第34話 小さな巨人計画32
二人は搭乗服に着替えて、一体の巨人が寝そべる解万の箱の中に入った。
四方を透明な壁に囲まれ、そこを光が駆け巡った。
拘束された巨人の周辺には開頭するために必要となるおどろおどろしい巨大な刃物などが置いてあり、これから実行されようとしていることに緊張するだけではなく恐怖心を覚えた。
「これより二人は巨人の意思に干渉する本能という存在になる。己の体であって、己の体ではない。それが、これからなろうとしているものの正体だ。しかし、恐れないでほしい。みんなが、そこに行こうとしている」
天海さんは立派に宮・クレイトシス司令の意志を継ごうとしている。しかし、ガラス越しの見上げた位置にいる天海さんは恐怖心を煽るような言葉を搭乗者にかけている。誠実ではあるが、ここまできて事実を告げることは残酷だ。慣れていないだけなら、俺たちが支えてあげなくてはならない。
二人は躊躇なく搭乗装置に装填された筋繊維のカプセルに入り、全身を包まれると子宮内に射出された。
「また、すぐに会えるよね?」
「もちろんだ」
子宮内での会話も、それだけだった。
目を開けた佐久夜は真っ白な空間で来栖に似た女性との再会を果たした。
「私は人間の庇護下で繁栄するはずだった。しかし、巨人の心に根づいた私は離れることができなかった。私が心のすべてを欲したので、巨人はそれを切り離して脳と心臓に隠した。憤った私は巨人の心を傷つけたが、それは自分の心を傷つけているだけだった。すでに私と巨人は一心同体となっていた。私は巨人から離れられない。私たちは、巨人としてでしか生きられない」
俺は今まで、司令部のいう本能と巨人の自我は、別の存在であると認識していた。しかし巨人に細胞を供給するだけの器官になっても、人間の自我として生まれた俺は巨人の自我と対話をする対等な自我という存在にしかなれず、巨人の自我と司令部のいう本能に垣根は存在しなかった。
だれもが一人目の搭乗者を巨人の自我だと思うわけだ。搭乗者は肉体を失い巨人を構成する組織の一部になると、巨人と一心同体になり区別できる存在ではなくなってしまう。
それは司令部のいう本能という存在が一人目の搭乗者と同じ存在になっているということであり、世間的に見れば搭乗者が巨人の自我になっているということであった。
搭乗者が巨人の自我になれる。それは搭乗に血統の問題が発生していることから一人目の搭乗者になったギリスと涼子の娘がいることを確定させ、そんな存在がいながら同じ容姿をしている巨人たちをクローンであると決定づけた。
外部から供給されていた細胞も、すべて湊崎血統であった。
すべての命を忘れないと宣言した宮・クレイトシス司令は、最初から多くの巨人の子どもたちを犠牲にする覚悟を心の内に秘めていた。
そんな覚悟は、許されない。
司令部のいう本能になるにも細胞供給は必須であり、血統の問題はつきまとっている。血統に関係なく本能になれると言った司令部は、その根拠を何も示していない。
宮・クレイトシス司令はどこまで知っていて、小さな巨人計画を遂行していたのですか。
真実と楠瀬へ愛を伝えずに、逝ってしまわれるのですね。楠瀬が、どんな思いで巨人の子どもたちであるかもしれないという現実に向き合ったと思っているんですか。
あなたの死が、これから多くのことを解き明かしてくれる。その死を、俺が償いにしてあげます。
巨人の自我という役割を共有してから、身体がどのような状態に置かれているのか、まるで俯瞰しているかのようにわかった。
立ち上がった巨人はすでに大脳を晒し、何本ものケーブルが頭から伸びていた。
巨人は解万の箱の外に構えられた司令部を大きな目で凝視して、母を探していた。
司令部には父の姿があった。それを目にした巨人は、目の色を変えて透明な壁を叩いた。
巨人の自我は母も探していた。これは佐久夜がやらせていることであるのか、それとも一人目の搭乗者の意思であるのか、わからなかった。
背中に何本もの太い針のような電極を撃ち込まれた。抜こうとしても、鋭く長い棘が肉や皮膚に引っかかった。
電極につながれた太い銅線を伝う電流が全身を巡り、筋肉の自由を奪う。
大きな体が、音を立てて倒れた。
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