008

「すごいものを見付けたんだ!」


 翌日。朝早くからカレンが騒いでいた。

 夏なので朝早くとはいっても、結構明るい。透き通った陽射しが木々の葉を透かして翠緑色に輝かせて宝石のようだ。

 森の木々の隙間を縫うようにして吹く風は日陰のおかげか冷えていて、気持ちいい。


「なんでそんな微妙な顔なんだ!」

「おしりぺんぺんできなかった……」

「それかよ!」


 俺が落ち込む理由など、他に何があるというのか。

 でも大丈夫、周囲の警戒はしている。へこんでいるからか、景色に目を取られてはいるが、さすがにプレデターを見落としたりはしない。


 そんな絶好の八つ当たり相手、逃すわけがない。

 逃がさねえからなあ……?


「そういえば、うちのプレデターくんは?」

「魔剣くんならあたしが持ってるけど」

「■■!」

「ハハハ、何言ってるかわかんねえや。……おいやめろ、触手を寄越すな」


 男に触手を伸ばすんじゃない。



 魔剣くん改めシード戻って魔剣くんだが、基本的にはカレンが所持することになった。

 アビリティを弄ってもらって戦闘能力を増強させるというのは非常に惜しいが、俺をこれ以上強化するよりは、貧弱なカレンを強化してもらいたいのだ。


 というのも、魔剣くん優秀だった。

 カレンに取り憑いた後に試してもらったら、彼女のアビリティのほぼすべてを励起でき、使用可能だったのだ。

 なんなら予想通り、カレンでも使えるようにできるとは言っていたものの、俺の判断でそれはナシにしてもらった。

 そのことをカレンに伝えたらブーブー文句を言っていたものの、俺が挙げた懸念に言い返せなかったので、納得した様子。



 まずひとつめの懸念。

 今更使えるようになって、ムーンハンターギルドがどう騒ぐかわからない。

 カレンの体質に何かあったのかとか言って、検査という名目で閉じ込められるかもしれない。

 ムーンハンター以外の目も気になる。カレンの存在は有名だからだ。なんせ、アビリティが使えないのに特級ハンターにまで昇格しているのだ。


 あと有名な理由の一端として、とある悪名高い傭兵がコンビ組んでいるってのもある。てへペロ★



 ふたつめの懸念。

 カレン自身がアビリティの使い方に慣れておらず、戦闘が可能になったからって下手に関わろうとしない方がいい。

 場を乱すだけの結果に終わる可能性が高そうだし。

 最悪、俺が背後から撃たれて死ぬ可能性すらある。

 護衛の身からすると、護衛対象には指示を聞いてもらって、大人しくされていて欲しい。


 こういっちゃアレだが、護衛から見て守りやすい対象とそうでない対象とある。

 カレンはアビリティが使えないからか、非常に守りやすい対象だ。

 是非とも、そのままのきみでいて。



 みっつめの懸念。

 アビリティが使えるようになって、そのうえ突如として魔剣くんを装備している。傭兵側のミナトでなく、カレンが。

 魔剣くん、怪しくなァい……?



 よっつめの懸念。

 弄った後の結果が予想できない。俺が挙げた以外の問題が起こる可能性が高い。

 なので、カレン本人には使えないままにしておいて、魔剣くんが取り憑いた時だけ使える補助道具として存在してくれた方が都合がいい。

 事実でしかないので、シラも切りやすい。



 まだあったのだが、カレンが落ち込んだ様子で「もういい……」と言ったのでお開きとなった。

 そしてそんな姿のカレンに追い打ちをかけるのも悪いという意識があったのだろう、おしりぺんぺんを俺は忘れてしまっていた。

 俺は馬鹿だ! カレンの気持ちなど考えずに仕置きしておけばよかった! なんなら蕩けたバターみたいな顔させるのも忘れてた! アアアアアア‼



◇◆◇◆



「ここ、ここ。ここだ!」

「昨日のデパート跡地か」

『……ふむ。カレン嬢はよくぞまあ、見付けたものだ』

「……びっくりするわ。いきなり出てくんな」

『カレン嬢に許可は取っているぞ?』

「うるせえ」


 魔剣くんは伸縮自在とまではいかないが、随分と形状変化ができた。

 まあ俺が半分にへし折ってしまったから、その範囲内と制限は付くが。

 それでも剣身だけで一メートルはあるので問題ない。

 なお等の本人からは抗議された。鼻で笑ってやったが。


 そういうわけで現在は刃渡り60センチ程度の大きめのダガーに変化してもらっている。

 これくらいならカレンが装備していてもそこまで疑われないし、柄を握るという形でこっそり触手と連結し、アビリティを使うことが可能だ。

 使うのはカレンでなく、魔剣くんの側だが。


「そういや、その状態だとカレンの意識はあるのか?」

『ある。というより、優先度をかなりカレン嬢に割いているからな。我々パラサイトタイプの在り様からすると、やはりあの大剣状態でこそフルパワーを発揮できるのだ。それを半分に……もう全盛期の半分までしか力を発揮できないではないか!』

「メシで釣られた分際でやかましい。それなら食えなくていいか?」

『…………』

「黙ったな……」


 食欲に忠実過ぎるなこのプレデター。

 本能に忠実という意味では俺たち人間もそうか。あまり強くは言わんとこう。




 ちなみに昨夜聞いた話で、俺たちのように地表に出て放射線を被ばくしても平気でいられる新人類の特殊遺伝子獲得についての詳細が彼によって語られた。


 端的にいえば、かつて人体実験によってパラサイトタイプのプレデターの断片を移植されたからだ。


 寄生型であるがゆえによく馴染み、侵食できる。

 けれども、刻まれた身では全身を侵食する前に息絶えてしまった、というわけ。


 もちろん全員が成功したわけではない。

 けれども、一か所ではなく、世界中のいたるところでその実験は行われたのだろう。

 そうでなくてはおかしいくらいに、新人類の数が多過ぎる。


「私の予想では、時代を現代に下るにつれて、さらに実験が重なったと思われる。パラサイトタイプでないプレデターの身も加えられているだろう」


 そのようにシードは語った。

 そして。


「つまり、より正確にいうなら――諸君らはキメラタイプのプレデターといえるわけだ。アース産の、な」


 そう、締め括った。




「まあ、だからといってなんだって話だよ」

『何か言ったか、ミナト!』

「なんでもねえよ! それで? 次はどこだー?」


 その話をカレンにもしたところ、唖然とした後で、やけにスッキリした顔で「納得した」と返された。

 そして、そのうえで出された結論が俺と同じ「どうでもいい」だ。まあアビリティを使えないカレンからすると、余計にそうだろう。

 そのあとで例のアビリティの話に繋がって、ちょっとめんどくさかったのだが。


「まさか穴掘りをさせられるとは……」

『いつものことだろうに』

「おまえが見付けたつったからだろうが! まさかこんな深いとは思ってなかったぞ!」


 カレンがデパート跡地まで俺を連れて来た後、まさか掘れと言われるとは思わなかった。

 いや、これまでも遺跡発掘とかで穴掘り作業自体はやってきていたが、これまでと開始の流れが違ったのだ。


「つーか、おまえは知ってんじゃねーのかよ」

『カレンからネタバレ禁止令を喰らっている』

「あー。まあ、わからんでもねえかな?」

『うっかりネタバレなどしようものなら、食事が減ってしまうのだ……。なんて恐ろしい……』

「ああ……」


 そりゃあ、シードは喋ろうとしないわ。



 魔剣くんの特殊能力というか、同期接続能力というか、ケーブルというか……まあ、呼びやすいので、寄生触手。

 これがまた、実に有能でしてね。

 プレデターってすごい、ってなもんですよ。


 まず、現在でもカレンの下に魔剣くん本体はある。

 常時接続はカレンが拒むので、緊急時だけ柄から細い触手がカレンの腕に張り付き、同期接続が始まる。

 今回はカレンと俺の方にも細長い触手が伸びてきていて、俺とカレンとの間を取り持っているわけだ。

 邪魔なので、俺も普段は拒否っとる。

「NO触手!」の精神だ。後半の「YES■■■■」部分は口にしたらカレンに殴られたので内緒。


「いや、しかし……サクサクだわ」

『フフフ。そうだろうそうだろう』

『いいなあ、ミナトだけ』


 触手の太さが情報転送量と速度に関わっているらしく、これくらい細いと対話くらいでしか活動できないらしいが、十分である。

 対話くらいとか言っとるが、俺の場合はすべてのアビリティを俺の好みに合わせてコードを最適化してもらっている。これがどれだけ助かるか。


 現に、今も「身体強化」起動中である。

 面倒な気持ちこそあるが、身体的には全然疲れていない。

 これで反動もかなり軽減されるというのだから、たまらんものがある。


 さらに、同期なくしても使えるようにするためには最適化されたコードを遺伝子に馴染ませる時間が必要なのだが、それも現在進行形で馴染んでいるらしい。素晴らしい。


『アビリティというのは各プレデターの所持する能力、あるいは発展形だと昨夜話したな?』

「ああ」

『それを刻んで、パラサイト化した細胞に解析し、取り込ませる。なかなか無茶苦茶なことを考えるものだ。おそらくは膨大な数の死者が生まれただろうな』

『そうだろうな……』

『カレン嬢は検体だけの話をしているのだろうが、そうではない。パラサイト化した細胞が移植されたプレデターの細胞を喰って力を取り戻し、検体を侵食。その場にいる研究者を含めた全員を殺害するといったケースがあったはずだ。確実に』

「まあ、そうするよね。力取り戻したら。俺だってそうする」

『……カレン嬢。ミナトくんはプレデターよりプレデターでは?』

『知ってるけど、それのおかげで守ってもらってる身からすると、文句は言えない……』


 失礼だな、貴様ら。

 ちなみにアビリティ関連の話とかは傭兵である俺に関わる重要なお話なので、カレンのネタバレお仕置き対象外である。なのでシードものびのび話せる。


『刻まれてしまったこと。パラサイト化した細胞――面倒だな。寄生型変性細胞、略して寄生細胞でいいだろう――がプレデター細胞を解析できる状態も精度もまちまちなこと。新人類同士で子供を成したり、旧人類も混ぜて子供を成したりといった複数種の遺伝子の混在。様々な事情があって、諸君ら新人類のアビリティは非常に歪だ』

『ちょっと待った。それだと、新人類と旧人類が別の人種……異なる生物種に聞こえる』

『その通りだ。ホモ種ということは変わらないだろう。けれども、新人類は既にサピエンスではない、ということだ』


 俺が穴掘りしとる隣で、なんか学者的な話し合いが進行しとる。

 こわ。近寄らんとこ。


 ああ! 触手というリードが付けられている! 離れられない!

 やめろー! そんな頭良さげな会話を無理矢理聞かされてみろ! 頭が良くなってしまう!


『アビリティを発現――獲得という言い方もあるんだったか――できるかできないかというのは、遺伝子にあるのだろうね。おそらくX染色体によって発現性が高まり、Y染色体が発散性に関わるのだろう』

『だから女性の方が獲得しやすい、と。けれど、その言い方だと使えている女性がいる理由にはならない』

『調べていないからね、確かなことは言えない。けれど、私が予想する限りでは、どこかで相反する遺伝子情報がある気がするね。要するに、女性でアビリティを無条件で使えるっていうのは、どこかにエラーが発生しているのさ!』

『じ、じゃあ……あたしは⁉』

『むしろ、カレン嬢が最もナチュラルな形の新人類……キメラタイプのプレデターなのではないかね。ああ、プレデターだが、この場合は女性型と言う方がいいのか』


 知らん間にカレンの株が上がっとる。

 でもぶっちゃけアビリティ的には能なしに変わりないのではなかろうか。


『あるいは、女性型キメラは私のようなパラサイトタイプの形質が強く出ているのかもしれない』

『どういうことだ?』

『私の本体はどこかの粗忽者がやらかしてくれたが、大剣型だろう? このように、接続型というか、本体というか。己の力を発揮するためのナニカがあって初めてアビリティが使えるようになっているのではないかね? カレン嬢も、補助具があれば使えるのだろう?』

『そ、そうだな。アビリティの励起自体はあたしもできる』

『であれば、その線が強そうだ……』


 ちなみにカレンを代表例として、女性の新人類ではアビリティを使えない人が多い。カレンのようにひとつも、ということはないが。

 十全に使える者などいないと言っていいだろう。


 そんな彼女らがアビリティを使うために必要なのが補助具である。雑に道具と言ったりもする。

 地盤調査でカレンが使っていた「アラウンドサーチ」などだ。


 ただこの補助具、お高い上に結構面倒くさい。届け出とかも要るし。



 まず補助具ひとつにつき、対応するアビリティはひとつである。しかもアビリティによっては複数必要だったりもする。

 カレンの「アラウンドサーチ」がそれで、これに対応したアビリティは「探知」。だが、「アラウンドサーチ」で調べられるのは地盤調査とかそういう下向きのやつだ。


 アビリティの「探知」であれば、水中でも空中でも使える。

 どうだ、補助具の圧倒的ショボさ。そりゃあ「探知」を自力で使えないカレンはムーンハンターたちから見たら落ちこぼれである。


 それで購入するに当たって、試験がある。試験といっても、使い方がわかっているかのチェックでしかないのだが、そんなものがある段階で面倒くさい。


 合格後、書類を持って各所属ギルドに届け出提出。

 今度はギルド内で審査があって、合格すれば許可証が出る。

 許可証をもらって、ようやく購入といった形。



 えげつねえ……。

 傭兵ギルドなんかちゃらんぽらんだぞ。

 なんたって、俺が所属できてるくらいだ。


「おっ?」


 そうこうしているうちに、カレンが言っていたモノが見付かった。


『ああ、発見したか』

『やっぱりあったか!』

「ああ。この輝き、放射線。間違いない――傭兵ギルド所属甲種一類の一員として、これを遺跡型プレデターと断定する」


 一度背嚢を取りに地上に戻る必要があるな……と思っていたら、カレンが魔剣に指示して触手伝いに荷物を寄越してくれていた。


 ありがとう。

 けどこの場合、「お手伝い」と言えばいいのか「触手伝い」と言えばいいのか。「お触手伝い」……?

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