002

「地政学的に見て、ここは昔の集落だな。周囲から孤立しているし、たぶん重要な資料は残されていないだろう」



 カレンが何か話しながら歩いている。俺には何がどうなってそう判断しているのかさっぱりわからんが、まあ彼女が言うからにはそうなのだろう。

 俺が辺りを見回してわかることといえば……うん、瓦礫があちこちにあって、その隙間から植物が生えてきていて、生命というものはしぶとい! ということくらいだろうか。

 ほら、俺も特殊放射線に対応した新人類だし? しぶといよな人類。アビリティとかあるしな。



「じゃあさっさと離れるか?」

「バカ言え。プレデターたちはあたしたち生きてる人間だけでなく、その残滓も消そうとしていた。今じゃ命令が変わったのかそういう行動もあまり取らないけどな。つまり、逆説的に言えば、重要じゃないからこそ、残っている資料があるかもしれないってことだ!」



「ウヒョー! お宝だぞー!」と騒いでいるカレンには悪いが、よくわからん。



「重要じゃない資料なら要らんのでは?」

「バーカ! この脳内チ⚪️コ! 日記とかからでも読み取れる情報はあるの! そしたら、そこら辺からもっと詳しい情報が読み取れてくるの! 地形変わっちゃってるし、そういうのはこういった場所から拾って推測していくしかないんだよ!」



 わからん。こっちはペンでなく拳で戦う人間だ。

 そういうのは本を読んでも眠くならない人にするべき。


 わからないなりに、カレンの話を聞きながら彼女の探索に付き合う。これもまた重要だ。

 カレンのそれは俺への説明と見せかけて、実は自分で頭の中を整理するための実質ひとりごと。

 けれども、その理解を深めることで、彼女の要望を汲んだ行動ができるようになる。できるだけ、意思伝達の齟齬はない方がいい。


 戦いで、大事にしたい建造物を破壊するなんて過ちは犯してはならない。あのときの罰はもう、それこそ思い出したくないくらいに恐ろしいものだった。

 契約なので、受け入れなくてはならないのだ。ほんの一瞬、脳裏を過っただけでもぶるぶる。

 アレはイケナイ。アレはイケナイモノだよ……。



「待て」

「っと⁉︎」



 カレンを掴み、こちらへ寄せる。あともう一歩踏み出せば、不安定な瓦礫が崩れて落ちるところだった。



「助かった。助かったが……これはどういうことだ?」

「役得みたいなもんかな」

「じゃあもう手え離せ」

「うい」



 おっぱい揉んだだけでそんな怒らんでも。



「油断も隙もない……」

「それなら、変に危ない場所を不用意に歩き回らない方がいい」

「そんなことに注意を払うくらいなら、あたしに見付けられたがっている情報を探す方が優先だ!」

「それなら胸を触られたくらいで怒るな」

「怒ってはない。なんでやねんと思ってるだけで」

「なんやねんそれ」



 軽口を叩きながら、探索は続く。


 どうも瓦礫の大きさにカレンは注目している様子だ。そんな物を見て何がわかるのかと思うが、大きさによってどの方向から力が与えられて壊れたかがざっくりわかるらしい。前に言ってた。


 基本的にカレンとの探索は空振りに終わることが多い。

 というか、それが普通だ。

 探して簡単に見付かるなら、とっくにこの世の謎はあらかた解明されている。



「ミナトの超野生的な嗅覚で、何か見付けられないのか?」

「野生的って言うな」

「じゃあ、野蛮?」

「野生でいい」



 今の世で野蛮と言われるくらいなら野生の方がいい。



「とはいえな……俺の嗅覚なんざ、たかが知れてる。食べ物を探すくらいだ」

「美味しいものを求める。香辛料とかない?」

「あんなの腹の足しにもならんだろうに」

「美味しいはすべてに優先するの!」



◇◆◇◆



 当たり前だが、俺とカレンは別に幼馴染とか仲良しこよしの関係ではない。なので、色々と違いはある。


 特に顕著なのが生活面。俺は彼女がどういった生活を送って19年生きてきたのか知らないが、ムーンハンターギルドに入れるだけあって結構良い生活をしていたのだろう。

 教育にお金を掛けられなければ、19歳という若さで単独調査が許される特級ハンターのライセンスは得られない。なお実際の彼女を見ればわかる通り、ハンターライセンスに戦闘力は一切求められない。あればいい、くらい。


 俺なんかは質より量なのだが、カレンは量より味を取る。おかげで美味いものを食えているので、追い詰められない限り文句はない。

 そんなわけで、彼女の荷物は調査に必要なそれを除けば食事関係が大半である。まあそれをいうなら、俺の荷物も食事関係がほとんどだが。

 とりあえず食えるもの食っておけば死なないからな。



 現在の地上を特殊な装備なしに動き回れるのは、特殊放射線に対応した新人類だけだ。細胞が進化し、あらゆる放射線を体内に取り込んでトンチキエネルギーにしてアビリティという形でトンチキパワーを発することができるわけである。


 基本的に男性は肉体面に影響が強く出る。骨太になる上に骨密度が上がり、筋肉量も肥大化しやすい傾向にある。要するに、体格が良い。


 俺なんかはカレンに「ワイヤーみたいな変化だな」と言われるような感じで、肥大化してくれず筋肉の質が上がる一方の痩せマッチョタイプ。なので割と見た目で舐められる。フ●ック。


 デメリットとして性欲や食欲が強くなり、血の気も多くなる。男性的形質が色濃くなるともいえる。



 女性の場合も肉体面に影響はあるが、さほど大きくはない。持久力が上がる感じ。


 一方でアビリティの獲得率が高く、専用の補助道具を手に入れることができれば、戦闘も可能。

 条件を満たすことができるのであれば、単純な戦闘で男が女に勝つのは難しい。

 その条件が非常に厳しいのが問題だが。


 デメリットは感情の起伏が大きくなり、しばしば冷静でいられなくなる。

 血の気が多くなるというのとは、また別だ。情緒不安定とか更年期障害というか、そういった部分が発現する。

 これは強力なアビリティであればあるほど、またアビリティを多く持つほどに影響が強くなる。


 なので「戦える女性であり、なおかつ理性的」というクールビューティが現在の世間一般で憧れる女性像。

 そういう理由から、カレンは逆に、最低に近い評価を下されている。



◇◆◇◆



「そろそろ何か見付けないとなあ」

「肉ならあるだろ」

「肉だけはな! 塩はあるけど、胡椒とか他にもあるだろ!」

「肉と塩さえあれば人は生きていける」

「無理だから! 主食がないし、ビタミンも足りない!」

「根性さえあれば」

「根性で身体は作れない!」



 おのれ、言い訳しおってからに。そんなんだから虫を食ってる光景を見て吐きそうになるんだ。

 昔、昆虫食は最良の栄養源だよと教えてくれた人がいるのだが、果たしてあれは嘘だったのだろうか?

 とりあえず私は五体満足の健康体です。

 みんなも食べよう、虫。



「おっと。ここから先は、俺が抱えた方が良さそうか」

「……そんなにヤバいか?」

「トラップを疑うくらいには、落とし穴がたくさんある」

「地下室を多く抱える場所だったのかな?」



 俺の備えるアビリティのひとつが反応している。一応「罠感知」という名前が付いているが、人によって精度も違えば、何に反応するかも違う。

 割とアビリティの分け方は大雑把だ。



「前? 後ろ?」

「……腕が使えた方が良さそうだ」

「じゃあおんぶか」



 こういった場で冗談や嘘は吐かないと契約で結んでいる。

 そうでなくても時と場合は弁えるが、弁えない輩が多いから、契約を結ぶときは様々な取り決めがあるのだろう。

 善良な一市民としては甚だ困ったものである。


 自前の荷物を前に構えてカレンを背負い、片腕で支える。背中に感じる双乳の感触に気を取られないよう、注意して進む。

 今は我慢、我慢。夜にしこたま揉むのだ。これは昼間に我慢させられている復讐なのだ。正義は我にあり。


 冗談はともかくとして、そこかしこにある落とし穴はなかなかに深さがありそうだ。

 いざとなったら壁に手足を打ち込んで身体を支える所存。



「……デパートがあったのかもしれないね」

「デパート……立体交易場だったか」

「そう。高さは不明だけど、最低でも地下一階はある建物だ。荷物の集積所として、二階三階とあってもおかしくはない」



 かつての言葉で複合集合施設だったっけ。意味が重複している気がする。いや、複合商用施設?

 かつての言葉というより、かつての世界は似た言葉が多過ぎる。もっとシンプルでいいと思うのだけどな。



「別名で百貨店。ここでいう百というのは『なんでも』という意味だ。デパートに来れば、とりあえず欲しいものはたいてい買えるってことだ」

「便利だな」

「便利だよ。だから、現存するデパートはこの世にひとつもない」



 プレデターが優先的に狙ったもののひとつか。であれば、ここに残された資料はなさそうか?



「どうする? なんとか頑張って掘り起こしてみるか?」

「…………やめとこうか。さすがに、そこまでやるとミナトの負担が重い。むしろ、周りが気になる」

「ん?」

「デパートは商業的に強いから、周りのお店なんかを駆逐する。必然的に、残るのは一般住宅だ。教育機関は別の基準で設けられるし、レジャー施設もデパートに取り込まれるから可能性は低い」



 個々人の保有していた情報を探るということか。つまり日記。

 かつての人々も、未来のやつらに自分たちの日記を読まれることになろうとは予想もしていまい。


 ましてや研究資料として、下手すると広く膾炙されることになりかねんのだ。


 浮気相手との交換日記とかあったりして。あるいは女装して書いた話とか。そんなもんが詳らかにされた挙句に教科書にされようものなら、死んだ者も浮かばれまい。


 やはり弱みになりそうな証拠は残さない方がいいんだな、と感じた夏である、まる。

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