019
「うん……ああ、都合がいい、か? ミナト、おまえこの後時間あるか?」
「あるっちゃあるが?」
ピュアボーイからバッドボーイにジョブチェンジするために娼館に行くくらいか?
「そうカッカしてるってんなら、暴れさせてやろうか? 相手を殺さないのが条件だが」
「話を聞こうか!」
誰だ?
どこで?
いつ?
「上からせっつかれててな。ちょうど良かったかもしれん」
「上……? 総本部?」
支部長はめんどくさそうに、ちがうちがうと言いながら手を横に振る。
「下って言った方がいいか?」
「あー。モグラどもか」
地下世界の、とりわけ下層の連中ね。
言い換えれば、騒がしいというか面倒なヤツら。
そういう隠語みたいなものだったが、いつの間にか旧人類全体を指す言葉に変わっていったのだよな。
「そいつは差別用語だ。やめておけ」
「構わんだろう。実際、おんぶに抱っこで、地上で俺たちが命懸けで手にしてる恩恵に縋ってるーー」
「ミナト」
ドン、と。
支部長がヒラヒラさせていた手のひらを拳に変え、テーブルに落とした。
「持ちつ持たれつ、だ。おまえは若くして実力があるから、色々と知ってはいる。……が、なんでも知っているわけじゃあ、ない」
「……了解。俺が悪かったよ」
さすがに、支部長を怒らせる気はない。
この人は傑物だ。戦闘員でもなんでもないのに、この迫力。
俺も察してるし、本人も言っているが、冗談抜きで戦闘能力はない。
ガタイはめちゃくちゃいいのになあ。
それでも、自然とみんなが従っている。
いわゆるカリスマがあるのだ、この人には。
支部長が言うのなら仕方ない、という気持ちが自然とこちらに生まれる。それは俺だって例外ではない。
それこそ、カレン関連の話でない限りはたいてい言うことを聞いてしまうだろう。
自覚があるから、ギルド本部に来たくないってのもある。決して無理強いしてくるわけではないが、後になって「なんで俺、これ引き受けちゃったんだろ?」みたいな。
催眠術? そうかも。
「別に教えてくれなくてもいいが、持ちつ持たれつの関係があるんだな?」
「教えてもいいが、それを知ってもおまえに有利になることはねえからな。やめとく」
「あいよ」
……この言い方がズルいよなあ。俺が借り作ったみたいな感じになるもんなあ。
けど、特に不満なく受け入れちゃうんだよなあ……。
「まあ、上からっつーか下からっつーか、めんどくせえお客人が来ててな。おまえ、ちょうどいいし見世物にならねえか?」
「見世物ってことはコロシアムか」
「そうだ。おまえだけじゃねえしな。大トリにはなるだろうが」
カルタゴの地下にはコロシアムがある。
正しく言えば、カルタゴの地下に広がる地下世界側にコロシアムがあるのだ。
もともとは旧文明時代に裁判で使われていた歴史がある施設で、一部のスラム的なところでは似たようなもので拳による決闘裁判があった。
それらが長い歴史の間に複合的に絡まり合って、いつからか拳闘を始めとした武闘及び舞踏など、一定以上の広さを必要とする遊技場的な立ち位置になっている。
「そんで、お相手は?」
「それなんだが――」
「ウチの孫ではいかがです?」
「ヤン?」
「爺さん?」
「おじい様?」
後ろにいた爺さん、唐突に孫を売る。
訊ねたられたのは俺だろうか、支部長だろうか? 支部長の方を見ると、こちらに向けて顎でしゃくられたので、俺が答えていいのだろう。
「そりゃあまあ、リンリンがお相手なら嬉しいところだが」
「では決定ということで」
「おじい様⁉ 私には支部長の護衛が――」
「そんなものはワシがやる。……嘆かわしい。実力で勝てぬからと、口で蔑むようなことしか言えんか」
「ぐっ、そ、ういうわけ、では……」
「ガタガタ文句を言うでない。リンリン、黙ってミナト殿と戦え。なに、今の彼が相手ならば、勝ち筋はあろうよ」
「――――ハ」
とんだ食わせ物? いやいや、爺さんは元から食わせ物。
どうやって察した? 俺の切り札のひとつ「起死回生」が今は不活性化していることに。
おかげ様で、負傷からの再生力が大幅に落ち込んでいる。
今なら、俺を殺せる確率が大きくアップだ。ピックアップ中といっていい。
ああ、ああ、嬉しいなあ。
爺さんの一言から、殺気の立ち昇る気配が、ひとつ、ふたつ……三つめはリンリンで、引っ込んだ。なんてもったいない。
でも、いいんだ。
求められるっていうのは、幸せなことだよな。
「……なんて顔して笑ってんだか、おまえら」
いやいや、支部長。これは笑うから。
嬉しいと人は笑うだろう? これはそういうことだ。
俺に殺気を向けてきたのはアシラとクーン。
二人とも男性で、アシラはカルタゴ出身で元トレジャーハンターギルド。クーンは別の都市で元傭兵ギルド。
だからアシラは肌黒だが、クーンは黄色人種。
かつて俺とリンリンが戦り合った、後に言うところの「絶壁事件」あるいは「偽乳騒動」で巻き込まれた二人。
単純に俺とリンリンを止めるつもりだったのだろうが、ちょっと俺がエキサイトし過ぎて二人ともボッコボコにしちゃったんだよね。
しかもエキサイトしてるくせに、リンリンの胸パットを見て我に返ったという。半死半生になって二人が浮かばれないというものである。
「支部長。おれも参加させてもらえんすか?」
「僕もお願いできますかね? このガキ、ぶっ飛ばしてやりたいんですよね」
「馬鹿野郎。却下だ」
「えー」
「ミナトは黙ってろ」
いや、個人の意見はもっと尊重すべきだと思うんですよ。
それを聞かないってんなら、支部長のやってることもムーンハンターギルドのやってることと同じ――って、そうだった。
話があっちこっちに逸れ過ぎて、修正が利かなくなるところだ。
もう勝手に触れちゃったし、カレンについて聞いてしまおう。
「そんで、なんだってムーンハンターギルドはカレンのことを邪魔してるんだ?」
「俺の姪だって話しただろうが」
「支部長の姪だったら、普通は甘やかすというか、おもねるのでは?」
はて、わからぬ。
首を捻っていると、ロキが近寄ってきた。
「ミナト殿は知らないようですがね。ギルド本部は行政と折衝などするのですよ」
「それくらい知っとるわい」
わあ、驚いた顔をされたよ。失礼な。
……何故、ほぼ全員が驚いている。各ギルドが何をしとるかくらいわかっとるわ!
「じゃあもうちょっとわかりやすく言おうか。行政……つまり領主と話し合いとかするってわけ。じゃあ、こっち側もそれなりに格が必要だと思わない?」
「そらまあ、なあ」
「そんなわけで、我らがハンターズギルドカルタゴ支部のメイサ支部長はカルタゴ市の領主の弟ってこと」
「は?」
ん? なんか変なこと言わなかった?
「支部長って名前メイサなんだ」
「そこかよ!」
「まあ支部長呼びだもんね、みんな」
ロキも俺の意見に賛同しているし、他のメンツもだ。
いいのか幹部たち、それで。
ちなみにリンリンは目を逸らしているし、口笛を吹こうとして失敗している。
「こんなのでも、領主様の弟なんですよ」
「こんなのって言うんじゃねーよ」
ロキが支部長の肩を叩き、支部長はへの字口。
「ええええええ……」
「つまり、カレン嬢は領主様の娘だね。ちなみに長女だよ」
「えええええええええっ⁉」
「なんなら、各都市の代表やら領主やらってのは地下世界と繋がりが深いからな。ウチ……カルタゴ家は一応、旧文明時代に乱立してた王家のひとつだ。つまり、カレンは王族で王女。お姫様ってことになるな」
「えええええええええええええええええええええっっ⁉」
「……ここまで取り乱すミナト殿を初めて見ましたね」
「ミナトも人間だったんだな」
「なんで領主一家のこと知らねえのに繋がりだけあんだこいつ」
そんなこと言われても!
「カレンとか見てみろ! どこにお姫様要素があるっていうんだ⁉」
「最近はアレだが、昔はまあそんな感じだったぞ。多少おてんばではあったがな。兄貴はおまえの影響だって言ってるな。おかげで俺が責められるんだ」
「ええええええええ……」
いやいやいや!
「だってあいつ、島で飯食った後で尻掻きながらゲップしてたぞ」
「いや、そりゃあ……お姫様だってゲップくらい……」
「それは……うん、ミナトくんは悪くないかもしれませんねえ」
「そこで『ほら!』みたいな目をしてるが、それもおまえの影響あるだろ。少しは」
悲報。カレン嬢のせいでミナト氏に冤罪が掛けられた模様。
これは責任取って身体で払ってもらわねば。
「まあそういうわけで、カレンがムーンハンターになるの自体が大反対の嵐だったわけだ」
「そらそうなるわなあ」
むしろ、よく許されたな。全ハンターの中で一番死亡率高いだろ。
これはムーンハンターが月の欠片を求めるためだ。すなわち、プレデターと競合するため、必然的に連中と争うことになる。
いくらプレデター戦を得意とする甲種傭兵であろうとも、一撃でももらえば通常死ぬような火力を持つ相手と戦うのだ。ちょっとのミスで死ぬのだから、そりゃあ一杯死んでいる。
俺がカルタゴの傭兵ギルドでトップクラスなのは、強いからではなく、生き汚いからだ。
「身体強化」と「起死回生」のシナジーによってゾンビよろしくしぶとく生き残るからだ。
純粋な火力だけ、あるいは戦闘技能だけでいうと、俺より上はもっとたくさんいるしな。
「本人の意志が強かったからな……」
「それで支部長がヤンさんやクーンさんに話を聞いたんだよ。今の甲種一類傭兵で一番イキの良いやつはどいつだ、って」
「人のことを釣りたての魚みたいに……」
「似たようなもんだろ」
いや違うだろ。
違うよな?
違うのか?
……いや、違うわ! 洗脳されるところだったわ! 誰が魚類やねん! ギョギョギョ!
「ミナトはあの条項をカレンが飲んでびっくりしてたみたいだがな、事前に言い含めてあったんだよ」
「なにを?」
「貞操の話に決まっているでしょう? ノンデリですね」
リンリンが口を挟んできた。ついでに直截に悪口言われたぞ!
「どれだけ信用できようができまいが、年頃で健康な男女が二人で行動するんだ。何が起こってもおかしくない。だからその辺りはカレンに言い聞かせてあったし、兄貴も覚悟してる。今後、カレンが身ごもっても家は継げないんだ」
「……なんちゅー覚悟してんだ、あいつ」
まあ、カレンは誰にも渡さんが。
今更というか、どうでもいい話だな。
「…………って、思ってたんだがなあ」
「ん?」
「いや、ほんと……なんでおまえ、抱いてないんだ⁉」
「……それ、身内のあんたから言うのか?」
「馬鹿野郎! おまえが抱いてねえってことは、あいつ生娘のままだろうが! 政治的価値が出てきちまうんだよ!」
「……は?」
は?
「あ、そうですね。うわあ、タイミングが悪い」
「あのボンクラがいたな」
「地上には来ていないし、誤魔化せないか?」
「無理でしょう。カレン様は領主一族です。縁を切ったわけでもありませんし」
は?
「あ、いや! なんとかなるかもしれん!」
「ああ! コロシアム!」
「これは……アシラとクーン、二人にも参加してもらうかもしれんな」
「おっ! いいんですかい!」
「ふふっ! 腕が鳴るね」
なんか、俺の知らんところで話が進んでいる!
けどまあ、戦う相手が増えるのは良いことだ?
「そうだ、ミナト。おまえ、バケモノの真似するの得意だろ? 得意のそいつで厄介なお客人に釘を刺しとけ。『カレンに手を出そうなんて思うな』ってな」
ああ、ああ……そういう、こと。
ようやく理解できた。
そして、納得。
なるほど、なるほど。
なぁる、ほどぉ……。
随分、俺に優しくなったじゃないか、世界。
「俺はバケモノの真似が下手だと、最近言われて気付いたぞ?」
「へえ?」
受けて、立つ。
「そいつ曰く、『ミナトはバケモノみたいなのではなくて、バケモノそのもの』だってよ」
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