003
圧倒的な衝撃波によって千々に砕かれた家屋。その上に根を張り、命を語る植物。
人類が積み重ねた歴史を嘲笑うような一端に、俺は強化された手刀を突き入れる。
そのまま腕を振るえば、数メートルに渡って斬閃が飛び、ズズンと音を立てて崩れた。
俺の保有するアビリティのひとつ「斬手刀」。手を刃物と化して物を切断することのできる能力だ。
実際の肉弾戦で切り捨てる分にはほとんど消費もしないのだが、こうして強化した一閃を飛ばすとなると、途端に消費がとにかく重くなる。
「……カレン。わかってんだろうな?」
「うう、わかってるぅ! でもあとで!」
男は女に比べてアビリティを使うための力が体内に溜まりにくい。
というより、大部分が常時身体能力の向上に使われているというべきだ。
なので、その余剰分をやりくりして他のアビリティを励起させる。
一方で女はアビリティ獲得率が高い反面、それを励起して外部に影響を及ぼすのが難しい。
男はほぼ全員、特異な遺伝子を獲得した新人類であればみんなできるのだが。
……仮説によると「男は出す生き物で、女は受け入れる生き物だからではないか」と言われている。
ちなみにこの説の述べられた論文が何を言いたかったかというと、「アビリティの発動に必要なエネルギーのことを精気って呼ぼうね!」だったりするから信憑性でいえば微妙。
結局何と呼ぶか定まっていないものだから、現状でも人によってバラバラな呼び方である。誰か偉い人、早く統一してくれ。
「なんでもいいけどな……」
ヒャアヒャアうるさく騒ぐカレンの護衛をしながら進む。
うるさいけど、ばるんばるん忙しなく弾み動き回る乳と尻を見ていると、うるささも忘れられる。
いや違う。これは護衛任務のためだ。そのために護衛対象をしっかり見ているだけなのだ。俺は悪くないし、性欲に流されてもいない。潔癖系男子です。
アビリティで切断した箇所が階段状に崩れており、そこを足場に断層へ向かえる。
当たり前の話だが、適当に切り捨てたわけではない。きちんと事前に調査をしたカレンに許可を取っており、俺が切断した箇所は瓦礫と植物の根、土なんかしかないのだ。
さらにカレンが新たに調査。背嚢から取り出した道具を使ってさらに細かく精査していく。
カレンが使っている道具は「アラウンドサーチ」というもの。
つまみのダイヤルを動かして任意の周波数を発し、返ってくるもので何があるのか透過するといった仕様。資料に残っていた世界崩壊前のものよりもコンパクトかつ使い勝手は良くなったらしいが、精度の点では劣っているようだ。
まあ仕方ない。ほとんどの面において、世界崩壊前より優れた部分など現代にないのだ。
技術や道具が失伝している以上、それらを活かした道具があると資料から見つけることができたとしても、それを再現することができない。
ただし、劣っているばかりでもない。
今カレンが使っている「アラウンドサーチ」のように、世界崩壊後に手に入るようになった素材を用い、再現に挑戦した結果で生まれたモノもあるのだ。
それと、俺たちみたいな新人類自身もまた、そのひとつといえるだろう。
ほぼすべての放射線を受けても影響がないのだから。
ああ、それは前者の「アラウンドサーチ」にもいえるか。
世界崩壊前の機械が残っていたところで、現状の世界ではほとんど使えない。
厚い岩盤や鉄板などによって放射線から守られた、地下世界を除いて。
「……手早くな」
「わかってる! けど、こればっかりは運と勘!」
ああ、テンパっているのかテンションが上がっているのか、ハイボルテージな模様。
どちらにせよ、今のカレンの言動は荒いし、うるさい。何から何まで騒音を立てる歩く公害となる。
「ぶふっ」
「えっ⁉ なんで笑った? こわ……」
かつてカレンに付けられていた渾名を思い出して笑ってしまった。騒音的な意味で「歩く公害」呼ばわりとか面白すぎだろ。
まあそれはそれとして、俺がカレンを急かしているのは「アラウンドサーチ」などの調査補助具はプレデターを呼び寄せるからだ。
カレンが騒音的な意味で「歩く公害」と呼ばれているのは、ハンターに要求されるアビリティのひとつである「探知」を独力で励起できず、補助具に頼っているため。
これが独力で「探知」を使えるのであれば、プレデターを不用意に呼び寄せることもないのだから。
プレデターがやって来て戦いになるのは、個人的には望むところ。
けれども、お仕事としてはカレンを守らなければならない。単体のプレデターが相手ならば別にいいが、複数体がやって来たら守れないかもしれない。
撤退にでもなってみろ。俺によって掘り起こされた断層から何かを発見し、プレデターが先に情報を破壊してしまうかもしれない。
それが月の欠片だったりすると最悪だ。下手するとカレンは処刑されることになる。
それだけに留まらず、俺にまで被害が及びかねない。普通は傭兵ギルド側が守ってくれるが、事が月の欠片となると話は別だ。
新人類も、そしてプレデターもまた、求めるモノが月の欠片。
旧世界の森羅万象を閉じ込めた記録情報の断片。
総数は途方もなくてわからない。
けれども、それらが現状のモグラじみた生活をしている多くの人類を救う一手となるのは間違いない。
まあ、さすがに。俺一人で掘り返せる程度の浅さで月の欠片が出てくることなんて、まずないのだけれど。
「――――きた、か」
「ッ⁉」
反応は、複数。まずい。
「カレン、離脱準備」
「ええええええ⁉ 待ってくれって! 折角あとちょっとで調べられそうなのに! ちょっとばかり頑張れないか⁉ 勘が! あたしの勘が騒いでる!」
「騒いでるのはおまえだ」
「にゃんだとぉ⁉」
傭兵ギルドは様々な組織に雇われる。外の世界において、戦闘能力があるというだけで重要なのだ。
そういうわけでとにかく人数が求められることもあって、極端な話、特殊放射線に対応した新人類の男性ならば、それだけで登録できるし働き先はある。
それだけに、求められる能力に応じて項目を分類した。特にアビリティ。
必然的に、ギルドメンバーたる傭兵たちもまた、アビリティ及び性格や能力によって分類されることになった。
旧世界にあやかって、資格という呼び名で。
ムーンハンターギルドの要望に対応するためには甲種の資格が要る。甲種とはすなわち、誰かを護衛する能力だ。
アビリティがある傭兵なら甲種二類。
性格、あるいは能力によって甲種三類。
この双方を兼ね揃えるか、多分に両要素を含む者を甲種一類と分類する。
ムーンハンターの誰にどの傭兵を付けるか、選ぶのはギルド側だ。
そうして、俺とカレン双方の意思は関係なく、俺たちは組まされた。
破れ鍋に綴じ蓋。ポンコツハンター「歩く公害」のカレンと組める相手は、傭兵ギルドではイカレ戦闘狂な甲種一類のミナトだけだったってわけだ。
組んで行動するが、基本的にはハンター側にたいていの権利がある。
どこを探索・調査をするのか、どのようにするのか、どれだけするのかなどなど。一応は要相談ではあるが、優先権というか決定権はハンター側なのだ。
傭兵側は一応、理由を挙げることで傭兵ギルドから抗議は言える。
ただし、プレデター及び罠などの緊急時においては、甲種を持つ傭兵側に決定権がある。
そして決定権があるということは、責任の所在もそこにあるということ。
複数のプレデターに狙われている現状、指示を出す権利は傭兵側にあり、ハンターは指示に従う義務が生じる。
すなわち、交渉なんぞが絡む余地など、ない。
けれども。
「……四体。分は悪いぞ?」
「なんとかやってみせる!」
応相談である以上、互いにイカレていれば、そこに意味はない。
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