013
「ある意味ではパラサイトタイプが大基になっている証左でもあるのかな。君は擬態がうまいな」
えー。
プレデターに人格判断をされた結果、人類外疑惑された甲種一類傭兵ミナトです。
中継は異常です。まだ続くので以上ではありません。オーヴァ。
「自分を誤魔化すべきじゃないね。カレン嬢が大事であるなら、余計に」
「…………」
シードがしているように、俺もアルミカップを持ち上げて薬草茶を口に含む。
もう、とうに冷めてしまっていて、渋みが出ていた。
若干眉を顰めたが、飲み干す。
目の前のシードはゲホゲホと咽ていた。
「考え方を変えてもいいね。君はヒト型プレデターを操縦しているんだ。人類として」
「そういう風に器用に考え方なんざ変えられねえよ」
「おや、そうかい? それはまあ……人類とプレデターとの差異かな? 我々は固執という感情がないからかな? 違うのだと察したら、すぐに考えを変えるが……」
……ちょっとばかり、安心したよ。
肉体がプレデターとは言われたが、精神的には人間でいられたらしい。
自嘲の嗤いが漏れた。
どうも、人間離れしていたのは自覚しつつも、人間でいたいと思っていたようだ。
なんて弱い。
……そういう意味でいうなら、たぶん。
俺はシードよりも、カレンよりも、弱いのだろう。
「……それで?」
「……うん? ああ、カレン嬢のことか」
ああ、そうだ。
俺のことなど、どうでもいい。どうでもいいのだ。
それよりも、カレンのことを。
「さっきも言った通り、カレン嬢あるいは新人類の女性は、肉体的にはほとんど旧人類のままだ。だからこそ、肉体的にプレデターと化している君にはしんどいだろうね。だって君、ヒトの街にいたらご馳走がそこら中をひっきりなしに走っているようなもんなんだろう?」
そう告げられたのは、初めて、ではない。
けれども。
甲種一類の同類以外に言い当てられたのは、初めてだ。
「……他の甲種一類のやつらも言っていたよ。餌だらけにしか見えないってな」
「だろうね」
なんとなく、瞼を閉じてしまった。
自嘲の笑みが零れてくる。
基準はきっと、殺せるかどうか。
気が付けば視界で蠢く数多の生き物が、すべて殺せる対象になっていた。
ごく自然と、視界に入るあらゆる対象の識別の最初の段階として「殺せるかどうか」があった。
俺は孤児院で育ったから、その異常性に気付けた。
何故、つい昨日まで自分に懐いていた子供たちを「殺せるかどうか」で判断しているのか。
急激に変化した他者識別基準の異常について。
悩んで、悩んで。
誰にも話せなくて。
最終的にすべてがどうでもよくなって、孤児院を出ることにしたのだ。
此処にいたままというのが、一番最悪な選択肢を引くと察して。
そう、結局のところ――俺の人生はやけっぱちの投げっぱち。
どうでもいいや、と運命に運否天賦を任せているに過ぎない。
……だから、なのだろう。カレンに執着しているのは。
そんなミナトという存在が、カレンだけはと欲してるのだ。
何が、とか。
どこが、とか。
そんなことはどうでもいい。
俺が、ミナトが、カレンを欲している。
それ以上も、以下もない。
そうだ。だから――
「……俺がカレンを殺すだなんて、ありえない」
「その通りさ!」
シードは強く言い切る。
「君がそう断言することこそ、人類であることの証明さ! どれだけ肉体的にプレデターであろうと、欲求に苛まされようと、君は君自身のまま、人類なのさ!」
自分の半生が肯定されたようで、気分がよい。
けれども、そんなことはどうでもいい。
「いいから、カレンの話をしろ」
「……必死だねえ」
「今の話でわかってんだろ。俺には、カレンしかねえんだ」
俺を人の側に引き留めているのはカレンがいるからだ。
カレンがいないというのであれば――この身は戦闘欲求を満たすだけの化生でしかない。
「カレン嬢をはじめとして、女性の新人類は肉体がほぼ人類のまま、内側がプレデター化しているんだろう。だからアビリティも獲得しやすい。けれども、それを表に出すための経路が、性差という本来なら有り得ないバグによって止められている」
「肉体的には人類のままだから、おまえらは乗っとれる?」
「そう。完全な人類……旧人類だと無理だろう。中途半端にプレデター細胞というか寄生細胞を取り込んでいる新人類だからこそ、取り憑けるんだろうね」
パラサイトタイプのプレデターを根に考えるとわかりやすいかもしれない。俺のイメージはそれだ。
新人類の男性が相手の場合。肉体面がプレデター化、つまり金属化しているために、根を張ることができない。つまり、取り憑くことができない。
新人類の女性が相手の場合。肉体面が人間であるというのに、それと融合しているキメラタイプの細胞があるため、それを取っ掛かりとして身体を乗っ取ることができる。
男と女の差は、寄生細胞の外部が固いか柔いかの違いなのかもしれない。
「私が寄生してから判明したことだが、カレン嬢は異常だよ。もしも、これが一般的な新人類の女性だというなら、狂っている」
「どういうことだ?」
「圧倒的なラージ許容量。アビリティの種類と、質。おそらくは無自覚に内部融合で上位化も果たしていたのだろう」
「おい?」
「カレン嬢は私の目から見て、あらゆるアビリティの根幹部分――すなわち、プレデターのプロトタイプとなる細胞を有しているようにしか見えない」
「――――――」
それ、は……いったい。
どういう……ことだ?
意味がわからない。
なんとなく、胸騒ぎだけが強くなる。
心臓の鼓動がうざったい。掻きむしって取り出したくなる。
「カレン嬢の叫ぶ声にプレデターが誘因されるのも当たり前だ。本人が意識している・していないに関係なく、それは女王の上げた声だ。たとえ『至天に座す者」であろうとも、反応しないわけにはいかないだろう」
一際強く、心臓が跳ねる。
繋がった。繋がってしまった。
カレンと、「至天に座す者」と、俺が。
どれだけ喘いでも酸素が供給されない。
宇宙空間を泳いでいるみたいだ。
それでも。
ありったけを掻きむしって。
「どういった経緯なのかはわからないし、どうでもいい。ただ、事実として、カレン嬢の保有するアビリティの数はありえない。あらゆるプレデターの起源を取り込んでいるとしか思えない。どうしてヒトの形をして、新人類として生を受けたのかわからないが、コレはプレデターの究極形にして起源なのだと思うよ」
それすらも、シードの導き出した答えの前に叩き伏せられる。
抗う術もなく、自然と視線が足元へ向かった。
「……ひょっとすると、カレン嬢を殺したいと思うミナトくんの反面、守りたいという思いはここから――」
「オイ」
足元へ向かった視線が上を向く。
シードを睨み、頼りない自我を支える。
そこだけは、否定させてはいけない ――!
「失礼。今のは私が悪かった」
「……おい。文句くらい言わせろ」
「……? 時間の無駄だろう?」
これだから理系の人間は……!
情緒ってもんを理解しろ……!
「私も寄生するまでわからなかったくらいだ。『至天』といえども、気付くのは難しい」
「つまり?」
「カレン嬢の声で焦燥に駆られて、『至天』を含めたプレデターが集まる。けれども、そこに女王の姿はなく、あるのは滅ぼすべき人類の女が一体。……どうなると思う?」
「……そういうこと、か!」
女王だの王だのは関係ないのだろう。あくまでも、「至天に座す者」すらも従えさせられる強権という意味でしかない。
「結構な感情のこもった一言が必要だろうが――発せられれば、フォーマルハウトはやってくる。そうすれば、すべては終わるだろう。可能性はないと言ったが……ミナトくんが戦うとしても、今度はカレン嬢が問題になる。フォーマルハウトからすれば『自分を騙して誘き寄せた憎き相手』となるだろうしね」
「……だから、今言ったのか?」
「そうだ。こんな話、他に人がいる場所では話せない。そもそも、他に人がいるような場所にこのまま向かったところで、もう終わりだ」
シードもカレンのことをよくわかっている。
「私も、ミナトくんも、周囲の犠牲や被害など気にしないだろう。けれども、カレン嬢は違う」
ああ、そうだ。そうだろうよ。
カレンは気にしてしまうだろう。
自分がメシを食う実感も得られないというのに、プレデターにその身を預けてしまうくらいのお人好しだ! 自分で作った料理だというのに……!
誰よりも! 食事に拘っているのは自分なのに!
「今のうちに、どうするべきか。答えを出しておく必要がある」
「……俺たちが、二の足を踏まないうちに?」
「そう。事が起こってしまえば、事態は迅速だ。悩むなんて贅沢は与えられない」
フォーマルハウト。
そう、フォーマルハウト。
すべては貴様に帰結する。
「それで?」
「む?
「フォーマルハウトの情報を、寄越せ」
そこに戻るのだろう? フォーマルハウトの話に。
俺が単独で倒せるならば、問題はなくなる。
「闇夜裂き断つ燎原の星」だなんて痛々しい名を名乗ってる恥知らずの話だ‼
「なんだと⁉ カッコイイだろう⁉」
「ええ……」
プレデターとはどうもセンスが違った罠よ……。
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