第39話 小さな巨人計画37


 格納庫で佐久夜と楠瀬は服を脱ぎ捨て、別々の巨人に搭乗した。

 ガラス越しに格納庫を一望できる生体管理部には、霜月と神埼の姿だけではなくギリスの姿もあった。


「母さんと話してきたよ。俺にも協力させてほしい。海洋国家連合本部に住居を構える富裕層を中心とした住民はただでさえ攻撃を受けているのに、戦火の中心にいる海底巨人を目指す航行に反対している。しかし、海底巨人に宇宙巨人を受け止めてもらわなければならないことも十分に理解していた。ここは止まらない」


 父の声が、細胞管を経由して搭乗者に届けられた。


「ありがとう、父さん」


 父さんは十年前から海底巨人を保護しようとしていた。ずっと姉さんを守ってくれてありがとう。


「ギリスさん、行ってきます」


 楠瀬は言った。

 微笑む父の姿に、佐久夜は安堵した。


「海底巨人にたどり着いたら、大陸国家連合が前頭葉にあいた大穴を囲うように建造した施設を目指してくれ。そこは海底巨人との対話を目的としているため、設置されたカテーテルを巨人の子宮に刺して細胞の供給先を海底巨人に変更することで、それの本能になることができる。その意見で母さんとも一致した。そこは第三勢力圏との戦いによって閉鎖されてしまったが、今も使えることを祈ろう」


 そこは、俺がカテーテルの整備をするはずだった施設と一致していた。

 二体の巨人は、頷いた。

 格納庫と生体管理部を遮るガラスに、戦場が映し出された。

 宇宙巨人を軽く見上げる海底巨人の右腕が海面から飛び出し、それが動くと戦闘機や戦闘ヘリは強風にあおられ墜落する機体もあった。


 宇宙巨人が、手を伸ばしたい位置まで来ていた。

 まだ届く距離ではないが、それは形まではっきりと目視できた。


「こんなにも早く、宇宙巨人が落ちようとしている。第三勢力圏は、本当に宇宙巨人の落下速度を加速させて、海底巨人に撃ち込もうとしているんだ。本当にそんなものを受け止められるのかわからない。でも、受け止めてあげないといけないんだ」


 母も宇宙巨人を受け止めることを望んでいた。それが、巨人の子どもたちの大きな存在価値になる。たとえ海底巨人の本能になろうとせず地球に残る子どもたちがいようとも、俺たちの成果の成果によって、きっと歓迎される存在になる。


「大丈夫、私たちが受け止めてあげましょう」


 巨人部隊が海底巨人の頭上で交戦していた。

 背中の細胞管を引きちぎられる光景は、見ていられない。

 血縁関係でありながら、どうして傷つけ合わなくてはならないんだ。

 お互いを尊重できる世界は、すぐそこにあるのに。

 俺はだれもより早く海底巨人の本能になり、多くの巨人の子どもたちを導かなくてはならない。


 海洋国家連合本部は海底巨人に上陸している第三勢力圏所属の巨人部隊を砲撃した。

 海底巨人が射程圏内に入った。それは細胞管をもちいた外部からの細胞供給が可能な範囲に入った合図だった。


「また会えることを願っている。出撃せよ」


 ギリスは力強く言った。

 サイレンが鳴り響くと国道が中央分離帯を堺に二分され、二体の巨人が地下から出現した。

 同時に出現した一直線の道は海にせり出し、前方の海底巨人を一直線上に捉えた。


 二体の巨人は砲弾が降り注ぐ一直線の道を駆けた。

 海にせり出した道路で両足の膝を曲げてアスファルトが陥没するほどの勢いをつけて踏み切り、海洋国家連合が制空権を確保している側頭部に飛び移った。


 巨大な頭部は少し傾斜しているが、丸みを感じるほどではない。

 足裏に、じんわりと海底巨人の体温が伝わった。視線を落とすと、右目が出現した当時の建築物は瓦礫として足元に残っていた。


「こんな有様では、目的の施設も現存を期待できないわね」


 楠瀬は落ちているかけらを拾い上げて言った。


「せめてカテーテルが残っていることを祈ろう」


「そうね」


 海底巨人は見上げているため、前頭葉は高い位置にあった。その方向を見ると、落下する宇宙巨人の頭部が自然と目に入った。

 こちらを見下ろす宇宙巨人の目玉が、大きな音を立てて動く。


 そこに、何発ものミサイルが直撃した。

 肉と血の雨が降り注ぎ、佐久夜は目をつむった。

 再び目を開くと宇宙巨人の片目はミサイルによって消し飛ばされており、陥没して骨がむき出しになった顔面は見るも無惨に焼きただれていた。


「宇宙巨人も再生していた。だからきっと、あそこにも一人目の搭乗者がいる。必ず、いっしょに連れていきたい」


「私も宇宙巨人だけを、あんな姿で残しておけない。私たちが助けられる存在は、助けてあげましょう」


 二人は前頭葉に向かって、大きく揺れる緩やかな坂道を歩いた。


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