022

 貨物運搬用、あるいは業務用昇降機は意外と人が利用するのに適している。まあ大人数の運搬にも使うのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。


 重機や搬入物、食糧の類を大量に積んで日に何度も往復するわけで、そりゃあ変に揺れたりなんかしないよう、キッチリ作られているし、メンテナンスも欠かさないだろう。

 これが使えなくなったら地下世界の人間はどうなるんだという話でもある。


 人専用の昇降機と比べれば遅いが、引き換えにあちらは非常に狭い。そこそこな時間は乗っていなければならないのだ。

 それならば俺は遅くとも、広々とした方を選ぶね。


「久しぶりだなあ。何年ぶりかな」

「そういやミナトってカルタゴには上から来たんけ?」

「そうそう。依頼があってさ」

「……地上ルートを使わざるを得ない依頼なんてあるのですか?」


 地下世界に向かう同行人はギルド本部からやって来た支部長のメイサと一時的にその護衛に就いたヤン爺さん。そこに俺と見世物になるリンリンに加え、アシラとクーンだ。

 ロキは副支部長としてギルド本部にいなければいけないので置いてきた。やつはこの後の戦いについてこれそうにない。まあ非戦闘員だし。


 結構時間がかかるので、みんな暇潰しで話が弾む。


「……あれ? リンリンは傭兵ギルド所属じゃなかったのか?」

「違います。トレジャーハンターギルドですよ」

「あの戦闘力で?」

「自前で戦えた方が、好きなところに行けますでしょう」

「おれもそうだろ。別にリンリンが特別なんじゃない。……傭兵たちは割とミナトみたいな考え方するよな」

「ですよねえ」

「あー。僕もそれは当て嵌まるね。傭兵はどうしても、戦闘力のあるやつらはみんな傭兵ギルド的な考え方するしね」


 それはそうか。アシラも元トレジャーハンターだし、リンリンがそうであってもおかしい話ではない。

 言われた通り、俺やクーンといった傭兵経験者はどうしても、プレデターと戦えるレベルの戦闘能力がある者はみんな傭兵だと思ってしまう。

 だって人間相手とやり方がまるで違うし、物騒だもの。



 人間は脆い生き物だ。防御系アビリティを発動していなければ容易に貫けるし、断てるし、砕くことができる。

 だからこそプレデターが脅威なのだ。プレデター側の攻撃力は確かに大したものではあるものの、過剰過ぎるわけではない。人間が比較的脆すぎるだけである。

 プレデターの脅威をわかりやすくいえば、重機が狂気と殺意のグローブを両手に嵌めて襲ってくるといった感じだろうか。


 戦う側に必要な攻撃力に関しては、正直そこまで深く考える必要はない。

 防御性能は然程高くない新人類だが、攻撃性能に関しては素でそこそこ高いのだ。武器あるし。


 プレデターも相当硬いしタフではあるが、体内に弱点である核と呼ばれる部分が数か所あるので、そのどれか一か所あるいは複数破壊すればいいだけだ。


 核は人間でいう脳みその働きをするが、人間のように頭部にあるわけではない。

 どこに核があるかは型を見ればわかるし、討伐経験を重ねればなんとなく察せられるようになる。


 ちなみに核の数と強さはあまり関係がない。核は弱点であると同時にプレデターの能力を活かす間脳としての側面があるのだ。

 より複雑怪奇な動きを取られるので、核を複数持っているとむしろ面倒であったりもする。


 ある研究者はプレデターの核の在り方が昆虫的だと言っている。


 昆虫の身体はざっくり頭、胸、腹の三部位に分けられるが、胸や腹にも神経節という脳に代わる部位がある。そしてこれらは単独でも活動する。

 ヒトの脳が中央集権型であれば、昆虫の脳は地方分権型だ。頭を潰しても、羽虫はきちんと飛んでいくことができるのである。


 まあ昆虫の話はともかく、プレデターの核もこれと似たような行動を取る。頭と思われる部位を潰したところで、その他に核があれば十二分に行動するのだ。

 そして頭の核を潰したところで、基本的にプレデターは食事を取る必要もなければ排泄の必要性も当然ない。


 ゆえに正確にいえば、核は弱点というより、それを壊すしか手がないのだ。

 手足を切り捨てたところで時を置けば再生するし、そういう点では植物的でもあるといえるだろう。



「私のアビリティだとプレデターは相手にし難いのです」

「そうでもなさそうだけど」

「貴方みたいな異常者と一緒にしないでいただけます?」

「ひどい」

「ひどくない」

「妥当だろうね」

「こっちもひどい」


 支部長も爺さんも止める気なさそうだし、ちくしょう。


「まあ戦闘力という点では、傭兵になるには継続力も大事だしね」

「それもあるか。アシラとか、短期決戦型だもんな」


 クーンの意見は肯けるものだ。やはり傭兵は傭兵を知るということか。

 傭兵は依頼者を護衛する必要があるので、一度戦って生き残ったからオッケー、とはならない。

 護衛者はそのまま行動を続けるし、傭兵はペースを護衛者に合わせたまま、護衛を続けなければならない。

 なのでスタミナ管理、継続戦闘能力が大事になる。


 基本的に俺が傭兵ギルドで受ける仕事だとたいてい俺一人で戦うことになるから、こうして他の連中から話を聞くのとか新鮮。

 集団の護衛なんかは俺の能力ではできないので、俺が護衛する対象はたいてい一人だ。

 ムーンハンターの護衛はカレン以外にもしたことがあるが、彼女たちも護衛など甲種傭兵にしかされたことないだろうし、比較できない。


「そこら辺の傭兵の話ってのはわからんのんだよな。おれは自分の興味があってトレジャーハンターになったけんど」

「私も好きな薬草や花が欲しいだけでしたし。傭兵の話はわかりませんね」

「花」

「なんですかその顔は」


 薬草はまだしも、花が欲しくてトレジャーハンターになるやつの話なんて聞いたことないが。たぶん薬効のある花じゃないよな? 話の流れからして。

 まあ個人にどのような趣味嗜好があろうが、他人の迷惑になっていないなら誰はばかることもない。ましてやリンリンの場合は護衛としての仕事もできるのだから。


 地上で街の外に出るには制限がある。シンプルに危険だからだ。

 とはいえ、なんらかのギルドに所属していれば問題ない。知識なくふらっと外に出てしまうのと、知識があって覚悟の上で出ていくのとでは違うということ。

 覚悟完了しているのであれば、うるさいことは言われないのだ。


 リンリンであれば傭兵ギルドで乙種か丙種の傭兵でもできそうだけど、気が向かなかったのだろう。

 傭兵はその性質上、単独での行動は好まれない。護衛として常に依頼者がセットである。

 彼女やアシラの場合は外で色々と採集したい物があるのでトレジャーハンターギルドに所属したのだ。単独で外に出るにはそれが一番いいよな、たぶん。


 ちなみにリンリンが支部長の護衛をしていた話だが、トレジャーハンターにもそういう枠がある。まあ護衛もするけど秘書扱いが近いかな。あと使い走り。

 これだけの表現だと下っ端みたいな雰囲気があるが、結構給料は良いし、難しい仕事でもある。リンリンが才女であることに関して異論はない。戦えるし。


「ミナトは傭兵に必要なのはなんだと思うんだ?」

「強さ」

「シンプル過ぎるだろ!」

「言葉が足りませんなあ」


 折角要約して答えたのに、支部長も爺さんも渋い顔。何故だ。


「元傭兵として聞くと、僕なんかはミナトくんの言うこともわかるけどね」

「おお、味方が」

「それはないね」

「なあアシラ、裏切られたんだが」

「裏切りもクソも、初めっから仲間じゃないんじゃないけ?」


 おのれ。人の心を弄びよって。


「では、クーン。貴方はどう思うのですか?」

「傭兵の仕事は基本的に護衛だからね。甲種、乙種、丙種で求められる技能はそれぞれ微妙に違うけれど、どれも広い視野が必要だと僕は思うね。……ああ、もちろん、必要な戦闘力は満たした話でだね?」

「コレに広い視野ってあんのけ?」


 コレって言うな、アシラ。


「一体も敵を取りこぼしたくないんじゃないかね? アホみたいに広いよね?」


 アホって言うな。良いことだろうが。

 そして理由を否定はしない。仕事に活かしているのだから良いのだ。


「護衛された者たちからの意見を聞くと、ミナト殿の評判は良いですがね」


 ぼそりと爺さんが言う。やったぜ。


「えええええええ⁉」

「それはない! それはないね!」

「おじい様、失礼ですが耳がお腐りになられました?」

「本当に失礼だな、貴様ら」

「まあ、こうしてミナトを見るとそう思うよな」


 支部長も失礼だな。なんで溜息を吐くんだ。


「まあ『プレデターと戦ってるときに怖い』って意見はあるが、それも見方によって『頼もしい』って意見もあるな」

「ああ、そう受けられるんか」

「納得したね」

「自分からプレデター誘き寄せそうですけれどね」


 さすがに護衛の仕事中にそんなことしないぞ。来い来い来いと願ってはいるが。


「まあ一緒に仕事はしていないから見ることもないでしょうし、そう思えないのもわかります」

「そういえば、ヤンが現役の時の評価と似てるんだよな」

「そうなのか?」

「そうなのですか?」


 俺も意外だが、爺さんも意外な模様。

 まあ、自分の評判なんか気にしないよな、傭兵って。自分で依頼を受けるか、ギルド側から護衛を斡旋されるかなわけだし。

 そういう意味では、爺さんも引退してからこういう評判というか、依頼者たちの話を初めて耳にしたのかもしれない。


「……ミナト殿と似た評価というのも、面映ゆいですな」

「え? おじい様?」

「待ってくれい! ミナトの評判ってそんなに良いんけ⁉」

「依頼者たちは正気かね?」


 おいやめろ。俺の依頼者たちの頭を疑うんじゃない。むしろ真っ当な評価だろうが。

 いやあ、あまり気にしてこなかったが、肯定的な評価をもらえるのは嬉しいな。

 まあカレン以外の護衛に関して、そこまでめちゃくちゃ気を遣ったつもりはないのだが。カレンに対してだとしても、格別に気を遣っているかと言われると、うーん……。



◇◆◇◆



 話しているうちに昇降機は地下世界に到着する。

 カルタゴの真下にある地下世界もまた呼び名はカルタゴだ。だいたい上とか下、地上地下なんて呼び方で分けている。上下を行き来して働く人間というのが限られるため、それで十分なのである。


「相変わらずチカチカと眩しいな」

「目が悪くなりそうですわ」


 俺はこの地下世界は結構好きだが、アシラとリンリンは否定派な模様。まあ合う合わないはあるよね。

 なお、地上の農家の方々はみんな嫌っている。その中には「機械は使わない方がいい。けど生活に必要なやつは別!」と言ってほとんどの生活に機械を導入している旧人類をダブルスタンダードとして嫌っている人もいる。


 足元はすべて舗装されており、地上のように土の臭いもしなければ、草葉の生える余地もない。建物も鉄筋入りコンクリートでのっぺりしており、温かみの欠片もない一方でドライな気楽さがあった。


 あちこちから車を走らせる音の他、スピーカーを介した店のアナウンスが響いてきて騒がしい。

 地上のカルタゴの街並みもまた騒々しいが、あちらは人々による肉声や楽器による雑多なもの。異色がでたらめに塗られているにも関わらず、それは抽象的な絵画のような魅力がある。


「コロシアムに案内する車がそろそろ来るはずだ」

「あれですかね」


 周囲が普通に明るくてうっかり忘れそうになるが、ここは地下世界。なので照明があちこちに取り付けられている。

 だいたい建物の屋根には取り付けが義務付けられているし、高層ビルなんかには高さに応じて数や方向性、種類などが細かく決めつけられていた。


「地下世界の光と太陽の光とで、成分が違ったりするんかいね?」

「光に成分があるのか、僕にはわからないね」

「放出型アビリティを使うときの放射光みたいなものなら、成分はあるかもしれませんね」


 アシラとクーンとリンリンがなんか賢そうな話をしている。クーン、おまえはそっち側じゃないだろうと言いたい。

 いや、よく聞いてみると別にクーンは賢い話してないな。よかった。俺は安心したぞ……。



 リンリンの言う放出型アビリティの放射光というのは、体外へラージを放出する際に発光するもので、青白い光のことだ。

 これが色合いも含めて世界崩壊前に忌み嫌われた放射線かなんかの関連用語に似ているっていうので、新人類が一部旧人類に嫌われる理由のひとつになっている。


 そういえば、ラージというのは俺とシードの間で付けた仮名なので、一般的には精神力なり魔力なり波動なり気力なりなんなりと好き勝手に言われているが……シードの解説によると、放射線の一種であるようだ。


 地上では今もなお宇宙から降り注いでいる特殊放射線。これをプレデターたちは吸収して己のエネルギーにしている。だから食事が要らないのだ。


 そして俺たち新人類の獲得した特殊放射線の無害化というのは、実際はパラサイトタイプのプレデターの細胞を移植した人体実験の産物だ。

 これまた造語の寄生細胞を獲得した新人類。

 この寄生細胞がプレデターと同じく特殊放射線を無害化し、吸収。


 蓄積された特殊放射線は寄生細胞によって無害化されていることもあって、埋め込まれた各種プレデター細胞から相性の良いモノを励起して使用可能となる。

 これがシードの言うところ、新人類のアビリティのシステム。


 相性ってなんじゃらホイと思ったが、特殊放射線と一言でざっくりまとめているが、実際は色んな放射線の複合体みたいなものらしい。

 詳しいことは省くが、光とはたくさんの色の光の集合体で、それと似たようなものと言われると、イメージしやすいかもしれない。


 吸収したところで、個人によって相性の良い放射線の種類がある。そしてそれと適合したプレデター細胞アビリティだけが励起できるというわけ。


 俺の「斬手刀」や「身体強化」なんかは肉体に作用する内側向きで、循環型アビリティと呼ばれているタイプだ。肉体作用型とか強化型とか言われたりもする。

 男は素で身体能力を常時強化しているため、防御力を高めるアビリティが足りない部分を埋められて有能扱いされる。


 ただ循環型アビリティの場合は自分の肉体に作用するため、過剰にしなければ光らない。

 過剰にすると全身が一瞬青白い光に包まれることになるが、完全に無駄なので制御能力が低いことの証明でもある。なによりはしたない。おもらしじゃん。


 格好いいとは思う。俺も認める。

 無駄に輝きたくなったりもする。


 一方で、リンリンの言う放出型アビリティは……まあその名の通りだな。あまり男が使う印象はない。必然的に全身を発光させるほどのラージを消耗するので。


 また、放出型アビリティは優秀かつ強力なことは多いのだが、補助具が必須だったりする。

 そんなもの持ち歩くくらいならパンチですよパンチ、というのは俺だけだろうか。


 放出型アビリティをざっくりいうと、旧時代に流行ったといわれている「魔法」だ。

 なので、俺はそんなに詳しくない。俺は使えないし。

 敵に回すと楽しい。それくらい。


 けど発動前に一瞬青白く輝くのは格好いい。

 何故俺の「斬手刀」なんかはシード改め魔剣くんと接続状態にならないと黒い稲妻を纏わないのか。アレものすごく格好いい上にプレデター特効あるから垂涎物なのだが。


 早く覚えろ俺の寄生細胞。




「なあ、ミナト」

「なんだ?」


 アシラが話しかけて来た。


「なんでおまえ、急に黒いオーラ出してんだ?」

「そんなもん出るか」

「出てる、出てる」


 殺気が漏れていた模様。

 おもらしおもらし。これははしたない。




――――

あとがき


だーらぁー!

なんとか今日で「カドカワBOOKSファンタジー長編コンテスト」の応募要項の10万文字ギリギリ達成じゃい!


戦闘メインならサクッといけるやろと思っていたら、日常パートが思いのほか長くて筆が進まない罠よ。

思い立ってから期限までちょっと短かったのがしんどかった要因。反省。


お話は続きます。当たり前ですが。

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