012
「至天が第八席『
シードはこちらの様子を見つつ、
だが、わかっているのだろうか? 危機感を煽ろうとすればするほど、俺のボルテージが昂まっているということに。
「はぁ……」
わかっていたらしい。
「仕方ない。わかりやすく言うと、だ。至天の連中がどれだけ強いかというと……」
「いうと?」
いったん口を止め、シードは空へ向けて指を指す。
何を意味しているのかわからず首を捻ったが、その際に目線が彼女の指の先に向かった。
「あ」
暗い暗い暗天の宇宙に輝く白い月。
かつて、世界崩壊前までは円月とも呼ばれていたこともある、もはや満ちることのない月。
砕けてしまった月。
「アレを引き起こしたのが、至天の連中だ。正確にいえば、他のプレデターたちと隔絶した力を持っていた最高位のプレデターたちが、月を喰らい、力を増した。そうして『隔絶』から『絶対的』にまでの力の差となった結果、連中は『至天に座す者』と呼ばれるようになったのだ」
駄目だ、口角が上がる。ニヤつきを止められない。
おいおい。おいおいおいおい、世界、世界よ世界さんよ。
この世は、そんなに嗜虐に満ちているのか。
そんなに、人類を絶望させたいのか。
あらゆる動植物が進化して生き延び、あるいは自然淘汰されていく中で、人類だけは独力で生き抜くことを許さないのか。
それほどの悪意を、人類に向けているというのなら――いいだろう。
受けて立つ。
望むところだ。
「いや、そういう話じゃないんだ」
「なんだよ。頭パーになって気分よかったのに」
違うってさ。手を左右に振られちゃったよ。
けど、いまだに気分はいいぞ。もうちょっと付き合おう。
「それほどのモノを相手に、カレン嬢という重荷を抱えたまま戦えるのか? 守り切れると誓えるか?」
「……あー」
それがあったかー。
まあ、たしかに。話を聞くだけでヤバいということがわかるような相手だ。
むしろほとんど具体的な情報もないのに、ヤバいってことだけはビンビンに伝わった。
「カレン嬢との護衛契約を切る気はないのだろう?」
「当たり前だ」
手放すものか。
「おそらくは、抱えて逃げることになるだろう」
「んー。おまえが乗り移って、逃げ惑っている間に一当てとかどうよ?」
「無理だな。フォーマルハウトどころか、『至天』が相手では感知されてしまう」
「感知?」
乗り移っていたとしてもシードが見付かってしまうのだろうか?
いや、シード自体はプレデターなのだし、別に大丈夫なのでは?
俺が疑問を抱いたことに気付いたシードは、まるで「かかった!」とでも言わんばかりにニンマリと笑った。
おのれ……釣った魚に釣られるとかいう意味不明な古代のことわざはこういうことか。干し肉の借りを返してきやがって。
「ここからが、私の話したかった本題なのだ」
「フォーマルハウトの話は……」
「いったん終了だ」
「形態とか戦闘方法とか……」
「終了だ。また後で話すから落ち着け。あと気持ち悪い! 離れろ‼」
ハッ⁉ 気が付けばシードというかカレンの巨乳を揉みしだいていた! なんという魔力! 肉体の制御権がシードにあってもこの魅力とはバケモノか⁉ こちとら甲種一類ぞ? 一ミリたりとも抗えんかったわ!
とりあえず、やわっこいのに弾力というか押し返す力もしっかりあって、デリシャス。
◇◆◇◆
焚火にかけたケトルでお湯を作る。
その中へ俺の背嚢から乾燥した細い木の枝を数本取り出し、へし折って入れた。
次第にエキスが抽出され、最初は濃い茶色になり、ぷーんと薬草臭い匂いが放たれるようになると、ケトルを火から下ろす。
この温度が続くと、匂いが消えるというか軽くなり、薬草臭さの中に僅かに花の蜜のような甘い匂いが感じられるようになるのだ。
色合いも濃い茶色から薄い茶色――光の加減によっては桂華色――へ透き通る。
あとは互いのアルミカップに茶漉しを使って木端を漉して注ぐだけ。
「これは……なんだか、薬草茶のようだな」
「なんだかっていうか、そのままだけど。薬草……草か、って言われると、違うか?」
「そんな重箱の隅を突くようなことは言わない」
「さよけ」
ところで重箱って何? 慣用句としては教養の一部で知っとるが、見たことなんぞない。
お弁当箱の一種ってことくらいしかわからないのである。
「長くなりそうだからな。それに、真剣な話だ」
「……驚いた。こちらの意図が伝わっていて」
「殴るぞ?」
わざわざフォーマルハウトの話を振って、俺が話を断ち切らないようにしてまでの内容なのだ。さすがに身構えるし、真剣にもなる。
数日の関係でしかないが、利用し、される関係であろうと、共に命を張った仲だ。ある程度までは心の内側にシードを置いている。
相手が真摯で臨むのならば、俺だって真摯に向き合わねばなるまい。
ちなみに乾燥した木の枝は覚醒作用のある樹液を出す毒樹由来です。
乾燥と一定以上の熱を一定時間以上加えると、毒が分解されて眠気覚ましの効能だけを引き出せるのだ。そしてそれがお茶を作るのに適している温度なので、毒素が含まれていると知っていても欲しがる人は多い。
地上だけでなく、地下で暮らす旧人類たちでも楽しめる、数少ない娯楽だ。
裏を返せば、それだけ需要のある高級品。
それを出した意味を履き違えてくれるなよ――心配は、していないが。
「まず先に言っておかねばならないのは……今から話すことは私の想像だ。根拠が薄く、証拠もない。あくまでも、ミナトくんとカレン嬢というデータしかないのだから」
「俺たち新人類がキメラタイプのプレデターと化しているんじゃないかって話だろう?」
「プレデター側か、人類の側か……どちらに寄っているかはまた別の話だが、おおまかに間違ってはいない」
まあ、俺たちに関わる話で、これだけ前置きされるとな。
なんなら俺がヒト型プレデターと言われても驚かんぞ。
「端的に、私の結論的意見を言ってしまおう。その方が、ミナトくんもダラダラせずに意識がシャッキリしていそうだ」
「わかってくれてて涙がちょちょぎれらぁ」
バカにされてる感がなくもないが、それで助かるのも確かなので文句も言えない。
いやほんと、ギルド上層部はマジでこのこと理解して?
回りくどいのよ。直截に言え。こっちを怒らせそうだってビビるくらいなら言うな。
あと何度も同じことを違う言い方で聞き返すな。耳詰まってんのか腐ってんのか。腐ってんならその耳要らんだろうから俺がねじ切ってやろうかと言いたくなる。
「……急に目に殺気が灯ったが、落ち着いたかい?」
「いや、すまん。これは俺が悪い。マジで」
いま思い出してフラストレーション溜めてる場合じゃなかったよな。
薬草茶啜って落ち着こーっと。
カフェインが含まれてて逆効果かもしれんが。
「では、私的結論を述べる」
俺が落ち着くのを見計らい、シードが告げる。
「内部的に、カレン嬢はプレデターの女王だ。そしてミナトくんは、外部的にプレデターと化している」
「………………」
……まあ、俺のことはいいよ。
いくら有用なアビリティが揃っているからといって、回復を通り越して再生しているのはおかしいと自覚していたし、周りにも言われていた。
だからこそ、俺のことをやっかみもあって「ヒト型プレデター」と言うヤツがいても放置してきた。
殴り返したら、その通りだと認めてしまいそうだから? それは違う。
殴り返したら、今後は些細な悪口雑言にでも殴り返さなきゃならなくなる。それが面倒だった。
俺のことなど、どうでもいい。
いつか、どこかで。
何者かと殺り合った果てで失う命だ。
けれども、カレンは違うだろう――!
「カレンが――」
「わかっている。落ち着け。落ち着いて、座れ。誰も話さないなんて言っていないだろう?」
俺の行動を予測していたかのように、シードは薬草茶を飲もうとした体勢を崩すことなく、空いた片手で座るよう指を差す。
ちくしょう……こう言っちゃアレだが、恰好の良い仕草をしよる……! ウインクしとるしな!
「私がそう思うに到った、切っ掛けだが……今日のことだ」
シードはそう言って、片手を上向きに開く。
「夕食の前。私は最初、ミナトくんの身体を借りようとしたな?」
「ああ。昨晩はカレンだったからな」
「そうすると、不思議なことに、私はミナトくんの身体に取り憑けなかった」
そう。
シードが俺に取り憑こうとしたが、それは失敗に終わった。出会った日のようにアビリティを弄るなどのことはできたようだが、肉体の制御権を奪うということができなかったのだ。
ちなみに、それもあってカレンは荒れ、俺が狩ってきた肉を夕食に使うことになった。カレン本人だと食えなかっただろう。またもや毒があったから。
当の本人は「味見できてないから、どんな味になってるかわからないからな! マズければいいんだ! わーん!」と騒いでいたが、バッチリしっかり美味しかったです。
「落ち着かないだろうが、まずはミナトくんの話からしよう」
「…………」
地べたに座ったまま三角座りで、両膝に肘を当てる。
そうして組んだ両手の甲に額を当てて、地面の土を見た。
蟻が、歩んでいる。
自分でもどうしてかわからない。けれども、その蟻を見ていると、何故か心が落ち着いた。
知らず知らずのうちに荒れていた息を整え、僅かに顔を上げてシードに続きを促す。
「現状、私が把握しているキメラタイプのプレデターはミナトくんとカレン嬢だけだ」
「……ぁぁ」
「雌雄の性差というモノが存在する、唯一のプレデターということでもある」
ん?
「雌雄の差で、寄生できるかどうかが違う……と?」
「その可能性もあるし、ミナトくんだったから、カレン嬢だったからという可能性もある。こればっかりは、他のテストケースで情報を集めるしかないな。まあ、受けてくれる人がいるどころか、話を運んでいい相手を選ぶだけでも一苦労ではあるのだが……」
「それはそう」
「意味がない可能性もあるしな?」
「おい?」
「だってきみ、ほとんどプレデターじゃないか」
「…………」
あっさりと、すごいことを言うな、おまえ。
「自覚しているだろう? アビリティがあるとはいえ、その修復力はプレデター特有のモノだよ」
「あ”ー、ハイハイ。わかってますよ。なんとなく、おまえからキメラタイプって聞いたときから勘づいてましたよ」
目を逸らしていた。
気付かないようにしてきた。
何故か――カレンがいるからに決まっている。
俺が、俺自身が、自分をプレデターだと認めてしまったら――カレンを殺すのが、俺なのではないかと思ってしまって。
違う!
そうじゃない!
カレンを殺すべき存在こそが俺なんじゃないかって、思うのが怖かったんだ……‼
他の誰かに、プレデターに誤って殺されてしまうくらいなら、俺が殺すべきだと。
その花を手折って良いのはこの世で己だけなのだと、世界に証明するように――!
何度、夢に見ただろう。
この手で、カレンの首を捻じ曲げ、締め上げ、折り、断ち、噛み砕いてきたか。
泣き崩れる彼女を見たい反面で、俺が手に入れたいのはソレではないと拒否する自我。
相反する想いを両立するために夢想する夢。
その仮初の世界でだけ、俺は欲望を叶えられる。
そして目覚める度に、恐怖に苛まれることになるのだ。
いつかその想いが夢の帳を飛び越えて、現実に浸食してしまいそうで。
「君の不安は、おそらく起こらないよ」
「……あ”?」
おそらく、殺気が多分に乗っていただろう。
そんなドス声を受けて、なお。
シードは薄く微笑む。
「たぶん、引っ張られているんだ。我々プレデターは人類と敵対しようとする。もう、これは避けられない。因果みたいなモノだ」
「おまえは……?」
「私は例外だろう。パラサイトタイプが相手を殺そうとするだとか、自殺みたいなものじゃないか」
なるほど。
「私の言う内部的・外部的というのはできるだけ曖昧に捉えてくれ」
「……どういう?」
「変に先入観を抱かせたくはない。こちらとしても、何に焦点を置いて内部・外部と分けているのか、敢えて定めていないんだ。肉体なのか、精神なのか。細胞なのか遺伝子なのか。どれもわからない。」
「……了解」
直感を信じたいってことだな?
「私が取り憑けない対象というのは――まだ検証例がミナトくんしかいないのだが――おそらくは、新人類の男性全般だろう。逆説的に、取り憑けるのは女性全般だ」
「……問題なのは性差だと?」
「予想だけれどね」
大してよくもない頭を捏ね繰り回す。
わからなくても、自分で考えたという行為が大事だ。
それは確実に記憶に残る。
そうして出した結論が当たっていたにせよ、間違っていたにせよ……その後のシードの応えが記憶に残りやすくできる。
別段、新たに考えなくてもいい。アイデアなんかはこの世に無数に散らばっている。
俺に必要なのはその中から、今この場に相応しいと思えた光を放つ一石を見つけること。
「新人類の男は男性的形質が強くなるとか……そこらへんに関係しているか?」
「そうだね。新人類の男性はハード的に、女性はソフト的に、プレデター化しているのだろう。とはいえ、個人によって程度はあるだろうね。……アビリティ獲得率の高い者ほど、プレデター化が著しいと判断していいだろう」
ああ! そういうことかよ!
「アビリティ――すなわち、プレデターの細胞、因子だ。これが多いということは、存在がプレデター側に偏っている。だからこそ、私が取り憑くことができない。対プレデターのパラサイトタイプではないのだから、当たり前の話だな?」
「……女性の場合は?」
「女性の場合は肉体に反映されていない。女性という、プレデター細胞としてはありえない部分がバグを起こしているのかどうなのかはわからないけれどね」
シードは上向きに開いていた手のひらを閉じ、拳にする。
「どちらにせよ、キメラタイプで女性という存在は、肉体的には人類でありながら、内部的にはプレデターということが問題だ」
「ああ?」
「そこらへんが、ミナトくんの抱えている悩みに関連している」
もうそろそろ頭がおかしくなってきそう。
はっきり言ってくれんかね?
「ミナトくんの肉体は、ヒトのガワを被ったプレデターだということは理解してくれたね?」
「なんか男性とかでなく俺個人になってるけど、まあいいよ」
「経緯が経緯だからアレだけど、ヒトのガワだから、プレデターなのにそんなに壊れやすいんだろうね。その分、修復力に特化したのだろうけれど……今はこの話は関係ないな」
ああ、まあ、そうな。
プレデターの金属性ボディを考えると、俺の肉体がプレデターと言われても、納得できないくらいにはよわっちいわな。
成り立ちが細胞移植の人体実験からだし、そもそもキメラタイプという非戦闘系プレデターだから、納得はできるが。
「つまり、ミナトくんの内心はどうあれ、肉体の方が人類であるカレン嬢を殺したくて仕方ないってわけさ!」
まるで俺が犯人であるかのように、シードはこちらに人差し指を向けてみせた。
うん、まあ、間違いではないが。
ただ、犯人ではない。犯行を犯してないので。
「プレデターとしての細胞が?」
「そういうこと。遺伝子に刻まれているから、本能みたいなものだね。アビリティ操作とかで君と繋がっていると思うけれど……よく、君は人として生きていられているね?」
「はん?」
「だから、言ってるじゃないか。君はキメラタイプを通り越して、ヒト型プレデターなんだよ。肉体的には」
おう。とうとうガチで言われたぞ。
それも、そこそこ信用できる有識者のご意見だ。
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