第36話 小さな巨人計画34


 千席はあるホールが、満員になっていた。

 佐久夜は登壇してマイクを握った。

 最前列には谷内巨人担当大臣やルイス海洋国家連合議長、ギリス大陸国家連合議長を皮切りに、天海さんや有麻さんといった小さな巨人計画の重鎮が並んで座っていた。楠瀬は最後列で、俺を見届けようとしていた。


「お集まりいただき、ありがとうございます。こうして皆さんにお集まりいただいた理由は、真実をお伝えするためです。有麻さんのついた、宮・クレイトシス司令は搭乗者という嘘が、すべてを解決する糸口になりました。なぜ犯人はその嘘で罪を犯したのでしょうか。それを解決するためには、十年前まで遡らなくてはなりません。私の母である湊崎涼子がなりそこないの巨人になった事件を思い出してください。有麻さんは私に、なりそこないの巨人は搭乗者が細胞供給中に亡くなっているため発生する現象であり、すでに搭乗者は死亡している可能性が高いと教えてくれました。あの艦内で、巨人の子宮内に入った搭乗者が細胞供給中に亡くなるということはありません。殺害されて間もなく搭乗させられたことで、中途半端にしか細胞が巨人に供給されなかったのです。母は搭乗者ではありませんでしたが、遺体を子宮に搭乗させられていました。搭乗者という情報から殺害された宮・クレイトシス司令の遺体も同じく搭乗させられていました。真逆に思える被害者の条件ですが、ある真実を解き明かすことで二つに事件は結びつきました。有麻さん、本当は母さんなんですよね? 湊崎涼子なんですよね?」


 衆目は、有麻に集まった。

 有麻は立ち上がった。


「佐久夜が母を待ちこがれていることは知っている。湊崎涼子さんは亡くなっている可能性が高いと告げたのも私だ。その私が母と呼ばれることは、本当の母に面目が立たない」


「有麻さんは搭乗経験があるとおっしゃっていました。小さな巨人Ⅲを見届けたあなた方ならわかっているはずです。一人目の搭乗者が存在していることから、搭乗を経験できるのは湊崎血統だけなんです。有麻さんは先祖に搭乗者がいなければ、搭乗者の名前を世襲しているわけでもない。俺や楠瀬と同じで名前を世襲される側の存在である可能性も考えましたが、そうであるなら搭乗者になっているはずです。研究者であるあなたには、本来であれば搭乗できる資格がないんです」


 どよめきが、ホールに反響した。


「もしも私が湊崎涼子であったのなら、なりそこないの巨人に搭乗しているのはだれなのだろうか?」


「十年前、なりそこないの巨人になることができた巨人は、唯一、出撃することができなかった巨人だけです。そして搭乗できた人物も、母を除けば一人しかいません。なりそこないの巨人に搭乗しているのは、湊崎来栖です。湊崎涼子殺人事件は、湊崎来栖殺人事件であったのです。十年前に来栖を殺害できたのは、なりそこないの巨人が誕生するまで来栖と接点があった天海千景さんしかいないんですよ。搭乗記録は、来栖の生体反応が消失した時刻に記録されたのでしょう」佐久夜は天海を睨んだ。「十年前の被害者も搭乗者だった。だから宮・クレイトシス司令のことも搭乗者という情報だけで殺害したんです。なりそこないの巨人になってしまえば遺体は見つからないと考えたんですよね。でも、あなたは騙されたんですよ。被害者が来栖だと知っていた母さんは、十年前から天海さんが犯人だとわかっていたんです。でも小さな巨人計画を自らの手で遂行するには涼子だということを隠し続けないといけないから、告発できませんでした。だから宮・クレイトシス司令が囮になったんです。司令は命を賭して娘に巨人の子どもたちであるという真実を告げたかった。母は来栖を殺害した犯人を捕まえてほしかった。その思惑が一致したんです。天海さんは司令と小さな巨人Ⅲで使用される巨人を選定していたそうですが、殺害する機会はあったはずです。司令は殺されるためにあなたといたんですから」


「そうよ、私は来栖と宮・クレイトシス司令を殺した。でも、そんなことはどうでもいいの。私が犯行を認めたら、有麻さんが涼子だと証明されるんでしょう?」天海は満面の笑みで言った。「有麻さんが涼子なら、もう一度、決断してほしい。私といっしょに海底巨人と宇宙巨人を殺害しましょう。私たちの思想に、第三勢力圏も協力してくれる。海底巨人の殺害をあきらめて、小さな巨人計画なんて遂行しなくていい」


「黙れ!」佐久夜は一呼吸おいてから口を開いた。「どうして来栖を殺す必要があったんですか? 通信記録に小さな巨人計画という発言はなかった。格納庫にいたあなたと来栖は、まだ小さな巨人計画を知らなかったはずです。計画を阻止するために殺す必要はありません」


 天海は立ち上がった。


「来栖は『兄と母が海底巨人の殺害を選んだのだから、私は父と同じ海底巨人の生存を望まなくてはならない。それが湊崎家を守ることだ』と言っていた。それは涼子の使命である海底巨人の殺害にとって脅威だった。私も涼子や佐久夜と同じように、海底巨人の殺害を望んでいた一人なんだよ。だから涼子が行方不明になってしまい悲しかった。宮・クレイトシス司令が搭乗者という嘘に私は騙されたけど、それでよかった。私は有麻さんが涼子だと証明した」天海は有麻に視線を送って手を差し出した。「早く涼子だと認めて、私と来て――」


 来栖は家の存続を第一に考えていた。

 俺が母の意向に反対していれば、来栖に未来を生きさせてあげられたかもしれないのに。


「母さんは正体を明かして来栖を弔ってあげてください。天海さんの犯行は、母の意志を引き継いでしまったがために引き起こされてしまった。罪悪感を抱かないのですか?」


 佐久夜は、有麻を見つめた。

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