015

「おー! 帰ってきたー!」

「毎度っちゃ毎度なんだが……なんか達成感というか、こう、あるよな?」

「あるな! はー、お風呂入りたい」

「水浴びはしてただろうに」

「お風呂とはまた別なんだ! わかれ!」


 乙女心を男にわかれというのは結構な難題ではあるまいか。


『アレが君たちの拠点か?』

「ああ」


 魔剣くんの触手がやってきた。何故本体を所持しているカレンの方にいかないのだろうかと思ったが、たぶんうるさいからだろうなあと予想。

 性格的には相性良さげなんだけどな。


 フライングシップの魔改造は元に戻されているので、波を切る音も元通り。というか、あまり切るといった音はしない。タパパパパって感じで破裂音多めな印象。


 スピードも以前と比べれば大したこともないし、慣れたスピードでもある。俺の方も余裕があるし、カレンが船首に行ったりと動き回ってはしゃいでいても構わない。

 むしろはしゃぎ回ってぽよんぽよんばるるんしろ。ポロリもいいよ、是非とも。


「しかし、悪かったな」

『ん? 気にしなくていいが? もともと、私が言い出したことだ』

「そうか? まあそれならあまり気にしないではおくが」


 魔改造に関しては魔剣くんもなんらかのコストを支払っていたらしく、ようやく俺たちと満足に話す元気が湧いてきたようだ。


 思えば、魔剣くんと話すのはたいてい船を降りてからだったなあと言われてから気付いたよ。

 魔改造を戻した後でそんなことを言われたもんだから、俺もカレンもびっくりした。なんとなく、プレデターだから大丈夫だろうと考えていたよ。反省。


 本人は気にしなくていいとは言っているが、今後も同じことを繰り返すのはよくない。魔剣くんもこれからは俺たちのパーティの一員なのだから。


『なかなかの活気だな』


 魔剣くんの声も明るい。俺たち以外のデータが取れるからなのか、はたまた食べ物が色々ありそうだからなのか、どっちの比重が大きいのだろうか。


「あれがあたしたちの拠点――カルタゴだ!」

「おっと!」

「はっはー! すまんな!」


 異様にテンションの上がったカレンが正面から抱き着いてきたので、きちんと両腕を使って受け止めておく。なんというご褒美!


 本人は風呂に入りたいと言っているが、別段変な匂いなんかはしないんだけどな。

 そりゃあ体臭は多少濃くなっている気はするが、カレンのそれは嫌な匂いではない。

 むしろ男の劣情を刺激するたいへん蠱惑的な香りではわわたいへんなことになっちゃいますぅぅぅ!


「カルタゴは東西に伸びた細長い都市だ! わかると思うが、北側は海に面していて大きな港を抱えている。だから漁業を主産業としている。新鮮な魚はうまいぞ!」

『それは素敵な話だな……!』


 カレンの手が魔剣くんの柄頭にあるので、彼女が説明してくれている。俺は船の操縦に集中できるのでありがたい。

 海に出てしまえば気にすることなく走らせることができるのだが、港に近くなると色々気にしなければならないことが多いのだ。

 下手に漁場を荒らすと怒られるのである。


 速度を落としながら近づいていくと、港の側からも見えたのだろう。管理者たちが出てきた。管理者という名の誘導員だが。誘導員がパタパタとオレンジ色の旗を振るので、その誘導に従って向かう。


 カルタゴの街並み、建物に使われている建材は白い石が多い。海沿いだし開けているため陽がよく当たるので、あまり暑くならないようにということだろう。

 潮風にも強くなるよう、貝殻を焼いた後で粉にしたものを練りこんだりしているのも理由かも。

 そういった背景であるため、こういう際に使われる旗などはオレンジ系の色が使われる。目立つからだ。


『階段状になっているのだな』

「聞いた話では、堆積した土砂を掘り起こしたりで随分と長い時間がかかったらしい」

『そこまでして、どうしてこの場に? 他にも候補地はあるかと思うが』

「その辺りはあたしが生まれるよりずっと昔の話だから、断言はできない。ただ、もともと人類は地中の超巨大シェルターに避難していただろう? むしろ、それだけ大きなシェルターが用意されていたのは、そこが大きな都市だったからだ」

『ああ、そうか。逆説的なのだな』


 どこかからやって来た者たちがここに街を築いたわけではない。

 元から街があって、その地下に人がいた。

 だから、地上に出られるようになった新人類たちは、その上にまた街を再建したのだ。

 そこが、人が集まるに足る街としての長所を持った場所だからこそ。


「地下も地下でおもしろいけどな」

「地上より開発進むスピードが早いのバグだろ」

「プレデターの心配がないからなあ」

『旧人類もなかなかやるのだな』

「地下世界とか言われるくらいだからな。パッと見だと、地上の方が文明が遅れてる感ある」


 世界崩壊前のものはさすがに無理だが、その後である旧時代の機械類は地下世界限定で一部使えるものがある。

 そういった文明の利器に頼ることに抵抗感を示す者が多いのは一般的に新人類、地上に出ている者たちだ。


 特に農業などを営んでいる一次産業の者たち。彼らは自分たちの手で瓦礫を掘り起こし、畑を拡げた。それを誇っているのだろう。

 だからこそ、容易にそういった作業を楽にする機械を敵視する。



「お~い! ミナトにカレンちゃん! こっちだ!」

「ローシュさんだ」


 俺たちを迎えてくれたのはローシュというおっさん。小太りの中年で、妻子持ち。結婚してからセクハラ頻度が激減したので、カレンからの評価が上がっている。

 そのためか、俺たちが寄ると彼が誘導に来ることが多い。

 こっちもこっちで、馴染みの彼だと色々任せられるので、楽でいい。

 こっちも声を張って近付き、もやい結びにしたロープを投げ渡した。ボラードに引っ掛けて停めてもらう。


「おっさん! いつもと同じ、ギルドの船だ! 任せていいか⁉」

「おうよ! おいミナト! またカレンちゃん焼かせたのか⁉ 白い肌を返せ!」

「そんな時期を俺は知らん!」

「そもそもあたし、色黒だしな」


 健康的な褐色肌、といった感じだよな、カレン。というか白い肌の時代ないのかよ。

 玉のような肌は維持しているから許せ。触り心地は良いぞ。


 俺とカレンとでそれぞれ背嚢を背負い、船を降りる。

 ローシュは誘導員であると同時に管理者でもあるので、俺たちから税金を取る必要もある。彼の目が素早く俺たちの背嚢へ向けられた。


「今回は荷物、それだけなのか?」

「まあな。少ないか?」

「おまえらにしちゃあな。せいぜい、カレンちゃんの腰の……剣? ナイフ?」

「ダガーだな。ナイフよりでかくて、ショートソードよりは小さいくらいの刃物」

「ほとんどショートソードみたいなデカさしてるけどな。それが成果か? カレンちゃんが場所を選んで、ミナトがいて、プレデターのドロップもないのか?」


 ローシュが怪しんでいるのは、相手が俺たちだからこそだろう。

 まあ怪しんだところで、どうもなりはしないのだが。


 普通のハンターたちはそこまで調査期間を長く取れない。食料調達の問題もあるし、プレデターの脅威に怯えながら調査するからだ。

 一度調査から帰ったら、一か月は街から出ようとしないのがデフォである。


 ムーンハンターの場合は護衛が甲種の傭兵になるので、もうちょっと恵まれているものの、それでもやはり限度がある。

 いや違うか。甲種の傭兵が付いていようと、ムーンハンターの場合は自分から危険地帯に向かうのであまり関係ない気もする。最もプレデターと遭遇する確率の高いハンターだからな。

 けどムーンハンターたちは帰還しても一か月もしないうちに次の調査に出ようとするし、やっぱりどいつもこいつもイカれてるのかもしれない。


 じゃあ俺とカレンはどうなるのかというと、まあ……うん。



「またカレンがやらかしてくれたからな。途中で調査終了だ」

「やらかしってなんだ! やらかしじゃないだろ!」

「えっ? まさか、またなのか⁉」

「なんで伝わるんだ⁉ 失礼だな! 失礼だな!」


 カレンがぷりぷりしている。俺もそのぷりぷりの尻を掴んでぷりぷりしたい。

 あ、マズイ。この位置関係だと反撃の蹴りで海に落とされる。ここは我慢。


「そういうわけで、成果物というと大した量がないんだ。一応、いつも通りにドロップでデカいやつは船に乗っけたままだ」

「そうか。まあ、おまえらの場合は誤魔化しとかしねえだろうけど、一応な」

「仕事だろ。そりゃそうだ」

「そう言って理解してくれりゃあ、おれも楽なんだがなあ」


 まあ税金回収って普通に損な役回りだよな。絶対嫌がられるし。


 当たり前だが、この場で払うわけではない。各ギルドに請求書が行くのだ。

 まあ俺は傭兵の任務として同行しているので、諸経費としてムーンハンターギルドに俺の分もいく。


 ここで払う税金は街への入場税と、それに加えて関税。

 とはいえ関税は一定以上の荷物があればの話で、背嚢に入る程度なら見逃される。

 どうにかして誤魔化そうと背嚢をパンパンにして、帰って開けたら潰れて壊れていたなんて話を聞いたこともあるので、俺は素直に支払う派。カメラ壊したらまずいし。



 港から街へ向かう門で歓迎されつつ、書類に名を書いていく。

 散々書いているから自分の名はそれなりにきれいに書けるが、それ以外となると不格好だ。

 カレンはハンターなので非常に流暢に、きれいに整った文字を書く。報告書とかあるしな。


 ちなみにこの門でカレンが署名を書こうとすると、高さの関係もあり、だいたい机との間で胸が潰れる。

 そしてそれを目にしようとする男どもが集まるので、非常にむさいことになる。

 それだけのために集まるとかバカなのかな。


「うし。署名もらったな。門開けろー!」

「うん。ありがとう」

「おうよ。……そんでミナト、今夜はどうだ? 飲みに行くのか?」


 カレンを相手にするときはやに下がった顔をしていた門番が、俺を前にすると挑発的な顔になる。なんだこれは。これが……差別!

 などという冗談はさておき。


「悪いが、今夜はやめとく」

「なんだよ。また勝負だと思ったのによ」

「また今度な」


 報告内容が遺跡型プレデターの発見だ。まだわからないが、もしかしたら俺も拘束されて話を聞かれるかもしれない。

 いや、話は絶対聞かれるのだが、それがいつまでかかるかという話。


 ちなみに門番の誘ってきた勝負だが、どっちがより早く、より多く酒を飲めるかというもの。

 そして負けた方が、その後の娼館でのキャッキャウフフ代金を二人分支払うのだ。まあ最低金額だけで、オプションなんかは自腹である。


 俺が外から帰ってきたばかりで溜まっているからと、この門番はいつもいつも誘ってくるのである。そしてアルコールから離れていた期間があるからか、俺はそのタイミングだとお酒に弱くなっているのだ。


 まあ気にかけてくれるのはありがたいが、次々と新しい娼館を発掘しているのは正直どうなんだ?

 地下世界の方にまで食指を伸ばしていたときはたまげたぞ?



 なお、このことはカレンにはバレていない…………はずだ。

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