014
タブレットで周辺地図を広域で表示させ、フライングシップの速度を高い状態に保ってひたすらに進む。
風を切って進むと、海特有の潮臭さが然程気にならない。吹きすさぶ風に髪を揺らし、水飛沫が頬に当たる。もともと想定していた船の速度ではないので、まともに目も開けていられない。
本来なら砂場や埃、鱗粉などが充満しているエリア用のゴーグルがこれでもかってほど役に立った。
「おーいー!」
ぜんぶ俺の話ではなく、カレンの話だが。
とはいえ、俺だってゴーグルなりなんなり、文明の利器はないよりはある方がいい。
平気なことと耐えられるということはイコールではないのだ。
「こらー! 無視すんなー!」
「今は操船してるからちょい待ってな」
「嘘つけ! 絶対余裕だろうが!」
暇なのか、はたまた昨日と同じく船から落ちることを危惧しているのか、カレンは今日も俺のそばにやってきている。
わざわざそばにやってきて姦しい声を上げるくらいなら、密着して脅威のぽよんぽよんで操船に神経を使っている俺を癒してくれてもバチは当たらないと思うのだが、そういうサービスは提供していない様子。
カレンさんは全年齢対象ですかそうですか。お子様も安心、と。
「余裕がないとは言わないけど、前ほどではないな」
「なんでだよ」
「単純に、慣れてない。速過ぎる」
「あたしは慣れた。もう酔ったりしないぞ」
「そりゃあ重畳」
魔改造された直後はテンション高かったのになあ。
ちなみにカレンが船から落ちそうになった理由はエレエレ吐いていたからである。
まだ俺が飛び跳ねるフライングシップの操船に慣れていなかったせいでもあるが、上下に揺れるのが彼女の三半規管にダイレクトアタックでメルトダウンのダーティスプラッシュ。
だが、ほとんど旧人類と変わらない身体能力だとはいえ、彼女もまた新人類。新たな環境に放り込まれたとしても、数日くらい時間があれば身体が適応する。
「おわっ⁉」
「っと、すまんな」
近くに何かいるなとは思ったが、さすがの俺も海中の気配までは詳しく探れない。まして、これだけのスピードで動いている状態だ。
俺が陸の上を割と真面目に長距離走しているときくらいのスピードが出ているんだぞ。こんなスピードで動けているというのに、ラージの消耗だけで済むというのはありがたい。
その生き物が海中から姿を出した。その波で着水直前だった場所がズレた。おかげで船が大きく揺れてしまい、バランスを崩したカレンの腕をキャッチして事なきを得る。
……失敗したなあ。肩ごと抱いて胸を触るか、腰に手を回して尻かふとももを撫でればよかった。反射的だったから、普通に助けてしまったよ。
なお考えていることはぜんぶバレている様子で、ジト目で睨まれた。何故だ。
「驚かすなよ、イルカくん」
「イルカかあ……かわいいよなあ」
「食べではあるよな」
「食わねえよ⁉ あたし調理しないからな! 狩んなよ⁉」
「狩るとか無理だろ。海だぞ」
海中ならば、陸上よりも特殊放射線の影響は小さくなる。海水が緩衝材になるからだ。
それでゆっくり慣れていったのかどうかは定かではないものの、海中で暮らす生き物たちは陸上のそれと比べてあまりにも多くの種が特殊な細胞を手にし、放射線を克服している。
まあ何十倍以上もの数が汚染されて死んだのだろうが。いや、もっとかな。
陸ですら満足に活動できていない俺たち新人類が、海にまで捜索や研究の手を拡げるのは非常に難しい。
全方向に対して、シンプルに難易度が高いからな。呼吸できんし、身動きも自由に取れんし、範囲広いし。
そのため、研究というにはあまりにも拙い感想文程度、というのが現状の新人類の海洋生物への調査段階。
俺たちみたいなムーンハンターと傭兵コンビのように、人類の活動拠点から遠く離れた地へと探索に出られる者たちの持ち帰る話を聞いて論議する程度なのだ。
いや、そりゃあ依頼があったりはするよ? でも受けようとする者はとても少ない。
単純に報酬金と危険度が釣り合っていないし、必要経費がかかり過ぎる。
世界崩壊前と違い、カメラの類なんて超が付く高級品だ。なんせ、基本的に前文明の機械類は稼働しない。だから今の文明で手に入る素材をどうこうして無理矢理やりくりしている現状。
それでも「月の欠片のためなら」とすべてをひっくり返す可能性のある財宝のために、採算度外視でギルドは協力してカメラを再現させた。
時折遺跡から発掘される前文明の写真に比べればあまりにも精度の悪いそれだが、確実に人類が文明を取り戻そうと踏み出した一歩の物証だ。
数の少ないそんな希少品を、俺は保有している。正確にいうなら傭兵ギルドから貸与されている。
万が一紛失したり壊してしまっても弁償する必要などないが、たぶん死ぬほど説教されるので避ける方向で。
理由は単純明快。遺跡型プレデターを発見したときなどの証拠を残すためだ。
遺跡型プレデターの認定権は傭兵ギルドしか認められていないので、必然的にカメラも傭兵ギルドが管理することになっている。
トレジャーハンターギルドとも揉めたと聞くが、まあそれはどうでもいい。
「……で、話が戻るんだが」
「ふんふん」
イルカくんが去ってしまったので、また相手をしろとカレンが騒ぎ出した。仕方ないので海洋研究が進んでいない理由を話していると、どこからか魔剣がコロコロと転がってくるではないか。あっちもあっちで興味が湧いた様子。
単に放置されてさみしくなったとかではないだろうな、プレデター?
「それでなんと、海洋学者とか海洋生物研究者の方々、傭兵ギルドに依頼を出したんだ。自分たちが調査に出るから、護衛が欲しいって」
「……普通じゃないか?」
まあそれ自体はおかしくはないのだ。現に今もあるし。
「普通じゃないのはその後でさ。連中、当然のようにカメラを借りようとしていたんだよな」
「え”……?」
甲種一類の傭兵でも、全員にカメラが行き渡っているわけじゃない。あくまでも遺跡型プレデターを発見する可能性の高い者たちだけに、の話なのだ。
ちなみに俺の場合はカレンと組んで最初のひとつを発見して以降、携帯必須だと言われてしまった。取り扱い研修をもう一回やらされて面倒だったんだよなあ……。
「カメラの件ってめちゃくちゃ騒ぎにならなかったっけ?」
「なったなあ」
カメラが実用可能になり、さらに量産して傭兵ギルドで取り扱われるようになったのは今から十年ほど前になるか。まだ俺もギルドに所属していなかったし、カレンも同様だろう。年齢的に。
それでも覚えているくらいには、大騒ぎだった。当時の俺は今の拠点ではなく別の活動拠点で育っていたが、どこでも共通で大騒ぎだったと聞いている。
「言い訳としては『もうかなり普及していて、傭兵ギルド員ならみんな持っていると思っていた』ってさ」
「そりゃあ総スカンだわな」
俺だって早く普及してもらいたい。もっとパシャパシャ写真が撮れるようになれば、カレンが水浴びしたり着替えようとしているところを何度だって見返すことができるようになるのである。
……ああ、いや、現像するときに確認されてしまうのか? それは駄目だ。
少し考えたが、無理だなと諦めた。カメラを使うのは傭兵で、写真の現像に関してはギルド職員だと厳しく管理を分けられているのである。
今の俺みたいに趣味で使わせないようにするためだろう。おのれ、ケチくさいことを。
「だけど、別に傭兵ギルドだって連中とケンカしたいわけでもないだろ? だからそれとなく言い含められてんだよ。『もしよかったら、海関連の情報とか物とか、余裕があったら持ち帰ってあげてください』ってな」
「それ、報酬とかあるのか?」
肩を竦めておいた。
ギルドとしては恩を売れるかもしれないが、傭兵に恩恵はない。
「ただ、場を斡旋してくれるからな。そういったおしゃべりをするだけでただ飯ただ酒が好きなだけもらえる」
「場所の指定はできないんだろう? どうせ安いところだろうに」
「俺は食えたり飲めたら、それでいいからなあ……」
「だめだ! あたしが我慢できん! ……矯正してやるからな」
「……お手柔らかに」
何故カレンが怒るのか、それがわからない。
とりあえず、俺はうまい飯が食えそうなので大歓迎といったところ。
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