004

 余裕はない。


 プレデター一体なら、正味な話、身体の一部を犠牲として最短で最高の一撃を放ってトドメを刺せる。その後で手足をくっつけてしまえばいいわけだし。

 しかし相手が複数であるというなら、そんな甘えが挟む余地はない。


 旧世界の人体と比較して丈夫な肉体だとはいえ、俺は防御力を上げるアビリティなど有していない。

 すなわち、プレデターからすれば、ミナトという存在は紙より薄いか厚いか程度の防御力でしかないのだ。そこに肉壁としての価値などない。


 ゆえに、プレデターどもはミナトを無価値とし、道具を起動しているカレンに価値を感じ、その価値を踏み砕こうとする。


 ならば、まずは――その勘違いを正しに行こうとしようかあ……!



 プレデター側に戦術はない。正しくいえば、近くにいる同種と標的を定めた後に戦術構築を開始する。

 彼らに食事や排泄、性交による種の存続といった行動がないことから、プレデターは生物ではなく機械といわれている。機械生命体と呼ぶのもおこがましい。

 それゆえに行動は機械的であり、ある程度は型にハメることができる。

 もともと、男というのはハメるのが得意な生き物だ。対象が女か機械か程度、大した差ではない。



「ハッハァッ!」



 落ちていた瓦礫を掬い、投擲。

 今回やってきたプレデターはすべて同種。ならば大して複雑な戦い方を考える必要などない。

 連中はすべて同一の思考……というか、判断をする。ならば瓦礫を投げつけたことで、俺の脅威度をカレンのソレより上げればいい。

 人の頭部ほどある岩塊を時速200キロ以上の速度で投げつけたのだ。これを脅威と見做さないのであれば、それこそカレンを抱えて逃げなければならない。


 ヘイトさえ取れれば、俺を始末するまでカレンに敵意が向くことはない。

 ……カレンがそれなりに静かにしていて、敵視を取らないことを前提とするが。



「かかって来いよ、ガラクタども。リサイクルセンターでも埋め立て地でもスクラップ場でも、好きなとこに送り返してやるからよ」



 挑発内容に意味はない。しかし、挑発自体に意味はある。


 プレデターはこちらの発する電磁波や熱量、微弱な放射線に反応する。そのため、意気揚々と発せられる言葉には挑発行為としての意味がもたらされる。

 言葉にのみ意味があるのだから、その内容に意味はない。だから放つ言葉はその時その場のフィーリングでいい。

 ……うん。だからこそ、カレンの騒ぐ行為がプレデターにとって殊更に挑発行為でしかないのだが。


 俺の存在を木っ端のソレからベニヤ板程度には認識したのか、プレデター四体はこちらを標的に変える。

 あまり時間をかけてはいられない。今もカレンは「アラウンドサーチ」を使用しており、本人が騒がずとも、常時ヘイトを稼いでいる状況だ。

 俺へ向けるソレがカレンの方を向く前にどうにかしなくてはならない。



 現れたプレデターは四種とも犬型とかワンコと呼ばれるもの。あるいはマーダードッグかスコーピオンドッグ。

 気色悪い色合いの金属性の四肢に、尾は伸び縮みする武装。俺の「斬手刀」と同じアビリティなりなんなりが尾に宿されているのだ。伸縮する分、性能はあちらが上といえるか。



「行くぞ」



 独り言に近いが、ちょっとでもヘイトを稼げるなら言う方がいい。

 こういう点でも、自然と口から罵声が飛び出る俺のことを、ギルド側は「イカレ戦闘狂」と呼びつつも、甲種一類に認めざるを得なかったのだろう。

 俺自身、何故口からポロっと零れるのかはわからないが、それが敵視を稼ぐ要因になっている以上、護衛としては有能であることに違いはないし、改める気もない。


 ファイティングポーズで駆け寄る。

 足場を選別する必要などない。

 隠密性など投げ捨て、瓦礫を踏み潰し、暴力性を顕わにして吶喊する。

 今から挑むこの身こそが敵であると、知らしめに行く。



「■■■■!」



 前脚で踏ん張り、鞭のように振るわれる先頭プレデターの尾。

 敵が複数である以上、対処法はかなり減る。すなわち、防ぐか弾くか。

 いや、第三の選択肢もあるか。



「最大の防御とは攻撃のことだったっけか?」



 いつぞやのどこかで聞いたことのある世界崩壊前のことわざ。実に俺好みのものだったのだが、傭兵ギルドでは悪い考え方として挙げられる。

 傭兵は自分のために力を振るってはならないからだ。



「今このときのための言葉だな⁉」



 アビリティ「斬手刀」を両手で起動。


 斬閃を飛ばすわけでないのなら、これは発動させ得といっていい。発動中は手を手刀の形から変えることはできないってのがデメリットなのだが。

 防御系アビリティはないが、「斬手刀」発動時は手刀の防御力は金属のソレ。疑似的に防御系アビリティとして扱うことができる。


 尾を片手で上へ切り捨て、もう片方の手刀を突き入れて手早く一体を始末する。


 続いて、発動中である「斬手刀」のアビリティを分割操作。

 個人的には大した難易度ではなく感覚で使えるものなのだが、傭兵ギルドでは超高難易度とされる技術。

 細かいことは省くが、ざっくりいうと、アビリティの作用する範囲を「手刀」から「五指」に振り分けたもの。

 すごく呼びにくいが「斬指刀」みたいな感じ。両鉤爪スタイル。


 鉤爪を二体のプレデターへ飛ばす。

 片方は始末、片方には防がれた。



「っぶ、ぅ」



 これだけ徹底的に無視していたからか、初めから無視していた一体の尾が一本の槍と化して俺の腹を貫いた。



「っぎ、ぃィいイぃ”イ”⁉」



 新たに起動した「斬手刀」でその尾は切り捨てるが……毒を注入された。

 即座に全身に痛みと寒気が走り、力が失われる。



「さす、が……」



 実に、徹底的に、人類を滅ぼすための存在だ。その在り様は感動的ですらある。


 とあるムーンハンターがその命と引き換えにして手に入れた動画から得られた情報は、月の欠片の重要性を飛躍的に引き上げた。


 月の欠片は人類の科学レベルを一段階引き上げる。それだけの情報量と種類がある。


 同時に。


 月の欠片はプレデターのレベルを一段階引き上げる。そしてそれは同型種であれば、すべての個体にまで影響が伝播する。



 現状は要するに、新人類とプレデターとの月の欠片の争奪戦。

 とはいえ、人類は欠片を手に入れたとしても、そこから解析して自分たちの生活の役に立てるまで時間がかかる。

 一方でプレデターの場合、欠片を発見した個体が取り込み、同型種すべてがアップデートされてしまう。

 被害というか影響の関係上、たったひとつでもプレデター側に渡っただけで、大きく人類は脅かされることになるのだ。


 犬型プレデターの一体がかつて月の欠片を手に入れたことがあった。それこそ、とあるムーンハンターが得た動画の情報だ。

 犬型のプレデターたちは一様に尾を強化させ、ただ伸縮させるだけでなく斬撃性を手にし、なおかつ毒性を手に入れた。


 幸い、長い歴史の間に判明した限りにおいて、その毒は傭兵を仕留めるものではなかった。あくまでも心肺機能を低下させ、神経系に異常を起こす程度の毒。

 他方で、身体能力が然程向上していないハンターたちなら即死する。傭兵ギルドの新人類だからこそ、生き残れたというだけの話でもある。


 それが、今目の前の、敵。



「は、っは、ぁっはぁァア”!」



 束の間の一瞬だけ目を閉じ、己の内側に呼びかける。


 励起させるは「身体強化」。

 自然と強化されているソレではなく、自発的に発動させるモノ。

 その影響は、無意識で発動しているソレと比べて無類。

 戦況を引っくり返す、俺の切り札のひとつ。



「ガァアッ!」



 ぷつぷつと、頭の中から音がする。

 たぶん毛細血管の切れる音か、脳細胞が潰れる音だろう。強化された自重に耐え切れなかったのだと思われる。

 同様のことが「身体強化」を用いると様々な箇所で起こる。世界崩壊前でいうなら火事場の馬鹿力とかそういう類。鼻血が噴き出し、血涙を流し、唇や歯茎などが裂けて出血する。


 あらゆる身体機能が強化されたことで、一瞬で毒物を分解。唾液と共に口内に抽出され、唾として唾棄される。

 自己破壊された細胞もまた再生と破壊とを高速で繰り返している。



 明滅する視界。網膜に焼き付けられた光景を頼りに動く。

 強化され過ぎた視力は光を取り込み過ぎて何も映さない。ホワイトアウト状態だ。


 皮膚感覚すら常軌を逸し、風などの大気のもたらす情報からリアルタイムの位置関係を把握する。

 超強化された聴覚と嗅覚が皮膚感覚と合わせ、敵を三次元的に脳内で再現させる。


 血煙を纏い、吶喊とっかん


 尾を切り捨てた個体だが、すでに再生させているようだ。

 再度振るわれたソレだが、指先を強化して穿ってキャッチ。

 武器代わりに振り回してもう一体のプレデターを襲撃する。


 当然、カレンの方には間違っても攻撃できる場所には回さない。

 プレデターたちの機動力を削げたと判断し次第、手にしていたヤツに手刀を入れて破壊。

 すかさず残る一体へ駆け寄り、コイツも切り捨てる。



「カハァ、ッハァ、カハッ、ッハ……」

「ミ、ミナト!」



 こちらへ駆け寄ろうとしてくるカレンに手を翳し、吐血しながら動きを止める。

 まだだ、まだ、「身体強化」を止めるわけにはいかない。

 廻れ血液とばかりに荒く呼吸し、酸素を全細胞へ急いで供給する。


「身体強化」は恩恵も大きいが、負担もまた大きい。


 根本的に人類がプレデターに勝つのは難しいため、今回のように数で負けていると、無理をしなくてはならない。

 その無理を押し通せるアビリティであるため、これがある時点で傭兵ギルドでは甲種二類が確定する。


 何が言いたいかというと、「身体強化」を使った場合、敵を全滅させるまで止めてはならない諸刃の剣なのだ。

 止めた後の反動が強過ぎて、しばらく動けなくなる。


 で、目の前の四体を倒したのに、カレンを近づけさせない俺。

 つまり。



「ア”ァ”、メンどぐゼェな”……」



 喉の内側がズタズタなせいで、まともに喋れない。

 外側というか表面的な修復は早いんだが、内側は遅いんだよなあ。


 ズズン、ズズン、と瓦礫が地響きであちこち崩れていく。


 絶望の象徴。


 重量級プレデターのお出ましだ。

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