第33話 小さな巨人計画31


 格納庫には何体もの巨人が直立しており、白衣を着た人物が集まる巨人の前に遺体は寝かされていた。

 三人は駆け寄って、顔を確認した。


「お母さん……」楠瀬は膝をつくと、母の頬に触れた。


 佐久夜は、そんな楠瀬の背中を見つめた。「神崎さん、遺体の第一発見者を紹介してくれませんか?」


「わかりました、探してきます。佐久夜さんはクレイトシスさんのそばにいてあげてください」


 神崎は背を見せて走った。


 なんと声をかけていいのかわからなかった。

 俺も母の死が確定していないだけで、すでに死んでいるかもしれない。しかし未確定というだけで、それすらも楠瀬は羨ましく思っているかもしれない。そんな俺の言葉は、すべて嫌味に聞こえてもおかしくない。


 宮・クレイトシス司令の首には締めつけられた痕跡が残り、縄を解こうとした際に爪で首をひっかいた吉川線が見られた。

 遺体は全身が濡れており、近くでは搭乗装置から伸びる管が巨人の子宮までつながっていることから、それで搭乗させられたようだった。


「第一発見者を連れてきました」


 神崎は、一人の女性を連れて戻ってきた。


「ありがとうございます」


 連れてこられた女性は、有麻さんだった。


「佐久夜くん、私も犯人を探したい。でも、私は天海さんと小さな巨人Ⅲの継続を協議しなければならないの」


「一つだけ教えてください。宮・クレイトシス司令は、巨人の子宮内で発見されたのですか?」


「そうよ。子宮内の異物を検知したから、私が様子を見に来たの。そしたら、中には宮・クレイトシス司令がいた。司令は天海さんと格納庫に来て小さな巨人Ⅲで使用する巨人を選定していたらしいの。天海さんは司令とわかれて選定していたから、犯人を見ていないと証言している。ごめんなさい。もう、戻らないと」


「ありがとうございました」


 駆けていく有麻さんを見送った。


「楠瀬――きっと小さな巨人Ⅲは再開される」


「湊崎さん、医師として助言させていただきます。クレイトシスさんには休養が必要です」


「俺たちに、そんな時間は残されていないんだ」佐久夜は声を荒らげた。「俺だって楠瀬を苦しませたくない。しかし、乗るしかないんだよ」


「神崎さん、心配しくれてありがとうございました。でも、大丈夫ですから。見送ったのは、母が最初ではありません。軍に所属していてこのご時世では、大切な人を失う喪失感には慣れてしまいます。どんなに大義があろうと、仕事ですので。まっとうします」


 楠瀬は母の死を他の隊員の死と同一視して、母との別れを割り切ろうとしていた。


「楠瀬の無念は、絶対に俺が晴らすから」佐久夜は力強く言った。「神崎さん、宮・クレイトシス司令は本当に巨人の子宮内にいたんですか?」


 佐久夜は、まだ立ち上がれないでいる楠瀬を見ていられず、神埼との会話に集中した。


「はい。搭乗装置が使われた時刻はブリーフィングが終わって二十分も経っていなかったらしいです」


「殺害されてすぐ搭乗させられたはずなのに、搭乗者であるはずの宮・クレイトシス司令はなりそこないの巨人になれなかった。もしも一人目の搭乗者がいないなら、血統の問題は起こらない。搭乗できないということはありえないんだよ。やはり、一人目の搭乗者は存在しており、搭乗者の血統が搭乗の条件になっているのかもしれない」


「それなら、どうして私や有麻さんは搭乗できているのよ? 私は搭乗できなかった宮・クレイトシス司令の娘よ!」楠瀬はうつむいたまま、地面に向かって叫んだ。「私とあなたは他人。一人目の搭乗者なんていないの。何もかも、あなたの妄想なのよ……。私を苦しめないで――」


「そんなことを言うべきではなかった。すまないと思っている。それでも、一人目の搭乗者はいるんだ」


 佐久夜は楠瀬に背を向け走り、更衣室に逃げ込んだ。


「待ってください」


 息を切らした神崎は、あたりまえのように入ってきていた。


「ここは男子更衣室だぞ」


「わかっています。宮・クレイトシス司令は搭乗者であったと、有麻さんは言っていました。それに司令も同意していました。血統の問題があったのなら、一回も搭乗できなかったはずです」


「だから俺は、宮・クレイトシス司令がなりそこないの巨人になれなかったのではなく、そもそもなりそこないの巨人なんていうものは存在していないのではないかとも思った。しかし母はなりそこないの巨人になっており、有麻さんは『戦場で多くのなりそこないの巨人を目撃した』と言っていた。世界規模の出来事を嘘にすることは難しい。だから有麻さんがついた嘘は、宮・クレイトシス司令が搭乗者ということだ。小さな巨人計画に参加しているメンバーも、そのことを知らずに説明を求めていた。本当は搭乗者ではなかったため、なりそこないの巨人になれなかったんだ」


「有麻さんがついた嘘で犯人が犯行に及んだなら、まるで仕組まれていたようね。犯人は、何かに陥れられたのかしら」


 モニターは屋外の映像から、天海さんの姿に切り替わった。


「皆さんが混乱の渦中にいることは、十二分に理解している。しかし、ここで小さな巨人Ⅲを止めるわけにはいかない。司令部は海洋国家連合議長ルイス=ホーベルトさんと大陸国家連合議長ギリス・バーベイト議長の強い後押しにより、小さな巨人計画の続行を決定した。楠瀬さんは宮・クレイトシス司令の遺志を継いで小さな巨人計画を遂行する義務がある。搭乗者は、解万の箱に集合せよ」


 楠瀬のことが頭から離れなかった。あんな精神状態で、作戦に参加できるはずがない。


「クレイトシスさんのことは私に任せて、湊崎さんは行ってください」


「いいや、俺もいっしょに行かせてくれ」


 楠瀬は宮・クレイトシス司令の遺体が発見された場所にはおらず、医務室で眠る宮・クレイトシス司令といっしょにいた。


「二人も母に挨拶をするため、来てくれたの?」


 そんなつもりはなかった。本当は、ただ連れ戻すために来た。しかし楠瀬の言葉を否定することはできなかった。


「もちろんだよ」


「神崎さんも、ありがとうございます。母がどれだけ偉大な人物であったのか、ここにいるだけで実感させられます」


 司令の顔には白い布が被せられ、ベッドには多くの花がたむけられていた。

 目をつむり、手を合わせた。

 宮・クレイトシス司令……もしも本当にあの世があるならば、また母と仲良くしてください。

 目を開けるとベッドを挟んだ向かいで、神崎が手を合わせていた。

 その目が開くのを待ってから、佐久夜はここを訪れた本当の理由を口にした。


「楠瀬――犯人は俺が必ず捕まえる。宮・クレイトシス司令を殺害した犯人は、小さな巨人計画を妨害している。俺たちは、それに屈してはいけない。いっしょに来てほしい。無念を、晴らすんだ」


 楠瀬は、すぐに返答してくれなかった。


 神埼は言った。「司令の無念を晴らすことができるのは、クレイトシスの名を継ぐ、楠瀬・クレイトシスさんしかいません。お二人で、海洋国家連合を導いてください」


 ここにいるすべての職員が、神埼と同じ志を抱いてここにいる。

 それは搭乗者として孤独を感じていた佐久夜の心に染み渡った。


「期待してくれて、ありがとうございます。私も天海さんの映像を見ました。母が成し遂げようとした小さな巨人計画を、私は引き継がなくてはいけません。もう一度、搭乗者になります。案内してください」


 小さな巨人計画の急先鋒であった宮・クレイトシス司令を失った佐久夜は、終着地までの道筋を示さなければ計画が頓挫しかねないという危機感を抱いていた。必ず宮・クレイトシス司令を殺害した犯人は捕まえなければならない。そいつが霜月と近しい人物であれば、世論に小さな巨人計画の透明性を訴えることができる。


 楠瀬は司令の手を握って、目をつむった。

 まるで最後の挨拶をしているみたいな姿に、心が痛んだ。


 こんな楠瀬は見たくなかった。犯人は、絶対に俺が捕まえる。より強烈に誓った。


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