第37話 小さな巨人計画35


 その視線に有麻は応えると、口を開いた。


「わかった、真実を話そう。私は十年前のあの日、小さな巨人計画を遂行するため涼子であることを捨てて大陸国家連合に亡命した。協力的だった宮・クレイトシスはなりそこないの巨人を利用して私が亡くなったことにしてくれた。それは私を自由にしてくれたけど、彼女は犯人を逃がし続けていることに大きな責任を感じていた」涼子は会場のどよめきも意に介さず言葉を続けた。「私が涼子であることを捨てたから、いつまでも犯人を告発することができず、もどかしい思いをしていた。しかし宮の率先した犠牲で、ようやく来栖を殺害した犯人が天海であったと伝えられた。それに宮が命を賭して伝えたかった出生のことも、楠瀬に伝わってよかった。ただ宮を殺害した犯人が天海でしたというだけでは、私も宮も救われない」


 佐久夜は口にする言葉が出てこなかった。

 最前列で涼子のとなりに座る父さんは、立ち上がっている涼子を見上げていた。こんな母の来栖を探しているという嘘に騙されて、何をしてんだよ。母さんは、来栖を探していた俺たちの想いも裏切ったんだ。


「どうして……小さな巨人計画を完遂するために亡命? 私は涼子の仲間として、同じ使命を抱いていた。これまでだって、あなたのために私は行動してきたのに……。私の心を返してよ!」天海は叫んだ。「どうして小さな巨人計画なんて残したのよ……?」


 佐久夜は言った。「小さな巨人計画は、巨人の子どもたちを軍人という呪縛から解放するために必要だったんです。十年前に海底巨人を殺害しようとしたのも同じ理由です」


「そんなの嘘よ! 二つの作戦は矛盾しているじゃない。小さな巨人計画は海底巨人を存続させる作戦なのよ? あれが存在しているかぎり、巨人の子どもたちは何からも解放されない。そうよ、小さな巨人計画を遂行している有麻さんが涼子なはず、ないのよ――」


「矛盾はしていないんですよ。海底巨人の自我を対話で制御する本能になれば、巨人の子どもたちは軍人になるしかなかった現状から解放されて自由になれると母さんは考えたんです。きっと、そこを目指している俺も、巨人の子どもたちの一人なのでしょう」


 俺も楠瀬と同じ巨人の子どもたちであったことに、安堵していた。これで同じ境遇の俺が楠瀬を一人にすることはない。


「なによ、それ。私は、あなたたちのために海底巨人の殺害を使命にしていたの? 私が失敗しようと、成功しようと、あなたたちの幸せしか考えられていないじゃない――」


 佐久夜は母に笑いかけた。「肉体を失った搭乗者が巨人の本能ではなく自我になるという真実は、血統の問題がある巨人に一人目の搭乗者が存在していることを確定させ、細胞を供給することで巨人の本能になろうとしていた小さな巨人計画に血統の問題を引き起こして人類の希望ではなくしてしまう。それは巨人の子どもたちを自由にするという悲願の達成を困難にさせるから、本能が自我と対話するというような矛盾を残しながらも自我になるのではなく本能になると言って小さな巨人計画を残したんですよね。そんなことができた母さんは、一人目の搭乗者がいることも知っていたはずです。姉さんが一人目の搭乗者として存在していることを知ってほしいから、二人以上では搭乗できないと言ったんですよね。今の俺にならわかります。母さんが言っていた『助けなくちゃいけない子ども』というのは、一人目の搭乗者のことだったんですね。自分の子どもが一人目の搭乗者として存在していることを知ってほしいという親心は、紗綾さんに教えてもらったんですか?」


 母は巨人の子どもたちを解放するために来栖を殺害した女を野放しにして、多くの国民を騙す実効性のない小さな巨人計画を残さざるをえなかった。だから、巨人の子どもたちのためと伝えることもできない。

 でも、そんな母を責められなかった。

 母は、俺たちを想い続けてくれていた。


「そうだ。もしも娘と出会うことができるのなら、それを価値のあるものにしたい。それが親というものだろ? 一人目の搭乗者は、きみたちの生みの親だ。でも巨人として子どもたちを出産した彼女に、親としての記憶はない。だから育ての親である私を母だと思うのなら、彼女のことは姉だと思ってくれると嬉しい」涼子は笑みを浮かべた。「そこまでわかっているなら、巨人の自我になるのか、人間として生活するのか、選択するといい。巨人の子どもたちが海底巨人の本能となり宇宙巨人を受け止めれば、本当に英雄視された帰還が実現する。帰ってくるのなら、私たちは快く受け入れよう」


 母さんが別にいると言われても、実感はなかった。

 きっと来栖は生みの母親に似ているから、どちらのことも母親と呼んだかもしれない。しかし、俺は一人目の搭乗者が自分に似ていると感じたことがない。彼女が母親だとは思えなかった。


「俺にとって母さんは、母さんしかいません」佐久夜は力強く断言した。「でも姉さんが言っていた『私たちは巨人としてでしか生きられない』という言葉が真実であることは、巨人の自我の一部になった俺も感じていました。だから巨人の子どもたちは、そこに行くしかないんです」


「よかったね。私が宮・クレイトシスを殺害したから親子の再会を果たせた」天海は薄ら笑いで言った。「嬉しいでしょう?」


 嬉しくないわけがない。でも、そんな気持ちを楠瀬の前で表現できるはずがなかった。


「もっと違う経緯での再会を、今でも心から望んでいる」


 佐久夜は絞り出した言葉を伝えた。


「なんて私は惨めなんだろう」天海は椅子に座ってうなだれた。「なんのために……」


 警報が鳴り、涼子に通信が届いた。

 何か、よからぬことが起きていることは察しがついた。


「第三勢力圏の攻撃だ。天海はここの座標を伝えていた。同時に宇宙巨人にも攻撃をしている。第三勢力圏は宇宙巨人の落下速度を加速させ、落下地点にいる海底巨人に受け止められない速度で撃ち込み殺害しようとしているようだ」


「俺は海底巨人の本能となり宇宙巨人を受け止め、両親と紗綾を守ります。母が望む、英雄視された帰還は叶わないかもしれません。でも、そこで巨人の子どもたちは姉さんを幸せにします」


「ありがとう。佐久夜が自ら自由になれる場所を見つけられたのなら、それを見届けよう。佐久夜の姉は、来瀬くるせという名前だ。もしも会えたのなら、そう呼んであげてほしい。生きていれば、いずれ私と紗綾、ギリスなら会いに行ける。そんな日を、夢にしたい」


 第三勢力圏からの攻撃に備えるため、多くの職員はホールを出た。


 涼子は天海を連れてホールから出ようとしていた。「霜月くんのおかげで、宇宙に避難した国民は救われる。ありがとう。しかし、きみをここに残してしまったことを後悔している。私だけでよかった」

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