017

 各種ギルドは自分のところのことは自分で判断する。当たり前の話だ。

 じゃあギルド本部は何をするのかというと、ギルド全体と行政との折衝だったり、各種ギルド間の力関係の調整だったりだ。

 そこらの決定権に関して、ギルド本部は強い力を有している。


 たとえば傭兵ギルド。


 甲種をはじめとしたプレデターと直接戦り合える、新人類の中でも特に戦闘に特化した部類の人間を多く抱えており、当然ながら全ギルドの中で最も武力に秀でている。


 じゃあ傭兵は他のギルドの人間にデカい顔できるのかというと、それは違う。

 他のギルドの人間が依頼しないと、傭兵はその力の向かう先がないからだ。アホなので。


 他のギルドは街の外部での戦闘に関する一切を傭兵ギルドに振り分けることで、それぞれ自分たちにとって必要な技術や知識に全力を傾けることができるようになったのだ。


 要するにリソースの振り分けだな。

 これを行うのがギルド本部。

 つまり、普通はただのいち傭兵である俺なんかを呼び出すことなどありえないのだ。




「またやらかしてくれたな、ミナト」

「俺のせいじゃねーっす」

「いつも言っとるが、適当な敬語なら要らん。わかったな、おまえらも」


 毎度毎度とはいえ、このやり取りをしなくてはならないというのも疲れる。先に言っておいてくれないかなと思うのだが、そういうわけにもいかないのだろう。

 最初はこちらも敬語で話すという体裁を保っていないと、起こり得る問題というのは想像に易い。


 長方形の会議室には俺を除いて十人。ギルド本部の幹部勢ぞろいじゃないか。

 本気だな。……まあ、月の欠片が懸かっているとなると、そりゃ本気だわな。



 前回に月の欠片を人類が手にしたことで再現できたものは、水洗関連技術及び知識だ。

 それまでももちろん上水道下水道はあったのだが、それよりも遥かに効率が良いやり方で、尚且つ水道管も20年以上もの期間メンテナンスフリーときた。

 公衆衛生が一気に改善され、特に地下世界が恩恵を大きく受けた。


 また、まだ再現はされていないものの、現在の放射能汚染された水の浄化プラントに関しての情報もあるらしい。

 これが再現できれば、効率が二倍から三倍になるようだ。それだけ水が自由に使えるようになるということ。

 お風呂もより気軽に入れるというわけで、実用化されるのをカレンがワクワクしながら待っているのを知っている。



「支部長はわかるけど、暇なのか? 幹部全員で」

「月の欠片関連ですよ⁉ 当たり前でしょう!」


 わかりやすく食いついてくれて、ありがとう。

 オマエがこの場で俺に一番敵愾心を抱いてるわけね。知っていたが。

 ちなみに支部長は苦笑いだし、俺の後ろにいる爺さんは小さく噴き出した。


 支部長が毎回敬語関連のやり取りをやるのも、今食いついてきた女を牽制するためだった。

 他の幹部で俺に興味なくても否定でもない人たちは「またか」みたいな顔をしている。


 けれど、俺が本当に確かめたかったのは、彼女の行動を見た周りの反応だ。

 俺の言動で内心を漏らすヤツなどこの場にいないだろうが、身内の人間である彼女の言動を介したものなら……間接的に漏らす可能性がある。


 まあそういうことをした結果、特に問題なかったのだが。杞憂でした。

 彼女に嫌われているのは知っているし、なんなら自業自得。


「リンリン、少し黙れ」

「ぐっ……。わかりました……」


 ぐっと唇を噛み締めてリンリンは下がる。

 彼女は支部長の護衛兼秘書なので、支部長の斜め後ろにいるのが常なのだ。


 支部長が彼女に言い含めなかったのは、遠回しに俺へのフォローかな?

 彼女を利用して他の幹部の反応を探っていることくらい、支部長は気付いているだろうし。


 ……それにしても「三年連続カルタゴで最も憧れる女性一位」は、外ではこういう感情的なところを見せないように取り繕って生きてるんだろうなあと、なんか舞台裏というか、偽乳の真実を見てしまった感じ。


 そう、この女、偽乳なのである……‼

 以前戦り合ったときに胸倉掴んで振り回したらポロっと落ちてきたのだ!

 あれ以来、奴さん、俺を憎んで憎んで仕方がないようだ。


 関係者しか見ている人はいなかったのだし、そこまで長いこと恨まんでも。謝ったのに。

 美人さんに蛇蝎のように嫌われるというのは、それはそれでしんどいのだ。



「青いのう……」

「身内に厳しいなあ」

「身内だからこそ、ですよ」


 後ろの爺さんが祖父らしくぼそっと言っていたのでツッコんだら愛の鞭な模様。


 爺さんの孫なだけあって、リンリンも実は結構強い。

 たぶん、世間一般で思われている以上には、強い。

 少なくとも、俺と戦り合って生き残っており、尚且つ未だに敵愾心を燃やせるくらいには。


 そういうわけで俺の方はというと、彼女にそんな嫌悪感はない。なので割と質問をしたりもする。すごい嫌な顔されたけど。

 ずっと気になっていたのが、彼女と爺さんの着ている服が違うが、なんかテイストが同じなこと。訊ねると、世界崩壊前に存在した大国の伝統服を模したものらしい。


 爺さんのは鍛錬着でリンリンのは戦えるドレスの一種。

 ドレスと言われても納得するが、ワンピースの一種と言われた方が俺は肯けるかな。ドレスって聞くと、どうしてもふんわりとスカートが広がっているイメージだ。


 とはいえ、リンリンの着ている異国風ドレスも美しい。その真実はペチャパイだが。

 リンリンは自分の魅力に気付くべき。尻と、長く際どいところまであるスリットから覗く白いおみ足こそがおまえの武器だ。

 長い黒髪もいいよね。


「責任を取るなら構いませんよ?」

「あ?」

「貴方の子種なら優秀そうだ」

「……責任を取る気はないから、遠慮する」

「おや」


 油断も隙もないな。……というか、なんでわかる⁉ 俺、爺さんの方向いてないのに!

 気配? 気配なのか? 俺はいま、エロスの気配を発していたというのか⁉


「そんじゃあそろそろ聞いていこうか」

「何を聞かれるのやら……。そもそも、話せることは報告書に書いてるぞ」

「まだ回ってきてねえし、別に本人から聞けばいいだろう」


 支部長は顎下でまとめたヒゲを親指でガシガシ掻きながら、口を開く。

 こう「ザ・新人類!」って感じのおっさんが動くと、山が動くみたいな雰囲気あるな。余裕で二メートル超えてるしな、身長。


「おまえの所感でいい。欠片はありそうか?」

「あるんじゃねえの? 知らんけど」

「貴様……!」


 リンリンさん、堪え性がない様子。

 まあ俺には他幹部の反応を引き出せるから嬉しいのだが。


 ただ、あなたのおじいちゃん、ため息吐いてるよ! 帰ってから怒られるのでは?


「知るわけねーでしょや。だって俺、遺跡型プレデターの中に入ったこと一度もねえもの」

「あん? あれ、本当のことなのか?」

「ガチだよ。カレンがいるんだ。全霊を尽くす」


 俺の意識が変わったのが伝わったのか。

 はたまた覇気が漏れたか。


 一瞬で会議室が臨戦態勢になってしまった。


「――いいぞ、来るか? それも面白い」


 対人戦があるのかと思いきや、な展開だったからな。望むところだ。

 この場を切り抜き、勝利するには俺も命を懸ける必要がありそうだ。


「支部長、下がってくださ――」

「いや、なんでだよ。馬鹿かおまえは。下がってろ、リンリン」

「はうっ⁉」


 パチィン、と良い音を立てて支部長に尻を叩かれるリンリン。

 顔を真っ赤にさせ、「⁉ ⁉ ⁉」と意味がわからない様子であちこちをキョロキョロした後、涙目で俺を睨んできた。なんでやねん。


「実はそういうプレイなんですか、支部長」

「ねーよ。俺が婆専だって知ってんだろ。リンリンを相手にするには、40は歳を食ってもらわにゃならん」


 糸目の幹部のひとりが言って、他の何人かが笑って場の緊張をほぐした。

 ナイスコンビネーションと思ったが、マジか支部長? 正気か?

 俺以外にも、何人かの幹部が目をひん剥いてるじゃないか!


「おや? ミナト殿は支部長の女の好みをご存じない?」

「知るわけあるか! ついでに言うなら、知りたくなかった……!」

「クックック……どうせだし、後で支部長の行ってる娼館も教えてあげるね」

「いらねえーっ!」


 いや、マジで。

 紹介するなよ? ぶっ飛ばすぞ?

「なーんてウソウソ★ 普通に若者にオススメの娼館だよ」とか言われても信用しないぞ貴様のやつは。


「ロキ。そろそろミナトを揶揄うのはやめとけ。手が出てきそうだ」

「そうですね。僕はミナト殿に殴られたら一撃で死ぬので、やめときます」

「頼まれてもあんたに手はあげねーよ」

「おや。……これは残念と言うべきかな?」

「知るか」


 ロキは後ろの爺さんとは違う方向で胡散臭いというか……信用ならないというか……面倒臭いやつなのだ。利害関係が一致している間はいいのだが。

 とりあえず、殴ったらものすごい借金漬けにされていい様に使われる未来が見える。


 商業ギルドから引き抜かれ、若くしてギルド本部の幹部をしているやつは違う。


 あのとき商業ギルド長絶叫してたらしいけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る