010

「行くぞー」

「う”ぃー」


 すごく低いテンションで応えられたが、まあ一応出航することに同意はしているのでよしとする。



 世界崩壊前後で、この惑星の海と陸の割合は大きく変わってしまった。

 世界崩壊前で7:3の割合だったのが、8:2で海の方がより大きくなってしまったのだ。


 まあ世界崩壊前は異常気候だったらしいので、氷が溶けていたという説が有力。実際のところの割合は大して変わりはしないだろう。

 というか、氷部分ってどっちにカウントされるのだろう?

 いや、どっちでもいいけど。


 そもそも、かつての世界と比べて、現在は遠くに移動する方法が限られているし。

 手段がなくなったことによって、相対的に世界は拡がったといっていい。



『初めて見る機構だ』

「プレデターが残す素材があるだろう? ドロップって俺たちは呼んでいるけど、その中に燃料になるドロップがあってな」


 シードもダークサイドカレンのそばにいたくなかったようで、一生懸命に触手を伸ばして俺に接続し続けている。

 邪魔なので取っ払いたいが、気持ちはわかるので拒否もできない。



 船自体は大してデカくない。俺とカレン、あと荷物を積んでちょこちょこで限界だ。

 さすがに手漕ぎボートと比べればデカいが、エンジンやモーターが付いたものに比べれば小さい。

 あれらは疲れないし便利でいいのだが、いかんせんうるさいのだ。海中のプレデターが押し寄せてくる。


 倒せるならいいが、倒せない可能性が高いので、俺は嫌い。

 いいところで逃げられるのが消化不良。生殺しを喰らった気分になる。最後はきちんとスッキリさせて欲しいものだ。


『寄生細胞を用いているのか』

「詳しいことは俺もわからんがね」

『周波数といえばいいのか、なんというのか……。ともかく、同調させることによって、君たちの保有する放射性エネルギー――ラージ――で動かせるようにするわけだ』


 シードが興奮しているが、そこらへん俺にはまったくわからん。

 意味も、興奮の理由も。



 とりあえず、アビリティを使う際に必要なエネルギーが特殊な放射線にあることはわかった。地表で活動している間に、俺たち新人類は皮膚から取り込んでいるのだ。

 まあ、プレデターたちの食料というか光合成というか、そういうモノなので。


 で、シードが便宜上、その名前を「ラージ」と名付けた。俺もスッキリ。

 研究者の連中、自分が名付けたいって足を引っ張り合ってるんだもんよ。100年経っても結論が出てないとか、もう単に遊んでるだけなんじゃないのかね。


 霊子でも魔力でもマナでも気力でも仙力でも精神力でもプラズマでもなんでもいいからハッキリしてくれと思っていた俺には助かる話だ。




 大洋はおそらく、世界崩壊前後で何も変わっていない。

 今も碧く佇み、潮騒が海岸に満ちている。


 船の先頭にある原動機の取っ手を掴む。ここからラージを供給して動かすのだ。

 原動機自体は後部にあるが、一人で操縦できるようにするなら、形はこうなる。

 なんせ操縦しながらラージを供給する必要があるので。


 取っ手を回し、原動機を動かす。

 同時に、左手は船の先端から生えている操舵輪へ。


「今思ったけど、これ、シードもラージ供給できるんじゃね?」

『可能だろうな。原始的な構造だ。問題など何もない』

「じゃあ、俺が疲れたら任せるわ」

『うむ。任せたまえ』


 最初からシードに供給させてもいいと思ったが、まだ早い。

 自然とそうなるように導く必要がある。今は時期尚早だ。



 ヴヴヴヴ……と船体が小さく震動。

 やがて、ゆっくりと船が動き出す。

 次第に速度が上がり、それなりの音を立て、波を割いて船は大海原を駆ける。


『…………遅いな』

「えっ⁉ これ、遅いか……?」

『遅い……』


 時速でいうと40キロは出てるんだけどな……。陸上の馬車よりも早いぞ?

 基本的に世界で最も運搬速度と運搬量の双方で頂点に位置するのが海運なのだが……。


『旧世界では時速200キロを超える船もあったようだぞ。もっとも、それはスポーツやレジャーの類だったようだが』

「イカれてんだろ」


 いや、でも時速200キロで船を走らせられるなら楽しいだろうな。それならプレデターを逃がすこともないだろう。

 そんなことを話したところで、この船の速度が上がるわけでもない。なかなか夢のある話だと笑うしかない。


『改造してみようか』

「やめろ」


 シードがいらんことを言い出したので、慌てて止める。


『む。何故だ? 良いことばかりではないか? 別段、必要なラージ量が増えるわけでもないぞ? きちんとそこらへんは帳尻を合わせる』

「そうじゃない。これは俺たち所有の船じゃないんだ」

『……ムーンハンターギルドの船ということか?』

「その通り」


 わかりやすい答えでもある。


 傭兵ギルドは傭兵ゆえに、自前でそういったものは持たない。正確にいえば、ギルドメンバー相手であっても貸し出さない。

 そうなると、相手はムーンハンターギルドでしかない。


『…………ふむ。カレン嬢、提案があるのだが』

「オイ?」

「……なにかな?」


 俺がドスを効かせた声を上げても、本体がカレンのそばにある以上は効果が薄いか。


『ギルドに対して、少々鬱憤晴らしをしては如何か?』

「オイ、シード」

「ふむん……話を聞こうか」


 チッ。

 カレンが乗り気になってしまった。

 こうなると、プレデター関連でなければ、俺はカレンの要望に逆らうことができない。

 そしてシードのことだ。うまいように言うだろう。


『痕跡は残さないし、距離や時間も往路で判明したことを告げるだけでいい。あとは現地で調査した時間を多少誤魔化すだけだ』

「……つまり?」

『あくまでも我々がこっそりと含み笑いをする程度のささやかな仕返しだよ。この船の動力を改造し、ギルドの誰も味わったことのない速度で帰還してみないかい?』


 やはり、だ。カレンは喰いつくだろう。


 これから拠点に戻るまで往路と同じ計算だと二週間はかかる。

 船上で夜を超すのは傭兵の観点からいっても避けたいものだから、基本的には海岸線を行くことになるだろう。

 余計に時間がかかることになる。


 けれど、シードが一時的に改造するなら話は変わる。

 それだけの能力を有していることを、誰よりも、俺がよく知っている。


「…………ミナト」

「……なんだよ」

「……だめ、かい?」

「………………」


 少々、考える。

 そして負け戦を覚悟した。


「……シードの改造だぞ? 俺たちの埒外な結果が出る」

『失敬な!』

「うるせえ黙ってろ。向こう三日はおまえ、水すら飲まさねえからな」

『――――ッッ⁉』

「……シードはそれでもいいから、それでも」

『待て、カレン嬢。やはりこの話はなかったことに――』

「駄目だよ、シード。先に話を持ちかけたのはそっちだ」

『アアアアアア……』

「はぁぁぁ……。スピードが出せるなら、海岸線を走る必要もない。速度から出せる範囲で最短航路を結べる。報告書の日数調整で一番大変な思いをするのはおまえ、カレンだぞ?」

「望むところだよ。ギルドに思うところがあるのは、あたしが一番だしな」

「ああ、まあ、それはそう」


 ダメだこりゃ。

 カレンのやつ、覚悟完了しとるわ。


「はーぁぁ……」

『ど、どうするのだ、ミナトくん……』

「おまえのせいだよ。はあ……とっとと、船を改造しちまえ。船体に影響が出ない範囲で、なおかつバレないようにだ。あと、ちゃんと元に戻せよ⁉ 記録取っとけよ!」

『了解だ!』

「うん。無事にぜんぶ終わったら、シードには美味しいごはんをご馳走してあげよう」

『ぎゃんばりゅ‼‼』


「がんばる」ではなく「ぎゃんばりゅ」かあ……。

 これは予想もしてなかったなあ……。



 船を一旦止め、地図というか海図を開く。

 これからシードの算出する最高速度などに合わせて計算して航路を決め直さねばならない。面倒くせえー。


 ムーンハンターギルドがカレンにショボいとはいえ同じ船を貸し出す嫌がらせは、予定を組みやすいという意味で、傭兵としては有用だった。

 毎回同じ性能どころか、完全に同じ船だったからね。

 整備すらされてなかったから。使い終わったままだったわ。


「ミナト」

「うん?」


 とりあえず、シードが船の改造を終えるまでは動くことができないので、その場に腰を下ろしていたらカレンがやってきた。


「ごめんな」

「……まあ、気持ちは理解せんでもないし、別にいい。毎回こうだと困るが」


 ……うん?

 胡坐を掻いた膝の上にカレンが跨ったぞ?

 そのまま、カレンの両腕が俺の首の裏に回る。

 彼女の頬は、耳から首まで真っ赤に染まっている。


 ……そうだな。夏の太陽は眩しいもんな。



 シードに「たっぷり時間をかけていいぞ」と伝えると、「助かる」と返答があった。

 どうも痕跡を残さず、尚且つあとで元に戻すということが難しいらしい。そりゃそうだ。


 おそらくは今後も同様にこの船をレンタルされると思うので、初回の今のうちにテンプレートを作りたいようで、こだわりたい様子。


 心行くまでこだわるよう告げて、触手を断つ。

 カレンの分も。


 こっちはこっちで、心行くまで堪能させてもらうから。


 時間がかかるのは望むところだ。

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