009
「天気いいなぁ」
『良すぎるくらいだ。気温は摂氏32度。まだ上がるぞ』
「そういえば、その『セッシ』ってなんなんだ? 世界崩壊前から使われていて、流れでそのまま使ってるらしいんだけど」
『温度の基準を見付けたとある研究者の頭文字だと記録されていたはずだ。類義で華氏というものがある。こちらは――』
「ああ、いい。もういい。頭がおかしくなる」
俺の人生において、どうでもいいってことだけはわかった。
ムーンハンターギルドやトレジャーハンターギルドを代表として、様々なハンターギルドからごく稀に発見されるのが遺跡型プレデター。
ただし、これをプレデターと断定していいのは傭兵ギルドの一定ランク以上のメンバーのみである。
当然、俺はオッケーだ。甲種だけでなく、乙種も丙種も一類だからな。信用も実績もバッチリである。
それを言うと多くの人間に首を捻られるが、何故だ。
そして規則に基づき、これを各ギルドに報告するために帰還しようとしているのだが、まだカレンはむすっとしている。
いい加減に機嫌を直すがよろし。
『何故、カレン嬢はあそこまで不満なのだ?』
「あれ。シード、話聞いてなかったのか?」
あれだけ大声で口論していたのに。
なんならプレデターの数体引き寄せてしまったくらいだ。美味しく平らげたが。
『いや……そうだな。私の勝手に抱えていたカレン嬢のイメージと、実際の姿が微妙にズレていてな』
「あー。その点の機微はプレデターの限界かな? さすがに、学習や再現はできても、オリジナルにはなれないもんな」
『む……。反論したいところがなくはないが、ここは黙ろう』
シードの言うこと自体は正しい。カレンは一度口論というか、話が終わりさえすれば、少なくとも表面上はそれに従う。あとで再燃することはままあるが。
今回の場合は、俺たちで勝手に遺跡に侵入せず、ギルドへ連絡を入れることを優先するから不満なのだ。
ちらりとカレンに視線を向けるが、木の陰で三角座りのまま、動く気配が微塵もない。
まあそれはそれでと首肯し、俺は船の準備をしながら、シードと話す。
……地味に雑談相手が増えたことが、今回の報酬な気もするな。
「シードはたぶん、カレンの意見がわかるだろう?」
『もちろんだ。報告をするにも、軽く調査をしておく方がいいに決まっている。どのような遺跡なのか、何が必要なのか、どんな環境なのか。一目しておくだけで、後々の労力を減らせるのだからな』
シードの言うことはわかる。むしろ、ギルドの規則の方が間違っているのだ。
けれど、俺はギルド規則を主張し、カレンを宥めた。
何故なら、俺もカレンも各種ギルドのメンバーだからだ。規則には従う義務がある。
特に緊急時でなく、個人の裁量の入る余地がないのなら。
「本当にそれだけか?」
『……まあ、興味本位というのはあるだろう。好奇心というのは、私やカレン嬢といった存在にとって何よりも優先すべきものだからな。……カレン嬢からすれば、自分が発見したにも関わらず、その一番美味しいところどころか、何から何まで余すところなく他人に奪われるのだ。憤懣(ふんまん)遣(や)る方ないと言っても仕方ないと思うが』
「だろうな……」
それだけなら、まあ、カレンもここまで引き摺ったりはしないのだ。
カレンが憤懣遣る方ないのは、別の理由。
というかその理由を知れば、シードからすれば、俺の方が何故怒らないのか疑問だろうな。
「簡単に言うとな。今回みたいなことは、前に俺とカレンでやったことあるんだよ。何回かは」
『は……? 遺跡型プレデターを……?』
「そうそう。普通に考えてありえないだろ? けど、それを引き当てるのがカレンなんだよ」
シードが絶句するのも当然。
遺跡型プレデターなんて、そうそう在るものじゃない。
壊れているか、死んでいるか。どちらにせよ、世界で数年に一件発見されればワールドワイドニュースになる。
何故なら、遺跡型プレデターの内部からはそこそこの確率で月の欠片が発掘されるからだ。
というか、道端に落ちてる月の欠片なんぞ、まずない。人が発見するより先にプレデターに奪われているに決まっているのだ。
そうなると、人類が月の欠片を入手する手段は、プレデターでも難しい地中。発掘しかない。
なので、遺跡型プレデターが目印になるってわけだ。
結果論だが、実際にそこそこの確率で月の欠片が発掘されるので。
「前回も、その前も。俺は同じようにカレンを説得して、ギルドに報告を優先した」
『……そして、裏切られたのだな?』
「いいや? 裏切られてなんかいないさ。きちんと報酬金もしっかり支払われたし、功績として残ってるし、表彰もされてる」
ギルドはきちんと定め通りに事を運んでくれた。そうでないと、さすがに俺もキレる。
『では、何故……?』
「ま、嫌がらせかな」
『なに……?』
「俺とカレンに、その遺跡の調査権も、プレデターの討伐権も与えられなかったんだよ」
まあ動けもしない、ただ図体と体力がデカいだけのプレデターを一方的に攻撃して何が楽しいのか俺にはわからんが。
それでも、傭兵ギルドやその他のギルドにも、デカブツを倒したという功績を誇りたいやつはいるもんだ。
『で、では……⁉』
「ああ。俺もカレンも、遺跡型プレデターの内側を見たことは、一度もない」
だからカレンは憤っている。
カレンも俺と同じで、たぶん、普通の人とズレている。
俺は戦闘欲求で、カレンは知的好奇心で。
別段、調査の先陣に立たせろとはカレンも言わない。そこは権力だの見栄だの陰謀だのが複雑怪奇に絡み合っていることを察している。
だから、そこに文句はない。
けれど、だからといって――その後においても一切の調査権が得られないのはどういうことなのか。
「カレンはムーンハンターギルドで嫌われてるからな。答えはいつも一緒。『完全調査済みの遺跡を再調査する理由が見当たらない』だとさ」
『……ミナトくんが傭兵ギルド側で申請すればよいのではないのか?』
「残念。傭兵ギルドはあくまでも傭兵が役目だよ。そういう調査の申請とか、そもそもとしてないんだ」
『………………』
さすがのシードも……プレデターですらも絶句する話だったようだ。
斯くも人間の妬み嫉みはおそろしいってな。
『何故、ミナトくんはカレン嬢に、それだけのことがあった上で――』
「だから、だよ」
『なに?』
「上はいつだって、カレンが先んじて調査していることを疑ってる。いろんな、俺ですら知らないようなアビリティを使うやつらでカレンを調べまわってるだろう。そのうえでカレンが実際に知らないからこそ、処罰できないんだ」
もはや、事はムーンハンターギルドだけの話でもないのだ。ムーンハンターギルドが最有力ではあるのだが、他のハンターギルドもカレンを狙っている。
より正確にいえば、カレンが遺跡型プレデターを発見する理由を狙っている。
だから、彼らにカレンを処罰する理由など与えてはならない。
上の話し合いなどになってしまえば、俺はカレンを守れない。
できるといえば、話し合いが発生するより前。
問題を起こさないようにすることで対処するしかないのだ。
カレンがアビリティを使えずに無能だと判断されているのは、むしろ好都合だった。
「弱みを見せてはいけない。今回みたいなのは、まだ対処できるだけやりやすい部類だ」
『……感情に蓋をすれば、か?』
「そうだよ。かつて、世界崩壊前に人類が繁栄した理由は、感情に蓋をする理性を手にしたからだろう?」
『…………哀れな』
「それに関しては、同意する」
だからといって、流されてはならない。
これは非常に簡単で、非常にドライな問題だ。
俺はカレンを相棒として好ましく思っている。
粗忽者なカレンは騒いでプレデターを誘因する。戦闘狂の俺には助かる話。
見てくれは美女なカレンは契約に基づいて、昂った俺の対処をしてくれる。
カレンは優秀なので、それなりにプレデターが存在し、そのレベルも高い場所を探し当ててくれる。
カレンは変にアビリティが使えないので、俺の護衛に頼るしかない。その分、きちんとこちらの指示を聞いてくれる。
カレンは知的好奇心が強いので、緊急時であっても俺の指示に反して調査を継続したがる。俺としては助かる形。
カレンはギルドで嫌われていて、プレデターを誘因することから、傭兵たちからも嫌がられている。
戦闘狂のミナトが護衛するに相応しい条件が面白いくらい溜まっていく。
カレンはギルドで嫌われているので、遺跡型プレデターの調査をする権利をもらえない。
遺跡型プレデターなんぞという超大型プレデターの体内(・・)だ。そこに他のプレデターが現れる余地などなく、戦闘は発生しない。
そんなシラけた場所なんぞに興味はない。
カレンはギルドで嫌われているので、誰かに相談することができない。
ちょうどいい。俺に依存させるのに、まったくもって、ちょうどいい。
俺はカレンを相棒として好ましく思っている。
誰にも手を出させたりはしない。許さない。
カレンは俺のモノだ。俺の女だ。
俺が使い、俺がしゃぶり尽くす。
誰にも利用させない。
俺は傭兵。
甲種一類の傭兵。
カレンを守る傭兵。
それ以上先の関係を俺は求めないし、カレンも望まないだろう。
だから、カレンが遺跡型プレデターをどれだけ発見しようとも、俺はカレンの要望を断り続ける。
だから、俺はギルドの上から、カレンについて何を訊ねられようと、跳ね返し続ける。
文句があるなら、俺の前で言ってみるといい。
戦いがあるなら、俺の前に連れてくるといい。
望むところだ。
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