018

「重量級プレデターが二体に加え、使役型でパラサイトタイプの重量級プレデター? 頭が痛くなる話だな……」

「……悔しいですけど、あの品性のない男はあれで一流傭兵です。戦闘関連の嘘はつかないでしょう」

「俺だって疑ってるわけじゃあねーんだけどな……」


 なんで俺は今さらっと罵倒されたんだろう……。

 完全に予想外のところで流れるように言われたから、反応しきれなかった。怒りも湧かない。

 いや、それとも誉められた? 難しいところ……。


「ミナト殿。島自体のプレデターの平均レベルは?」

「結構高めだな。遺跡型プレデターがあることを踏まえると妥当な難易度だろうが、いかんせん距離があるだけじゃなく、島なんだよな……。ぜんぶの要素を合わせると、相当厳しい」

「……なるほどねえ」


 ロキも眉根にシワを寄せながら親指の爪をガリガリ噛んでいる。

 他の幹部連中も似たような様子だ。

 俺の後ろの爺さんだけは余裕めいた表情。


「爺さんは行かないからって余裕だな」

「老体に船旅はしんどいものがありますから。お断りさせていただきます」


 どこのギルドであっても、ギルドメンバーに無理強いは基本的にできない。

 ただし、その強権を押し付けることができるのが「月の欠片」というパワーワードだ。さすがに月の欠片が懸かっているとなると、事態は個人ではなく人類全体規模の話になる。

 そうなると、「僕はイヤでーっす★」とか言っても「アホかおまえ」と殴られて言うことを聞かされてしまうのである。


 ちなみに俺を動かしたいならカレンをどうこうしろ。

 でないと動く気はない。


 ギルド本部で、しかも幹部たちが揃っている。

 この状況なら、聞けるか……?

 何故ムーンハンターギルドはカレンをあそこまで遺跡から引き離すのか。


 いい加減におかしいし、ギルド本部も黙認しているのが不可解だ。

 ギルド本部支部長のおっさんのことを俺は多少知っているが、カレンに限らず誰か特定の人物を迫害するのに加担するような狭量な人間ではない。

 むしろ手を差し出す人間だ。

 そうでなければ、ハンターズギルドなんていう、一番面倒臭いギルドの支部で頭を張ったりしないのである。


「…………」


 その一方で、俺が動けないのにもわけがある。

 ただ聞くだけでカレンに教えなければいい、という話ではない。

 俺が聞いた時点で、話は動くのだ。


 そうなると、ムーンハンターギルドに話が行き、カレンに許可を出すかもしれない。

 きっと、カレンは喜ぶだろう。


――だが、俺が良くない! 


 俺はまるで楽しくない。いや、喜ぶカレンを見るのは楽しいが。


 カレンには今の調子で俺に依存して欲しいのだ。

 俺なしではいられないように。

 俺以外になど頼れないように。


 ある意味で、魔剣くんは良いかすがいになってくれそうだったから受け入れた。

 実際に有能だったし、彼はいい。


 仮に許可が下りたとして。

 遺跡を調査するだけならまだ我慢できるが、月の欠片探しに同行なんてされてみろ。

 というか、許可が下りるのならば、同行させられるに決まってるんだよな。甲種一類の傭兵のこの俺を連れ出さない理由がない。

 だって俺もカレンも、あの遺跡型プレデターを発見した張本人なのだから。


「そういえば……」


 さてどーすんべ、と考えていたところで、支部長がやけに呑気な声を出した。


「ミナト。おまえ、そろそろカレンを孕ませたか?」

「ブフゥッ⁉︎」


 なんか急にすごいこと言い出しましたよこのオヤジ⁉︎


「支部長……」

「いや、身内の話だしな。本人には聞けないだろ?」

「それはまあ、そうなんですけど……」

「はいぃ?」


 なに? カレンが身内?

 実は俺が支部長の隠し子とかそういう話じゃないよな?


 この話は俺だけが知らなかったらしく、むしろ他の幹部たちに「マジかおまえ」みたいな目で見られた。

 知らんがなそんなもん。支部長みたいなおっさんに興味ねーよ。こちとら二年前にカルタゴに来たばっかりのある意味新人じゃい。あんまり街にもいないし。


 余談だが、特定の市街に住み始めて三年経つと、正式に住民登録される。

 税金も重くなるが、恩恵も結構受けられるようになる。老後とか面倒見てもらえるしな。

 正確には老後でも働ける場所を提供される、だが。


「あー、ミナト殿。おかしくは思わなかったのかな?」

「なにが?」

「ムーンハンターギルドのことだよ。カレン嬢に当たりが異様に強いと思わないかい?」

「思わないわけないだろ。不愉快だ」


 カレンが俺に依存するから許しているだけで、普通に連中の態度には腹が立ってるぞ。


「だよねえ……」

「あそこまで露骨な態度に出るとは、俺も思わなかったんだよなぁ……」


 支部長が額に手を当てて心底深い溜め息を吐いている。

 一番大きな反応をしているのが支部長だが、ロキやリンリン含めて他の連中も大なり小なり似たような反応だ。


 ……こちらから踏み込むかどうか悩んでいたら、とんでも質問とセットで向こうから飛び込んできた罠よ。


 しかし、この反応はどういうことなんだ?

 ギルド本部ではアレを知っていて放置している。

 しかし、良いと思っているわけではない。

 何かを持て余している……? 対応を決めかねている……? なんだろうか?


「まあいいや。それで? まあさっきの反応からなんとなく察するけどよ」

「ないない。孕むもクソも、そういう行為をしてないんだから、妊娠するわけがないだろう」


 言うと、空間が凍った。


「……………………は? ミナト、おまえ、イ◯ポなのか?」

「ぶち殺すぞおっさん」

「いやいやいや! 我が姪ながら、あんなムチムチしてる良いカラダした年頃の女と、性欲垂れ流してる年頃の男がいて、何もヤらないわけないだろ⁉︎」


 誰が性欲垂れ流しやねん。

 だが言いたいことはわかる。


「そもそも! おまえとの専属契約に追加で入れたろ、あの条項! おまえのワガママで! 理解できたから、俺も許可を出したんだ!」

「あー、ね。アレね……」


 ただの護衛から専属契約の話を持ちかけられたとき、俺はひとつ特殊な条項を付け足させた。


 今から思うとなかなか酷なのだが、カレンがムーンハンターギルドで差別的扱いされていることも利用して、普通なら無理な条項でも通ると踏んだのだ。


 それが契約者である俺のシモの世話だ。

 端的に言うと「おまえ良いカラダしてるし、守ってやるから股を開け」というなんとも下種な要求だ。


 まあ、当時は専属契約やる気がなかったってのもある。カレンがあそこまでプレデターを呼び寄せる才能に満ちているとも思わなかったし。

 そうしたら条項通るし、カレンも受け入れるし。

 びっくりしたよね。


「んー、アレなんだよなあ……」


 すげえ言い難いな、コレ。


 別にその場でフルチンになれとか言われても、理由に納得できるなら照れずに脱げるのに、これを話すのは恥ずかしい。

 猥談系の失敗話って普通は楽しめるもんじゃないだろうか。


 なんだか童貞に戻った気分だ。

 まあ最初のうちの数回はともかく、すぐに傭兵ギルドで金が手に入るようになってからは娼館に行って処理しとるし、ある意味では素人童貞みたいなもんか?


 いや、ほら。

 娼館なら後腐れないし、関係構築する必要もないし。そこそこの見た目とちゃんとした技術が保証されるんだから、行かない理由がないだろう。


「というか、姪?」

「……ああ。カレンは俺の兄貴の娘だ」

「なるほど。……きちんと教育しろよ……」

「……お、おお?」


 ざっくり説明すると、まあ、カレンはミナトさんのミナトくんを見ると、そのストロングスタイルにショックを受けるのか、気を失ってしまうのである。

 これにはミナトさんのライオンハートも幼児退行してレオくんになってしまうのも仕方ない。


 カレンも子作りの知識は知っているし、それにどういうことをするのかも知っていた。

 が、あくまでも彼女が知っていたのは生物的なお話。

 コミュニケーションにおける性行為については皆目わからなかったのである。


 なんなら行為をするときは下半身だけ晒してればいいと思ってたくらいだ。上半身まで服を脱ぐ必要性が感じられないと素で言われたし。


 あの巨乳を使わないとかもったいないオバケが出てくるぞ!

 なんなら使わないもなにも、持ってない人だっているんですよ‼︎


「……ピュアボーイ? 何故いま私の方を見ました?」

「いや別に――って、オイ」


 ピュアボーイってなんだ。

 ツッコみたかったが、支部長が続けて口を開く。


「ええ……じゃあおまえ……」

「目隠ししてそっぽ向けば、手で処理するくらいはできるようになったな」


 目隠しして後ろからとかでもダメだったからな。「先っちょだけだから!」とか言うまでもなくダメだった。筋金入りのシャイガールなのだ、やつは。


「……なんか悪かったな、ピュアボーイ」

「……がんばってたんだね、ピュアボーイ。娼館オススメしようか?」

「……私は意見を変えませんよ、ピュアボーイ」

「ふざけんな貴様らぶちのめすぞ。それとロキの紹介は要らぬ」


 あと爺さん。


 握り拳を口に入れて笑うのを我慢するくらいなら、もういっそのこと笑ってくれていい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る