020

 カレンの自宅はカルタゴ市街の上部、見晴らしの良い位置にあった。


 これは為政者だから高い位置に……というわけではなく、単に地下世界から地表に戻った後、一番最初に全員の宿泊施設として建てられたためだ。


 そのため馬鹿みたいに広いし部屋数もあるが、整備を重ねた現在であってもどこか野暮ったく、垢抜けなさが漂っている。


 良いように言い換えれば質実剛健なのかもしれないが、カレンに言わせれば素人工作のハリボテ。

 もっとも、だからといって彼女が自宅を気に入っていないというわけではない。

 むしろ気に入っているからこその痛烈な皮肉ともいえるだろう。


 だが、今回。

 カレンはそんな自宅の屋敷に帰ってきたことを心底後悔していた。


「はあ……面倒くさい」

『ご愁傷様だな』


 カレンが帰ってきたことは屋敷の使用人から家族にいたるまで全員を驚かせた。

 帰ってくるのがこれまでの予想と比べて早過ぎるというのもあるが、タイミングが悪かったためだ。


「よりにもよって、地下世界からお客人とは」

『私にはわからないが、よくあることなのか?』

「まさか! 年に数回あればいい方だ。一度もないことだってある」

『それは……本当、運が悪いな』

「そうなんだよ……」


 カルタゴ市街を預かる領主家としてはもてなさざるを得ない。

 カレンが初めからいなければなんとでもできたのだが、折悪く帰ってきてしまった。

 誤魔化すこともできるが、それが後で発覚した際に、痛くない腹を探られるのもうまくない。なので、カレンももてなしの一員に入るしかないのだ。


「アイツら、現実が見えてないから嫌なんだ。普通のやつらもいるのだけれど、タイミングがズレている今ってことは、アホグループの連中だ」

『タイミング?』

「だいたい豊漁の時期だったり、収穫時期だったり。まあこっちから事前に連絡を入れるんだよ。要するに、向こうから押しかけて来ないってことだ」

『ああ……』


 自分たちから押しかけておいて、もてなせと騒ぐわけだ。それは随分と扱いに難儀しているだろうなとシードは思った。


 しかし、疑問を抱く。


『何故、そこまでしてもてなさなければならないんだ? 追い返してもよさそうなものだが。ましてや、機を読めない連中なのだろう?』


 カレンは言いにくそうに口をもにょもにょさせた後、観念したかのように口を開いた。


「そういうわけにもいかない。アレらがやってるのは、かつてあたしたちの家がやっていたことの後始末だからな」

『どういうことだ? カレンの家ということは……カルタゴの領主家ということだな?』

「そう」


 だいたい同じような時間に、別の場所でミナトが同様のことを知り、絶叫していることを二人は知らない。

 カレンの場合は、ミナトが知っていると勘違いしているので、おそらく自分から言い出すことはなかっただろう。


「世界崩壊後の旧文明の時代、混乱する人々をまとめるためにリーダー格がいくつも生まれたんだ。やがてそれらは郎党を組んで家になり、肥大化して組織になり、最終的に国になった。……で、あたしはとある国の王族の血筋なんだよ」


 形骸化してるし、ウチのことは兄さまに任せてるけどなとカレンは笑う。

 シードの方は内心でなるほど、と頷いていた。



 今の話の流れのだと、緊急時で能力の高い者が集まって国が生まれている。必要に迫られた結果だろう。後々も同様のことが続いたと思われる。

 つまり、王族に連なる血筋ということは、それだけ優秀な細胞が受け継がれているということだ。

 彼らが新人類であると考えるならば、尚更。


 自然淘汰と自然錬磨によって選りすぐられた寄生細胞の持ち主こそが王族。だからこそ彼らは上位者たる風格を持ち、他者を自然と従えることができる。


 新人類をヒトの形をしたキメラタイプのプレデターと捉えた場合、王族というのは「至天に座す者」と似たようなものなのだろう。


 カレンは女性であることからアビリティを使えないが、他の親族はどうなのだろうか?

 これでもしも親族たちも同様になんらかの欠陥でアビリティが使えない、あるいは限定されていた場合、何者かの手が加わっている可能性がある。



 シードは一瞬で思考を終了させ、それまでの会話を再開させた。どちらにせよ、今考えて答えが出る話でもないのなら、保留しておくことになんの問題もない。


 料理と違って腐るということはないのだ。


『それで後始末というのは?』

「まあ遥か昔のご先祖様の話になるんだがね。王族が特殊細胞……じゃなくて寄生細胞だっけか。それを手に入れて陸上に出られるようになるだろ? そうしたら、同じように出られる連中を率いる側と、残って大多数をまとめる側に別れたわけだ」

『カレン嬢は地表に出た王族ということか』

「そうみたい。扱いとしては分家なのかな」

『ということは、今来ている面倒なのというのは……』


 カレンは顔を顰める。


「一応は親戚……になるんだろう。何代遡ればいいのかわからないから、ほとんど他人と変わらないけど。家系図だけを見れば親戚」

『三代も遡れば、血の濃さから見ても他人と大差ないのだがね。下らん情報に縋るのは流石に人間と言うしかない』

「ふふ。言うなあ」

『その理屈でいうと、大なり小なり、たいていの人と重なる血を持つものだと思うがね。結局のところは資料として証拠が残っているか程度だが、それも信用性の問題がある。結局、相手を信じられないのならば、血だのなんだのと語るのも無意味だ』




 むしろ、とシードはミナトを考える。


 アレは、あのバケモノは一体、なんなのだろうか?


 カレンの謎はだいたい解けた。

 豊富で優秀なアビリティを持っているわけも、それが使えない理由も。


 けれども、ミナトは違う。

 普通に考えて、肉体的にプレデター化するなんて有り得ない。肉体の過半数がプレデター化しているならば、自然と本能もプレデター化するはずだ。

 すなわち、人間の敵になっているはず。

 だから、その上で人間として生活しているというのが有り得ない。


 なによりも、その特異性に理由を付ける場合に「突然変異」以外の理由が思い浮かばないことがおかしい。


 シードがミナトに一時寄生した際も、一定以上乗っ取ることはできなかった。強烈な悪寒がしたためだ。

 取り返しのつかない何かが起こりそうな予感があった。パラサイトタイプのプレデターであるシードだからこそ、察せられたものだろう。


 考察する内容は多岐に渡る。

 けれども、不明かエラーが多過ぎて、すべて中断せざるを得ない。


 結局のところ、ミナトという存在はプレデターであるシードをしてなお「バケモノ」と評する以外になかったのである。

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