ムーンハンター ~滅んだ世界とうるさいハンターと戦闘狂の珍道中、時々ハラペコ魔剣~

どんぐり男爵

001

 昔話で聞いたことのある、本当にあったという話。

 それは一度この世界を人類が席巻し、謳歌した人類の黄金期。


 今でもこの世のあちこちにその名残と思われる残滓がちらほら点在しており、それは決してただの空想の物語というわけではないと証明している。



 ただしーーそのことに神はお怒りになった、とお話は続く。



 数多の岩石が空の果ての果てに広がる、黒き闇の帷の向こう側から地上に飛来した。

 残された文献なんかの資料を調べたところ、これも事実で、要は宇宙から隕石が降ってきたというのがそのことらしい。

 おかげさまで地上は大変なことになり、栄えた文明は脆くも崩れた。

 この「審判の日」を基準とし、現代は世界崩壊後と呼ばれている。


 当時の人類は己の肉体に頼ることを良しとせず、重労働を機械に依存することで生活していたためか、はたまた無菌室のような清浄過ぎる空間で生活していたためか……宇宙から隕石に乗ってやってきた未知の病原体でアッサリ数を減らしたようだ。


 まあそうでなくても、環境が激変したようで、それに適応できなかった人々は死んでいったようだ。なので泣きっ面に蜂といえるのかどうかは不明。


 そんな話はいまや常識となっているため、世間的には機械に頼ることは良くないこととされている。多少はお目溢しされているが、そのラインも都市や国、人々によって様々だ。


 どう足掻いても海や巨大な川を渡るのに、人の手でボートを漕いでいたらいつまで経っても辿り着かないし、積載量も増やせないからな。

 そういった水運のない地域なんかでは、逆に川を渡るのに機械を使おうとすると白眼視されるし、下手すると取り締まられたりもする。


 郷に入りては郷に従えと昔の人は仰ったらしい。

 至言だとは思うが、そう言った彼らのせいでこんな世の中になってしまったと考えると、あまり信じきるのも良くないのかもしれない。


 つまりは何を言いたいかというと。



「お、も、い……! まだか、カレン!」

「もうちょっとだっつの! 男だろ⁉︎ 踏ん張れよミナト!」

「ふぎぎぎ!」



 クソ重い瓦礫を持ち上げることに人力でとか固執せず、機械に頼ればいいんじゃないでしょうかねえ……⁉︎



「あとちょっと! あとちょっとだから!」

「早く、しろ……」

「うるせえ! おめえこそ踏ん張れ! そんなんだから早漏なんだろうが!」

「関係ねーやろ‼︎」



 くっ! 視界の端にチラチラ映るぽよんぽよんの尻が悪い! あんなもん揉みしだきたくなるに決まってる。年頃の男の子を舐めるな⁉︎

 なお男の子の男の子を舐めるのは良しとする。俺は一体何を考えているんだ……?



「取れた! よしっ!」

「だっはー! しんどっ! 疲れた!」



 カレンが上半身を突っ込んでいた穴から離れたので、俺も瓦礫を手放すことにする。ズドーンと景気の良い音が辺りに鳴り響いた。



「ちょ、バカ……!」

「あ?」



 埃やら煤やらなんやらで顔の至るところが黒くなったカレンは大きな目玉を一層大きくさせ、焦り出す。



「音立てんなよ! プレデターがやってくる!」

「はあ? 今更だろ」

「は⁉︎」

「遅えよ。もうとっくに標的にされてる」

「ななななな……!」



 取ったモノを胸に抱いて縮こまるカレン。豊かな双乳が寄り合って大変よろしい見た目に……っていやマテ。ここで興奮するのはマズイ。


 男の子が臨戦態勢に入るとうまく動けなくなるのだ、男という生き物は。悲しいけどこれ生き物の習性なのよね……「審判の日」前後共に変わらないのである。



 人類が数を大きく減らした理由は様々。

 その最大の理由が隕石衝突の衝撃による異常気象や地殻変動にあったことは間違いないが、他にも病原体や不足した食糧にやる栄養失調など様々な要因がある。


 そして。

 そのうちのひとつが、今こうして俺たちに迫っている。



「■■■■■■!」

「うるせえな」



 現れたのはダブルショーテルタイプのプレデター。

 4本の虫のような、それでいて巨大な脚で機動し、両腕と言っていいのかわからない鎌で人間を殺そうとしてくる。

 双鎌型とも言われるが、一番使われてる呼び名はカマキリ。次点でマンティス。



「やや小さめの個体か。数も……他にはいそうもないな。ラッキーだったな、カレン」

「バカ言ってんじゃねえ! 早く倒せよ! あたしにおまえみたいや戦闘力はねえんだっつの!」

「まあそう言うな。折角だし愉しませろ」

「愉しむな戦闘狂!」



 俺がカレンと組んでいる理由のひとつが、コレだ。

 彼女は結構優秀だと思うのだが、何故か粗忽者なところがあって、とりあえずシンプルに声がデカい。

 テンパると余計にデカくなる。それが敵を誘き寄せることになっていると自覚しているのに、だ。


 まあ、人それぞれ、治せない性分というものはある。

 そしてそれが俺にもあって、俺の場合は強い戦闘欲求。

 果たして俺のソレが生来のモノなのか、あるいは特殊な放射線に適応した新人類の細胞に発現したアビリティに因るモノなのかはわからない。


 どちらでもいい。

 戦えるなら。

 生死を懸けた恐怖を上回る歓喜を寄越すなら。


 普通に考えればデメリットで、だからこそ爪弾きにされそうになった彼女と俺は組んでいる。

 カレンと居れば、俺は絶えず渇きにも似た欲求を抑えずにいられるのだ。



「さあ、ここが俺の墓場か。あるいは、オマエの墓場か」

「ミナトって、いつも思うけどさ。なーんで戦闘に入ると変な言い回しとかになるんだ?」



 知らぬ。細胞に聞いてくれ。

 特に何も考えずにダラダラと思いついたまま垂れ流しているだけなので。

 つまりはノリと勢いとフィーリング。



「――ハ」



 脚部の先は鋭利で、あちこちに乱雑に積み重なっている瓦礫を貫き、モノともせずにやってくる。

 その足取りに迷うところはない。あるいは「迷う」という思考そのものがないのか。


 プレデターが如何なる存在なのかはまだ断定されていない。

 ただ間違いなく明らかなことがあるといえば――人類を滅ぼそうという殺意を持つということと、「審判の日」から現れた存在だということ。


 高速振動する両鎌は大抵の物を蕩けたバターのように容易く切断する。

 あまり自由に動き回られるのはうまくない。こいつが動き回った衝撃でさらに瓦礫が崩れ、カレンがそれに巻き込まれるかもしれないからだ。

 俺はともかくとして、カレンの肉体強度はほとんど常人と変わりないので、危険だ。


 俺の方から前進し、標的をこちらに絞らせる。そうすることで、敵の行動範囲を狭めるのだ。

 そもそも、近付かんことには攻撃できんし。



「どうでもいい、が」



 腕一本を犠牲に鎌をやり過ごし、懐へ潜り込んだ。



「今晩はカレンを泣かす。蕩けたバターみたいな顔にする」

「冤罪! 不当判決だろ! 再審を!」

「棄却する。決定事項だ。これにて閉廷!」



 強化した貫手でカマキリの眉間を貫き、脳を破壊する。


 びくん、と大きく震えたかと思えば、全身が沸騰するかのように熱くなり、白い蒸気を出しながらどろりと融解していく。

 液体化して足元に崩れ落ち、やがてプレデターの身体は大地に浸み込んで消え去る。

 聞いた話によれば、プレデターが浸み込むことで大地は生きる力を取り戻すのだとか。ほんまかいな。



「ふう……」



 今回のプレデターは何も残さなかったな。まあ、別にいい。それを求めて戦ったわけでもない。

 たとえ一撃で殺せるとしても、生死の懸かった戦いというのは良いものだ。血が沸き踊り、生を実感する。

 戦い終わった後、全身を満たす虚脱感。これもまた、たまらない。



「浸ってんな! 血ぃ流しっ放しなんだぞ! 壊れた蛇口かよ!」

「おお、なんかボーッとすると思った」

「アホなんか⁉︎」



 カレンが切り落とされた俺の片腕を寄越してくれたので、その切断面を接合させる。

 にちゃ、ぐじゅ、と淫靡な音を立てて細胞同士が繋がり合い、再生する。



「ゔ……いつ聞いても嫌な音」

「だいたいおまえとヤってるときの音と同じだぞ?」

「んなわけあるかバーカ! ふざけんなアホ!」



 真っ赤な顔で批判してくるカレン。

 けれども、肉がうごめいて、そこに血という液体が絡んで発せられる音なのだから、だいたい同じでは?



「そもそも、治るからって平気で傷付こうとするのはやめろよ。なんか、ヤだ」

「さよけ」

「軽い! おまえが殺られたら次はあたしなんだからな⁉︎ 考えろよ⁉︎」

「死ななきゃいいんだ、死ななきゃ」



 軽く言い返すし、カレンはぶつくさ言うが、軽い気持ちで言っているわけではない。

 俺が殺されれば、次はカレン。それは間違いない。ならば、俺は決して殺されてやりはしない。

 ならば死なない。死ぬ前にすべての敵を屠るし、その上で生き残ってやる。

 カレンには俺がついていないと生きていけないだろうし、俺も以前のように満足に戦えない鬱屈した生など勘弁だ。



「カレン」

「あ?」

「回復したい」

「むぐ……」



 頬を朱に染めるカレン。いい加減慣れてもいいと思うのだが、乙女心というのは複雑らしい。男である俺には一生わからないものだろう。


 戦いの後、とりわけ俺のアビリティが発動するような傷付く戦いの後は非常に昂ってしまうし、大きく消耗している。


 これを魔力と呼ぶのか気力と呼ぶのか未だに議論が続いているが、カレンはその身に宿るモノを使えない。代わりに、口付けなどの粘膜接触を通して、俺に補給することができる。


 なので、消費分をカレンが俺に供給するというのは俺との契約だ。代わりに、俺はカレンの護衛として彼女と共にこの世界を旅している。


 幸い、カレンの容姿は一般的に見て整っている方だ。女らしい口調とは言えないが、それで互いに本音を言い合えない関係というのも遠慮する。



「はあ……」



 どうもこの供給行為の後はカレンが腰砕けになるので、すぐに動くことはできない。くるりと回転させて背中から抱き止め、空を見上げる。


 蒼空に浮かぶは微かに白い砕けた月。

 この世のすべての情報が保存されていたかつての世界庫。

 その断片は隕石と共に地上に降り注ぎ、かそけき古の歴史を紡いでいる。


 それらを回収して回るのが、ムーンハンターギルドに所属しているカレンの目的。


 その護衛が傭兵ギルドに所属している俺の役割。



 かつてのありし日を追い掛けるというのもロマンがあるし十分な魅力だが、個人的には絶え間ない戦いとその後処理を任せられる優秀で美人な相棒がいるということの方が喜ばしい。


 願わくば、そう簡単にカレンが満足してしまうような情報を手にすることがないように。


 こうして俺に楽しみをくれている彼女には悪いが、どうしてもそう思ってしまうのだった。

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