。

 そんなときだった。


 実況のトーキンの快活とした声が会場中のスピーカー越しに響き渡る。


『さあさあさあ! 次は大トリ! クライマックスだ! 当然! それに合わせたとんでもないイカれたメンバーを揃えているぜっ!』


 先ほどまでと違い、熱の入りようが違う。

 父や兄、サァルまでもが表情を変えてしまうほど。


『まずは……赤門より入場!』


 がたっ、と音が鳴る。

 何かと思えば、サァルが立ち上がってスタンドを凝視していた。

 たぶん、スコープか何かを使って拡大しているだろうと推察できた。


『地上のみならず、地下においても! 女性陣のみにアンケートを取った結果! 三年連続で憧れる「ミスカルタゴ」の栄誉を搔っ攫っているその美貌! クールな眼差しはどこを見ているのか⁉ 「オレであってくれ!」と願う男の多いこと! ミステリアスと神秘性を併せ持つ、理知怜悧かつ閉月羞花へいげつしゅうかの才女! 「玲瓏れいろうの魔女」リンリン・ローウェンだ‼』


 古代語で「チャイニアンドレス」と呼ばれるそれを身に着けた怜悧な女性が現れる。

 彼女、リンリン・ローウェンの名はカレンも聞いたことがある。というか、部屋に時折メイドたちが置いていく雑誌に載っている女性だ。


 モデル業も行っていて、要するに「このような恰好をお嬢様もしてください」ということだろう。まさか「彼女みたいになってください」ではないはずだ。

 生まれ持った素養が違う。カレンには到底真似できない。

 たぶん、リンリンは激情に駆られて怒鳴るなんてことはないだろうとカレンは思う。


『そして! 青門! 誰が予想した⁉ というか誰が呼んだ⁉ 呼んでしまった⁉』

『あ』


 シードが一言漏らす。

 カレンが「おや?」と思ったときには、事態は動いていた。


『俺だぁぁぁああああっ‼』

『ぎゃあああああ! 勝手に入ってくんなよ狂人!』

『誰が狂人だテメエ! 食い殺すぞ⁉』

『普通は人に「食い殺す」なんて脅し出ねえんだよ! あとなんだその登場方法は!』

『ノリと勢いでなんとなく……』


 スピーカーから響いてくる声は、カレンのよく知っているもの。

 ほんの数時間前まで、共にあったもの。

 当たり前のように、心の片隅を占拠していたソレが消えていて、冷たくなっていたのだとようやく気付いた。

 そしてその場所に、今、陽が射したのにも気付いた。


『説明不要! 今観ているものがすべて! 「狂人」「狂犬」「戦闘狂」! だいたいぜんぶ正解のミナトが参上!』

『俺の説明おかしくない?』


 何故か頭頂部で身体を支え、逆さのまま腕を組んでいるミナトが、間の抜けた声を漏らした。



――――――

あとがき


最後のミナトは狙ってないんです。

なんか勝手にこうなったんです。

ミナトが悪い。

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