023

 到着した車は竜車と呼ばれるものだ。動力を完全に機械に依存した自走車なんかと違い、家畜が牽引するもの。

 そこで用いられる家畜は馬や牛と違い、世界崩壊後に特殊放射線で狂わされた遺伝子によって偶発的に生まれた生き物だ。


 地上だけでなく地下世界でも平気で、良い意味で鈍感な性格をしている。そういった部分を頑丈だと良い意味で捉えた結果、「竜種」と分類されるようになった。


 既存の生物と違う進化を果たした竜種は数が多い。手配された竜車を引いていたのもその一体。いや、一鳥というべきか。


「…………」

「クゥェェエ……」

「なにいじめてんだ?」

「いじめてねえだろ!」


 アシラの目は腐っている! ただ腕を組んで顔をよく見ていただけだろうが!



 用意されたのは鳥型の走竜種。大きさは速度に特化した大型の馬くらい。

 竜種は千差万別なので動物的な種別は型で表され、生態や行動といったものが竜種の特徴として取り上げられる。


 今回でいえば鳥をベースとして特殊放射線で異常進化した竜種。

 見た目は鳥だがその翼で空を飛翔するといったことはなく、地を駆けることに全力を費やした形の進化。なので鳥型走竜種という分類になる。


 さて。そんな竜種だが、俺は実はそんなに触れ合ったことがない。野生の竜種は俺を見れば逃げるか戦いを挑んで来るかだからだ。何故そうなるのかは知らん。竜種に聞け。


 そういうわけで生きた竜種をこんなに間近で見たことはない。

 目を丸くして冷や汗を流しながらこちらを見つめ返しているが、知ったことではない。

 御者も苦笑しつつ何か言いたげな顔をしているが、知ったことではない。


「眉みたいに長い羽根が生えてるのか」


 他にも頭頂部から三本の太い長毛。鶏冠代わりか、はたまた風を感じるためか。

 羽毛の毛量はそれなりにある。地下世界はやや肌寒いからか? 気温や湿度は管理されているものの、ライトからの光は太陽からのそれと違って熱を持たないためだろうか。


 首から胸、腹部の前面部分は羽毛がなく、薄い鱗に変わっている。薄緑色に薄紫と黄色のペイズリーっぽい柄が入っているようにも見えた。

 鱗を人差し指の甲で撫でてみると、表面上は薄く見えたが意外と厚みがあることに気付く。五ミリくらいはありそう。

 陶器のような質感で、爪で弾いてみると高い金属的な音がした。


 人の腕ほどの長さの翼を有しており、切り落として手羽先にすれば食いでがありそう――ではなく、おそらくはバランスを取るためのものだろう。

 ということは、最高速は結構出そうだな。


「ん?」


 ああ! こいつ! 翼の下に小さい前脚を隠してましたよ!

 実は小動物からの進化だったりするのかおまえ⁉


 前脚も羽毛は生えておらず鱗で、四指。爪は鋭いが、短い。引っ掻くためというよりはスパイク的な用途で進化したのか?

 後ろ脚にしてメイン脚も前脚と同じく鱗に覆われており、こちらの爪は太く、大きい。


「いい加減にしろ」

「ぬっ」

「興味が湧くのはいいが、あとにしろ。あとに」

「むうう……」


 支部長に首根っこを掴まれて竜車に乗せられる。直前のほっとした顔の走竜と、「えっ、またあとで⁉」という感じの御者の表情の対比がやけにおもしろい。

 ちなみに竜車に乗り込むと、爺さんを除く全員から疲れた顔で見られる。何かあったのか? 先に乗って休んでいたのでは?


「しつこすぎだろ」

「引きますね」

「周りの迷惑も考えてくださらない?」


 おのれこいつら。自分が竜種を見たことあるからってマウント取りやがって。

 自分が間近で見たことのない動物なんて興味湧くに決まっているだろう。


 とりあえず鳥型走竜くんはおめめパッチリで意外と睫毛が長かった。


「爺さんは平気そうだな?」

「傭兵をやっていると、護衛対象に行動を合わせるのが普通ですからね。この程度で騒ぐのは未熟者だけです」


 おお、なかなかの毒舌。けど言いたいことはわかる。

 だが元トレジャーハンターのアシラとリンリンには可哀想ではないかな? 元傭兵のクーンは反省して?


 御者が支部長に確認を取ってから「発車しまーす」と備え付けのベルを鳴らす。

 やがて走竜くんも張り切り始めたのか、最初は遅かったがすぐに速度は一定で安定する。窓を流れる景色の様子から見て、時速50キロ程度。なかなか速い。


 竜車は結構大きい。軽隕鉄を用いられているのだろう、軽さと強度の良いとこどりをしているようだ。

 横幅は三メートルはないか。左右の端に座席があり、合計で九人が座れるようになっている。

 最後尾は三人横並びだが、おっさんが三人座るとたぶん挟まれたやつはぎちぎちで悪臭で死ぬ。

 ここは俺が真ん中に座って、左右にカレンと誰か美女を連れてくるべき。俺が身代わりになってやるから先に行くんだー!


「揺れないな」

「道が良いからだね」


 アシラとクーンがしみじみと話している。

 言われてみると、たしかにといった感じ。


「あれ? アシラって地上で馬車か何かに乗ったことあるのか?」

「荷物とか手紙の速達系依頼はトレジャーハンターギルドで人気だからな。傭兵ギルドだとそうじゃないんか?」

「どうだろう? クーンはやったことあるか?」

「あるけどね、傭兵ギルドではあまり人気はないね」


 クーン曰く、傭兵ギルドで運搬依頼は人気がないらしい。

 俺? 俺はほら、プレデターと戦わないやつはやる気が起きないから……。ましてや速達依頼なんて絶対戦っちゃ駄目なやつじゃん。最悪でしょ。


 自然と全員の視線が最後尾にいる支部長と爺さんに向かう。

 口を開いたのは支部長の方だった。


「一言で言ってしまうと、依頼料の割が合わないからだな。依頼の平均難易度から見て、基本給はトレジャーハンターより傭兵の方が高い。危険手当も織り込み済みなんだ。死亡率も高いしな」

「まあポコポコ死んでるイメージはあるよな、傭兵」


 なんだよ、その目は。おまえが言うなよって? それはそう。

 死んでこそいないが、死ぬような目にはそれこそ死ぬほど遭っている。

 でも命懸けって良い言葉だと思わんか?


「平たい話、死んでしまう前に儲けさせてじゃんじゃんお金を回してもらうためですね。一度の依頼で入る金額が高いと、財布の紐も弛むでしょう?」

「うっわぁ……」

「マジかいね……」


 その話は知らんかったなあ。

 俺はどこかで野垂れ死ぬこと前提だからいいけど、クーンはガチで引いてるなあ。思い当たる節でもあるのかな?

 まあ、今ではギルド本部に詰めてるんだから別にいいだろう。幹部やってるわけだし。


「……ま、まあ、それで地下を大金払って移動するよりは地上を走った方が早いかんな。んで帰り道では竜車に乗ったりしてたんよ」

「なるほどね。で、そっちだと揺れたわけか」


 ひやっとした車内の雰囲気を戻すようにアシラがさっきまでの会話を再開させた。

 こっちもそれに乗っかっておく。冷や冷やした雰囲気なんてごめんだよ! 誰が竜車内を冷蔵庫にしろと言ったんだ。


「というか、ミナトこそ乗ったことがあるんかよ。意外な」

「そうか?」

「プレデターと戦う可能性低くなんだろ」

「俺だってプレデターと戦うのに全振りじゃないぞ」


 車内がまた固まったな。今度は冷凍庫かな。

 うん。さすがに今回ばかりは俺も予想していた。


「護衛対象がいたら話は別だろうがよ」

「あ、ああー! そりゃあそうか!」


 俺だって一人なら堂々と荒野を行く気概だが、誰かを護衛しながらとなると、できるだけ危険の少ないルートや交通手段を取る。


 特にムーンハンターの護衛の場合、彼女らの求めているものは月の欠片であり、必然的にプレデターたちの縄張りへこちらから侵入する形になるのだ。

 危険度を下げようが何しようが戦いは避けられないので、俺としては構わんのだ。

 むしろ安全性を確保しておいた方が護衛対象を安全地帯に放置して単独で殺しに行けるので、俺としては先んじて計画を立てておくことが大事なのである。


「ああ、なるほど。ミナトの護衛評価が高い理由が見えた気がすんな」

「そうですね。戦いに関しては勤勉だということを加味すれば、たしかに納得できる話です」

「護衛対象からすれば、積極的に守ってくれてるわけだしね」


 理解されたようで、なにより。


「ほー。思ってたより真面目にやってんだな。動機はなんであれ」

「地下世界を経由したりしない理由は、やはりお金ですか?」

「経費とはいえ、ちょっとアレはなあ……」



 安全という意味であれば地下世界経由が一番安全だ。

 プレデターや飢えた野生動物などがいないし、雨風も避けられるしトイレもある。

 しかし、その分こちらはお金がかかる。


 だいたい各都市でも上下の移動なら大した金額は取られない。高くても大銀貨一枚から二枚くらいか。

 各地の物価によって上下するので定かなことは言えないが、そんなべらぼうな値段ではない。だいたいみんな納得するくらいの設備とサービスの宿に、一泊素泊まりするくらいの値段だ。大銀貨二枚の場合は朝晩の食事付きといったところ。

 俺がカルタゴで定宿にしているところの値段もそれくらい。


 ところが、地下世界で別の街へ移動しようとすると、大変なお金が請求される。

 扱い的には地下通路の利用料金が取られるのである。


 各都市であればその領主が税金で環境維持しているわけだが、都市と都市を繋ぐ通路の場合はどちらが費用を出すのか、どちらがどこまで手を出すのかなど決めることが難しい。


 なので、その辺りを管理しているのは道路保安管理ギルドだ。通称道ギルドとか道路ギルドと呼ばれており、ギルドの名が付いている通り、ギルド傘下だ。

 領主たちのように税金という資金源がないので、通行料金という名目で通路を維持する費用を賄っているというわけ。


 ハンターズギルドという名称ではあるが、他のギルドも傘下にいるのである。ギルド本部って言われるし、もうただの「ギルド」でいいんじゃないかなと思わなくもない。

 なので鍛冶ギルドとか商業ギルドも普通にハンターズギルド傘下である。まあそっちの方がやり取り楽だし、トレジャーハンターとか傭兵から素材回ってくるしね。

 特にプレデターの素材とかはほとんどが傭兵の持ち帰りだ。カルタゴ傭兵ギルドから出回るプレデター素材のうち、二割くらいは俺である。


 あとまあぶっちゃけ、ハンターズギルド傘下になると、各ギルドの長は領主との折衝なんかをギルド本部に丸投げできるから楽なんだよな。

 旨味も少なくなるかもしれないが、それよりはストレスのない生活を取ったということだろう。


 なので、ギルド本部というのはひたすらめんどくさい仕事ばかりだ。そりゃあ生産性がなくとも、他のギルドから税金よろしくお布施を徴収するわけだよ。

 そういうわけで、俺はギルド本部のカルタゴ支部長やってるメイサが貧乏くじ引いてるなあと思っているし、ある程度は言うことも聞くのだろうと自身の内面を予想。


 そしてロキが言っていた通り、ギルド本部の支部長は領主の身内から出させるのが吉というのにも納得という話。

 密約とか癒着とかもありそうだが、だとしてもメリットの方が大きいのだろう。まともな人物だったら最高だろうしな。



「地下通路の利用料金は見直したいのですがね」

「爺さんが提案すんのか?」

「実際に元傭兵の身としては、あそこが容易に使えるならどれだけ楽な仕事が多かったかと思うところが多々あるわけです」

「それは僕もそうだね。というかヤンさん、そういうことなら、僕も手伝いますからね。言ってくださいね」

「そうですね。ありがとう」


 なんか歳を超えた友情を育んどる。

 いいな、アレ。


「リンリン」

「……なんですか?」

「貧乳もステータスだと思う。自信を持て」


 俺は巨乳派だが。


「殺す‼」

「なんだ⁉ 車内でやる気か⁉」

「やめろ馬鹿ども!」

「なんでいきなり挑発したん⁉」


 いいだろう! その意気やよし!

 受けて立つ!


 だから止めるな、支部長! アシラ!

 このまま戦らせろ!




――――――

あとがき


とりあえず、28日までに目標の10万文字分投稿というのはできたので、ここからは精神的に気楽に投稿します。

できればここまでに戦闘シーンをもう一個はねじ込みたかった……。


無念。

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