011
「ウッヒョー‼︎」
「落ちんなよー」
「そんなドジをあたしが踏むと思うか⁉︎」
「思ってるから言ってんだよ」
シードが魔改造した結果、レンタルシップはフライングシップになってしまった。
何を言っているんだと思うかもしれないが、俺だって何を考えているんだと言いたい。
『そもそも、水上を航行する必要があると考えるのがナンセンスなのさ!』
昨晩、がんばった成果でカレンにステーキを食べさせてもらったシードがなんか偉そうに言ってる。
感動して泣いてたんだよな……カレンの身体で……。
俺から見ると、作った本人が食って泣いてるからすごく微妙な気持ちになった。ぜんぶ知ってる上ででも。
ちなみに肝心のお肉は、宿泊地に選んだ島にいたトカゲくん。お肉にして欲しそうにこちらを見つめた後で駆け寄ってきたので、望みを叶えてあげたのだ。
肉に毒がちょいとばかしあったが、俺には効かないし、カレンに取り憑いたシードは「毒無効」のアビリティを発動してまで食べていた。
カレンはアビリティの宝石箱だからな……。本人に何一つ使えんというのが不憫で不憫で。
そういえば話が変わるが、世界崩壊前から残された資料で分厚いのに薄い本と呼ばれる
その中に「かわいそうはかわいい」とか「不憫はかわいい」とかいう迷言があったそうな。
何を言っとるんだと思っていたが、カレンを見ているとその気持ちがわからんでもない。
カレンさん不憫かわいい。
閑話休題。
フライングシップとはいえ、常時飛んでいるわけではない。そんなことしたら俺のラージがあっという間に枯渇する。
基本的には飛んでいるというより滑空だ。
重力と風圧とを低減させることで省エネに成功しているのだそうだが、そのふたつはそう簡単に操作できてはならないものな気がする。特に重力。
「結構なスピードが出るな」
「おい! なんだこの扱いは⁉︎ 修正を求めるぞ!」
「だめ」
基本的にカレンはオーバーオール姿なのだが、その時々で肩紐を片方外したり、両肩外ししたりする。
まあ、暑いしな。本格的な調査時はきちんとセットしているので、護衛としても特に文句をいうことはない。
で、今は緊急時でもないので両肩外しをしているので、その肩紐を飼い犬のリードよろしく俺が引っ張っている状態だ。
「なぁんで⁉︎」
「さっき落ちかけただろ」
「…………」
「文句言うな」
案の定、カレンは落ちかけた。
なんなら落としてやればよかったか? けど、カレンを落ち込ませたいわけではないしな。
そもそも、助けられるのに助けないのは護衛としてよろしくないし。
などと考えていると、カレンがへの字口でトテトテとこちらにやってきた。
「ん? 気を付けていて、範囲内なら別に自由にしてていいぞ。さっきのアレは冗談だ」
「……いい。落ちないつって、落ちかけたのはあたしだ。油断した。ミナトのそばにいる」
「まあ、それが一番安全だろうな」
わしわし髪を撫でてやると、やめろーと言いながらも笑顔になってくれたのでよしとする。
普段はポニーテールにしてるから撫でにくいが、今日は降ろしているので撫でやすい。
カレンは結局その場に腰を下ろして、俺の足に掴まって両膝立ちで景色というかスピードを楽しむことにしたらしい。
こちらとしても、目を離しておけるので満足。
「ところで魔剣くんは?」
「拗ねたらしい」
意気揚々と今回の改造を語り掛けてきたのだが、俺は興味ないし、カレンもアビリティ関連は興味ないしで、聞いてくれる人がいなくて拗ねたみたい。
カレンの腰の鞘の中でうんともすんとも言わなくなったらしい。
「腹が減ったら騒ぎ出すだろう」
「そうだな」
魔剣相手に言うセリフではないよなと思うが。
◇◆◇◆
『人のことをなんだと思ってるんだ。その程度で拗ねるものか』
拗ねたわけではなかったらしい。
あと「おまえ人じゃねーだろ」とツッコもうかと思ったが、言葉のアヤだしやめた。
翌朝になって、腕の中からすり抜けていったカレンを追いかけようと思ったら、魔剣くんが賑やかで「どうした機嫌は治ったのか」と訊ねたらこれである。
『敢えて昨日は言わなかったのだが、コンパスや羅針盤というものに聞き覚えは?』
「お? やどかり問答再来か?」
『ば⁉︎ 違う! お肉を奪うのはよせ!』
違うらしい。
「とりあえず質問に答えておくと、当たり前だけど、あるよ」
『ふむ。では、何故昨日は遠洋まで出なかったのだ? 海図はあるのだろう?』
「コンパスを持っているかと問われると、困るんだなこれが」
『なるほど』
魔剣くんは、俺たちがわざわざフライングシップに乗ってスピードアップしているのに、最短距離を進まなかったことを疑問視しているのだ。
あれはあれで、俺が選んだ最短距離ではあったのだが。
いや、マジで。既に一日分は縮んでるからな。
遠洋に出られるなら、その方がいい。魔剣くんの言う通り、文字通りの最短距離を進むことができる。
ただし、遠洋に出てしまうと360度すべて海になってしまい、方向がわからなくなる。
それが怖いから、俺はなんだかんだで常に陸地が確認できる範囲での最短距離を進んでいたのだ。
『では、新たに作ったコレにも意味はあったようだな!』
嬉しそうに言って、黒い板を見せてくる。
「なんだコレ」
『地図だ』
「は?」
『見せてやろう。どうれ。ポチッとな』
何がポチッとなのかと思っていたら、細い触手ーー耳とかに侵入しそうーーがヌルっと出てきて、黒い板の角にある小さな出っ張りを押し込んだ。
「おおっ⁉︎」
『ワッハッハッ』
黒い板の片面……表面が輝き、青一色に染まる。いや、中心だけは小さく緑。
さらにその真ん中には黄色い矢印が存在しており、この黒い板の上面が矢印の先っちょに符号しているようだ。
「これ……青が海で、緑が島で、黄色いのがこの地図か⁉︎」
『その通り。この黒い板はタブレットと呼ぶように。世界崩壊前に存在していたモノを、機能を限定することで擬似再現してみたのだ』
はー! リアルタイムで居場所及び周囲を把握できる地図なんざ、ロマンも過ぎるぞ⁉︎
この驚きを共有しようとカレンに向けて走って行ったら、島にあった水場で身体を洗っていたので怒られた。
なのに、戻ってきたカレンにタブレットを見せたらお目目キラキラで興奮するんだから、乙女心は俺にはわからん。
「ちなみにコレ材料は?」
『…………』
あー、なるほど。材料ね。いるよね、そりゃあ。
カレンの問いかけに黙り込む魔剣くん。大丈夫か魔剣くん。戦えるか魔剣くん。負けられないぞ魔剣くん。君の晩御飯が懸かっている。
なお私は助けません。カレンの怒りが飛び火したら俺まで食べられなくなるので。
カレンが魔剣くんを締め上げている間に、俺はタブレットを使ってこの辺りを調べておくことにする。
いったい如何なるトンチキなのかわからんが、まさかコンパスを超えてこんな素敵マップが手に入るとは。
とんだ僥倖だが、このタブレットを使いこなすことができないなら意味がない。犬にマタタビ、カレンにアビリティだ。
「ほうほう……」
俺が動くというか、捕捉している対象はこのタブレットなわけだ。どこからとか、細かいことは考えない。どちらにせよプレデターの作るモノだ。
なんか、新しいオモチャを買ってもらった気分でワクワクするな! 養護施設でも順位が高いやつは年一で好きなモノ買ってもらえたからな!
……なかなか懐かしい気分だ。悪くない。
「………………なるほど」
しばらく弄り回してみて、ちょっとばかりはわかった。シードからすればまだぜんぜん理解できていないのに等しいだろうが、まあ使い方くらいは。
タブレットに直接指で触ることで直感的に操作できる。
指を二本、開いたり閉じたりすることで地図の拡大縮小も自在だ。隣に縮尺まで表示してくれる手の込み様。
表示されている地図で、今俺たちのいる島を調べてみたら意外と大きい。
船でやってきたときはそこまで大きくは見えなかったのだが、こうして数字にすると違うのだろうか。
さっきカレンが水浴びしていたところは野営地から直線で40メートルほど。飲み水をはじめとした水場として使っていたから、そりゃあそれなりに近い位置を選んでいた。
この水場もそこそこ探した。水気のある樹木や草花を探せば、どちら側に水源があるかは予想がつくのだ。
とはいえ、距離感などはざっくりな直感任せというしかない。さすがに研究者レベルでバチコリ当てるのは無理な話。
野営の鉄則として第一に使える水場を確保すること。水がないと始まらん。
そして第二に、そこからある程度離れた安全な場所かつ、地面がなるたけ平坦で乾いた場所を探す。
俺がいるから野生動物だのなんだのはどうとでもできるが、これから身体を休めるというのにストレスのかかる場所を選ぶ必要などないのだ。
で、俺が何を言いたいかというと。
「いや、ほんとすげえやコレ。全部上から俯瞰できたら、そりゃ調査なんか要らんわな」
俺が言ってた内容ぜんぶ、遠く離れた場所……それこそ島に着いた海岸辺りから調べることができるのだ。そう、タブレットくんがいればね!
さすがに野営地の土の感じや細かな高低差なんかまではわからないが、候補を最初から絞っておけるのはデカい。
そういう場所があるかないかわかっているだけで、人間の感じる疲労感というのは大きく変わるのだ。
疲労ではなく、疲労感というのがミソだよ。
あんまりにも優秀過ぎたので、さすがにこれはとカレンを止めてやった。
魔剣くんが感謝しつつも「もっと早く助けてくれよ」的な目で見てくるが知らん。先に材料の相談しなかったおまえが悪い。
それより、ご機嫌斜めになりつつあるカレンにタブレットについて、新たにわかったことを説明する。
たぶんコレ、普通に俺よりカレンに持たせた方が役に立つ。
そして俺が魔剣くんを助けなかった場合。
もっと後になってカレンがこの優秀さに気づいたら「なんでもっと早く教えなかった⁉︎」と矛先が俺の方を向いていた気がする。
危険回避危険回避。
◇◆◇◆
今晩の食事は……なんだろうコレ? 作った本人であるカレンはシードに身体を開け渡しているので、聞くことができない。
まさかのトラブルがあったのだ。
集めてきた草の繊維みたいなのを水に何時間か浸けてふやかした後、手で揉みほぐしてバラし、麺状にする。
カレンの持ち込んでいた植物油をごく少量だけ鍋に敷き、俺が狩ってきたよくわからん鳥の皮で油を取る。
ついでに鳥皮はパリパリで、塩を振って俺とカレンのおやつになった。
シードが羨ましそうにしとったが、おまえはカレンと交代してメインを食べられるので文句を言うな。俺は両方食べられるが、そこは役得というやつです。
鳥肉は俺が捌いた後、部位ごとに粗さを変えてミンチに。骨は綺麗に洗った後で何度か煮こぼししてから、出汁を取る。
改めて別の鍋で麺状の繊維を茹でる。試食して食べられそうだと判断して、湯切りして器へ。
そこら辺から集めてきた食用に適した野草なんかを、それぞれに適したサイズに切ったものを炒め、鳥肉のミンチと合わせる。さらにカレンは調味料で味を整えた。
茶色くボソッとしたひき肉の塊ができる。そぼろ餡というんだっけか。
こいつは麺の上にどかっとまとめて乗っけていく。レンいわく「溶かしながら食べるんだ」とのこと。
最後に、かなり煮詰まって水量の減った、白く濁った鳥骨スープを麺とそぼろ餡の上からレードルでかけていく。
個人的にすごく食欲の唆る匂いがするのだが、カレンは「まだ臭みが強いな。……香味野菜がさすがに少ない」と不満を述べていた。
これで満足できないってどういうことなの……?
「ふぬぅぉぉおおお……!」
カレンに乗り移ったシードが感涙し、妙な歓声を上げながらメシを食っている。
やかましいので黙って食えと言いたいが、ちょっと、これは俺も文句を言えない。
「うっま……。なんだって、カレンはこれで不満なんだ?」
「まっ⁉︎ カレン嬢は正気か⁉︎ これほどまでの料理を前にして⁉︎ シェフを冒涜しているぞ!」
落ち着け、シェフはカレン自身だ。
落ち着かせるために、味変用に置いておかれた柑橘を絞ってかけてみる。おお、こってりした味が爽やかになるぞ。こいつはいい。
最初からかけると物足りないが、後半でかけると心地好いな。
「なんだなんだ。ひとりだけ美味そうなことをして。そういうのはよくないと思う」
「いや、普通にやるよ。あんだろそこにまだ」
カレンの身体でいそいそと両膝立ちしてにじり寄ってくるんじゃない。すべすべのお膝がガサガサになったらどうしてくれる。
肉付きの良いカレンのふとももからふくらはぎまで撫で回すのは、気を回してばたんきゅーした彼女を抱きかかえた俺の細やかな楽しみなのだ。
ウマウマと食べ終えた後にシメの干し肉もナイフで削り取り、炙る。
俺の持ち込む荷物の中では珍しく、実用ではなく趣味を取ったものだ。まあ干し肉ではあるのだが。
「なんだそれは。蠱惑的な匂いがする」
鼻をひくつかせたシードが釣れた。
まあこいつ相手ならイモムシ焼いてるだけでも釣れたやもしらん。
「ふっふっふっ。あんまり保たない、保存性を無視した干し肉よ。それも、美食のためだけに肥え太らせた豚肉のな!」
「おおおおおおっ!」
採算度外視の干し肉である。趣味人のやってるもので、店売りの品ではない。
以前に仕事と仕事の隙間時間でそこそこの日数が空いたことがあって、その間に暇つぶしで受けた依頼者製である。
高級店に卸す豚肉の飼育施設で、時折荒らされたりするから調査してほしいという依頼だった。
その正体はプレデターと害獣のコンビネーションアタック。
動物の飼育施設ということは結構な広さが必要で、土地を開拓して壁なども作ったーーら、その下からプレデターの食い付きそうな古代文明の名残がひょっこり顔を出していたのだ。
当然プレデターはそれに食い付く。そのついでに壁にも穴が空く。そこから害獣が入り込む……といった流れ。
思い返してみると、あれって俺とかじゃないとキツい依頼じゃなかったかなと思う。別に俺じゃなくてもいいのではあるが、少なくとも甲種なり乙種なりの一類クラスの実力は必要だった。
だって、プレデターの相手しながら害獣の相手もしつつ、飼育施設に余計なダメージは行かないよう調整する必要あるんだよ? ただ暴れればいいってんなら、他の連中でも対処できただろうが。
などといった昔の話を炙った干し肉をクチャクチャウマーとやりながらしていると、シードが急に目付きを変えた。
攻撃的なものではない。しかし。
何かを探っている……見定めているような?
「ミナトくんの性格も、カレン嬢の性格も、ある程度はわかってきた」
「おう」
俺もおまえが結構人間臭いプレデターだってわかってきたぜ。食べ物相手の食い付きと意地汚さとかまさにそう。
「他者もおらず、カレン嬢も満足に認識できない今だからこそ、する話だ」
「プレデターについてだな? それに関しては、俺もさほど興味はないんだが……」
シードを見ていると、連中が個人の意思を持たない機械のような存在……と捉えていたかつての俺の判断は間違いだったといえる。
ヤツらにだって意思はあり、思考があり、生きているのだとわかった。
けれども、だからといって、手を取り合えるのかというと、それは別の話。
ヤツらは手を取り合うには多くのモノを人類から奪ってきたし、今も奪い続けている。
それをなかったことにして目を逸らして……というのはあまりにも難しい。
仮に俺がプレデターの研究者だとすれば、学術的好奇心や興味でシードの話をノリノリで聞くだろう。
が、俺は研究者ではない。
むしろプレデターなんぞ、命をひりつかせて殺し合う相手だと認識している。目の前にいるシードこそが異例なのだ。
この考えは確かに俺こそ顕著に突出してはいるものの、ほとんどの新人類に共通している。
誰もが、安全に殺す能力があるのならば、プレデターを仕留めたいと思っているのだ。
「安心しろ。必要性のある話で多少の回り道はすることになるが、ミナトくんの興味を惹く話のはずだ」
「ほう……?」
となると、強いプレデターとかそういう話か?
「先に興味を惹かせる話題だけ挙げておこう。詳しくは後半になるが、理解のための回り道だと堪えてほしい」
「……む。堪えろとは無理を言う」
年頃の男の子は堪えるというのがなかなかに難しいのだ。我慢ならんものがある。
が、カレンに鍛えられた俺なら耐えられる。
ただ正直カレンさんにはいい加減にして欲しいという気持ちもある。もうそろそろ、慣れろと。
「プレデターたちにも意思があり、思考があるのは、私との関係で理解してもらえたと思う。もっとも、私がプレデターの中だと異端な部類であるのも含めていて欲しいが」
「大丈夫だ。さすがに理解している」
「そうか。それは重畳」
肉焼いてるだけでプレデターみんなと仲良くなれたら大問題でしょ。
「人間からは機械的に見られるだろうが、それでも我らにも同族意識はある。仲間意識というと、それは違うがね」
「そういや、陣営云々言ってたな」
「そうだ。そして人間とは違って雌雄もなければ寿命もない。だから年功序列という考えがないんだ」
「……だから? いい加減にーー」
回りくどすぎると言おうとしてーー
「そんな我々をひれ伏せさせられる存在があるんだよ。その頂点に最も近いのが『至天に座す者』。そして、至天の第八席がこの周辺にいることを、地図を作っている途中で確認した」
ーーその名に全細胞が歓喜した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます