024

「もうこれ取っちゃダメか?」

「駄目」


 首から「不用意な一言を発しました。ごめんなさい」と書かれた札を下げることを余儀なくされた。これ嫌がらせを通り越していじめだよな?

 地下世界の皆さん! いじめはあったんです! ギルド本部にあったんです!


 俺の抗議も暖簾のれんに釘押しで、あれよあれよという間にコロシアムに到着。即座に中へ移動の流れになった。観光なんて提案する時間もない。


 どうでもいいけど世界崩壊前のことわざって変なの多いよな。暖簾に釘を刺してどうするのか?

 変に間違って後世に伝わっている可能性もあるが、資料で発見されたぽいんだよな。

 なんらかの暗喩という説が濃厚で、研究が進んでいるらしい。


 こういった風習や言語に関する研究というものはお金と時間こそ必要とするが、リターンが少ない。

 過去を知るという意味で知識のリターンはあるかもしれないが、即物的にお金にならないのである。

 なので資金繰りに困窮することになり、研究もなかなか進まない。

 あくまでも個人の趣味の範囲による牛歩の進展速度だからだ。


 こういった研究者たちにとって、最も尊ばれるのがスポンサーだ。

 金銭的なリターンが望めない以上は税金の投入だったりで公的な調査とし、金銭の回収は諦めて慈善事業とするのだ。そのため、大した金額ではない。

 もちろん、研究者たちももらえるだけありがたくはあるのだろうが、それでも欲張ってしまうのが人間というものである。


 だから研究者たちが希求するスポンサーと呼ばれる者たちは、彼らと同じく趣味人だ。


 世界崩壊前のような古代のロマンを解し、求めているお金持ち。

 すなわち、地下世界でより深くに住むヒキコモリだ。別名王侯貴族。


 ある程度以上の規模で何かをしようと思えば、どうしても彼らの息から逃れることは難しいし、大なり小なりあれど、意見を反映せざるを得なくなる。

 そして、そのひとつがコロシアムである。




「いい席だなあ」

「おまえにはな。暴走すんなよ」


 支部長に釘を刺されるが、この後で楽しい楽しい戦いが待っているのだから、目の前の小事なぞに関わっていられない。


 コロシアムは俯瞰して見ると楕円形だ。スタジアム式といえばいいのか、中央の舞台と、それを取り囲むようにした観客用の座席。

 座席は外側に行くほど高くなり、俯瞰的視野になる。


 そしてコロシアムで最も良い席というのが、王侯貴族たちの意見を反映して舞台を真横から見られる個室群。つまり客席の真下というポジションだ。舞台の隣なので迫力もバッチリ。

 いわゆるVIP席とか貴賓席とか呼ばれる類である。


 俺たちに用意されたのも、そのひとつだ。まあカルタゴのギルド本部支部長一行なわけだから、そう生半可な席は出せんわな。


 透明な仕切り板でスタジアムと貴賓席は隔てられており、他にも壁には大きなモニターが掛けられていて、そちらでは上部のカメラから映し出した別視点でのスタジアムの様子が見える。

 他にも時折商品のCMなんかも。着火器具の最新版か、ちょっと気になるな。

 とまあ、その前に。


「んで、俺になんの依頼なんだっけ?」

「よく覚えてたな」

「わざわざ俺に言おうとしてたくらいなんだ。こっちも荒事だろ? なら、記憶に残ってる」


 試合を見てたら最初は良かったが、まあ退屈なので欠伸が出てきた。

 命くらい懸けて緊張感を持って戦うべきだ。なんかもうぬる過ぎる。互いに腰が引けてるし。


 この後の楽しみを考えてテンションを上げていると、目の前の試合にストレスを覚えそうだったので、支部長と話をすることにした。

 ついでに他のことも思い付けば聞いてしまおう。


「最初はリンリンと当てるつもりもなかったんだろ?」

「まあリンリンとってなったのはヤンが言い出したからだしな」


 リンリンが爺さんを睨んでいるが、さすがは年の功。なんの痛痒もない様子。きれいに受け流してるな。


「面倒なのが地中から出てきやがってな。領主一家が接待する以上は、タイミング的にカレンも出にゃならん。まあないだろうが、そこでカレンに色気を出されても地上側としては困る」

「…………大丈夫。心配しなくていい」


 うん。爺さんだけでなくリンリンとクーンも俺を取り押さえようとしてるな。

 いや、普通に殺そうとしてない?

 そこまでキレやすくないわ! というかここでキレたとしても、そのヒキコモリを殺しに行くだけで支部長には手ェ出さんわ!


「あー。まあそこは万が一を警戒してるだけだから、あんま気にすんな。それよりも問題というか、面倒なのは連中の開発した新型スーツと月の欠片関連だな」

「というと?」


 新型スーツ、開発されたのか。……いや、いっつも開発してるなスーツは。

 ある程度納得でき、実戦投入できるかどうかの実用化実験をしたいってところかな。


 かつての月の欠片によって発掘された情報のひとつが、ヒキコモリたちが研究者のスポンサーになる流れを生み出した。

 その情報というのは、旧文明の人類がプレデターと戦うために編み出した戦闘武装。

 そう。一時的であれば、旧人類であっても地上に出られるという事実。


 ただし、それだけの技術と知恵をもってしても、人類はプレデターには敵わなかった。そのことは歴史以上に現実が証明してしまっている。


 しかし、現在は当時と話が違う。

 生身で地上に出られる新人類が現れた。そして彼らは不可解に思える特殊能力を用いた戦闘能力を有しており、プレデターを打倒する者すら現れた。

 そうして持ち帰られる、特殊放射線により歪み、新しく生み出された新素材の数々に、何よりも強力無比を体現したプレデター本体の素材。


 これらが月の欠片から得られた情報とがっつりスクラムを組むことで、より強靭な新型スーツが開発されたのだという。


 ここで語られている新型スーツというのは、正確にはパワードスーツ。人間には存在しない外骨格を鎧として着込むという全身強化兵装。

 それは身を守る鎧であると同時に、特殊放射線から身を守る防護服でもある。

 人類の英知は原始回帰したことにより、倒した獲物の素材を余さず利用する「MOTTAINAI」精神を思い出したのだ。


「……その実験体になれ、と? 要はサンドバッグか?」

「向こうの言い分では、な。生身で地上を歩けることが、イコール丈夫ってわけじゃねえって突っ撥ねた」

「当たり前の話ですね」

「んだな」

「相も変わらず、寝ぼけた連中だよね」


 おうおう、俺を取り囲んでいたはずの三人の方がエキサイトしとる。

 ここは俺が冷や水を掛けて頭を冷まさせるべきだろうか?


「――という話だったのですが。先日というか、今日、話が変わりました」

「…………俺か!」

「そうだよおまえだよ。あとカレン」


 ここでトンチンカンなことを言い出すつもりもないので、あっさり話を進めよう。

 支部長と爺さん以外の三人には俺がアホだと思われている疑惑がある。ここはビシッと言っておかねば。

 俺はアホだが、ちゃんと話を理解できるアホだということをな!


「月の欠片だな? まあ正しくは遺跡型プレデターなんだけど」

「ほとんど同じ意味でいいだろ。……で、連中の興味は当然ながら月の欠片へ向かう。それを発見したカレンだけでなく、傭兵であるミナトにもな」

「つまり、ちょうど良い比較対象になるのですな。直近で遺跡型プレデターを発見し、尚且つ、その周囲にいたプレデターたちとも交戦して勝利。ムーンハンターを守り抜いた傭兵。わかりやすい指標でしょう?」


 なるほど。それで新型スーツを着込んだ旧人類の何某かと俺を当てる、と。

 それもサンドバッグでなく、きちんと戦闘という形で。


「なんだかそう聞くと、優秀な傭兵に聞こえるねぇ……」

「たしかに……」

「言葉のマジックですわ。いわゆる詐術です」


 貴様ら。

 意地でも認めん気か。


「ただ本気で殺し合わせるわけにもいかんだろ。だから、事前におまえを適当な実力を持つ誰かと一当てさせて『こいつはこれくらいやれる』ってのを示そうと思ったんだ」

「それが今回のリンリンですな」

「で、今回いらっしゃった坊ちゃんに関しては、カレンはおそらく問題ない。だが、他の連中まではわからん。だから政治利用されないために、おまえのお手付なのが理想だったんだ」


 素朴な疑問なのだが、地下の地下まで引きこもってると処女じゃないと駄目になるんか?

 まあ俺は時と場所と状況を見極められる優秀な傭兵なので、この場では聞かんが。


「つってもよ、そう言われたからっておまえにこれからカレンを抱いて来いっても嫌がるだろ?」

「当たり前だろ。護衛の俺が護衛対象を襲ってどうする?」


 そりゃまあ、そういうコトはしたいさ。こっちは健康な成人男性なんだ。

 けれど、それはカレンに受け入れ態勢ができてからでいい。

 単に衝動を吐き出すだけでいいなら、娼館に行けばいいのだ。

 それまでの間にカレンを脅かす敵が出るというのなら――相手をしてやろう。受けて立つ。


「だから、逆におまえの価値を跳ね上げることにした」

「ん?」


 ちょっとよくわからん。

 何故、そこで俺の名が出る?


「要するに、ミナト殿の実力を遺憾なく見せつけることで委縮させるのです。同時に、これだけの実力がなければ、地上に出て自力で月の欠片を探すのも無理だということを示せます」


 ああ、そんな大層なことを望んでいるのか。

 まあ無理もない話である。


 彼らは果たして、いったい何代に渡って、太陽の光を目にしたことがないのか。

 それを求めることを、悪だなんて誰に言えるだろう。


「ついでに『ミナト殿がカレン様に執着しているので』と言えば、ここで委縮させた分だけ牽制にもなるでしょう」


 おい。

 ……否定できないのが、なんか悔しい。


「まあ、そういうわけで、リンリン一人だけじゃなく、アシラとクーンも追加したんだ」

「相手にとって不足はないな」

「当たり前だろ三体一だぞ」

「ぶっ殺すからね」

「最初は私が一人で当たりますからね。二人とも、最初は引っ込んでいてくださいよ。引っ叩いてやるんです」


 えー。

 まあ、いいか。

 リンリン一人が相手でも、結構嬉しいし。


 久々の対人戦。それも、どれを取っても一級の品。


 誰が魚料理で、誰が肉料理で、誰がメインディッシュになるのかな⁉


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